29 山の民
帝国軍に占領されるアルパの街を見届けたあと、俺達は本格的に山を登りはじめる。
予定ではまず山の民に接触を試み、協力が得られるならそこに。無理なら山脈を越えて向こう側に新しい拠点を構えるつもりだ。
山はけっこう険しく、登るのはかなりキツい。アルパの街が占領される様子を見るのは精神的にしんどかったけど、今度は肉体的にしんどくなる。
道は獣道みたいなのがあるだけで、俺でも木の枝が当たるくらいなので、体が大きい馬のシルハ君はかなり大変そうだ。間違っても、『乗せて』とお願いできる状況ではない。
まぁ、獣道とはいえ道があって、倒木とかを乗り越えなくていいだけマシなのだろう。
森に魔石採集に行っていた時は、平気でそういうのあったからね。馬を連れて森に入れない理由でもあった。
……そんな訳で、各自が自分の荷物は自分で持って、山道を登っていく。
俺達以外に山奥を目指している人はいないようで、三人と一匹の山登りだ。
街が占領される事態になっても山の民を頼ろうとする人がいない辺り、両者の関係性を察する事ができる気がする。
まぁ、山が危険だからってのもあるんだろうけどさ。
実際シーラはいつも以上に、鋭く周囲を警戒している。
ピリピリしていて、話かけるのが怖いくらいだ。
もっとも、いま話かけた所で暗い話題しか出ないだろうし、ピリピリしているのは帝国軍を見たせいもあるだろうから、しばらくそっとしておくのがいいだろう。
そんな事を考えながら山を登っていき、時々シーラの指示で止まって身を伏せたり、シーラが森の奥に矢を打ち込むのを見たりしながら進んでいく。
伏せるのは近くを通る魔獣をやり過ごすため。矢を撃つのはあさっての方向に魔獣の注意を向けさせて、遭遇を回避するためらしい。
それができるという事は上級の魔獣よりも先に相手を見つけているという事なので、実に頼もしい。
今は先を急ぐのが優先だし、山の魔獣相手に冒険者ランクFの俺やEのメーアでは戦力にならないからね。
本来山の奥に入るのは、採取にしろ山の民との交易にしろ、上級の冒険者複数を護衛につけて行くものだと聞いている。
……逆に考えると、そんな所に住んでいる山の民ってかなりすごい人達なのではないだろうか? ちょっと会うのが怖いけど、仲間になってくれたら頼もしい事この上ない。
そんな期待と不安を抱きながら山登りを続け、そろそろ俺の体力が限界に差し掛かりはじめた頃、シーラがピタリと足を止めた。
また魔獣かと思ってしゃがんで身を隠そうとしたが、シーラは伏せようとも、矢を撃とうともしない……今までとは様子が違う。
「――山の民の方ですか? そうであれば話があります」
木々の間を貫くような、鋭い声。
シーラは俺が教えた腹式呼吸を熱心に練習していたおかげか、元々よく通る声だったのが更に声量を増している。
これなら騒がしい戦場での部隊指揮もかなりこなせるだろう。本人も手応えがあったようで、お礼を言われたのを思い出す。
……とそれはともかく。シーラの視線の先を追っていると、音もなくスッと人影が現れた。
距離がかなりあるし、頭上の木々で薄暗いので見えにくいけど。エリスと同じ緑色の髪をした、わりと背が高い人だと思う。
「交易の者か?」
聞こえてきたのは、強い警戒が乗った男の声。
「いえ、交易ではありませんが話があって来ました…………アルサル様」
シーラはそう言って、一歩横に引いて俺を前に出す。
交渉は参謀である俺の担当という事なのか、あるいは自分は交渉事には向かないと自覚しての事なのか。
ともかく貴重な俺の活躍の場なので、張り切って一歩前に出る。
……相手をよく観察してみると、弓を持った男の人。顔は相変わらずよく見えないけど、頭の両側にピンと長い耳が伸びている……って、エルフだこれ!
ファンタジーな存在の登場に思わずテンションが上がってしまうが、なるほど魔獣がいるのだからエルフがいてもおかしくはない。
……という事は、エリスはハーフエルフに当たるのかな? 耳は普通だったような気がするけど……っといかん、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「はじめまして、俺はアムルサール帝国の先代皇帝、アムルサール26世です」
……相手の表情はよく見えないが、多分全力で胡散臭く思っている事だろう。
いや、その前に……。
「あの、アムルサール帝国って知ってますか?」
「……一応な。ジェルファ王国の東にある、人族の大国だと聞いている」
よかった、一応知っていてくれたらしい。そして言葉も問題なく通じるみたいだ。
「俺が先代皇帝なのはとても信じられないでしょうから、とりあえず覚えていてもらえればそれでいいです。
それで本題なのですが、俺達は帝国を乗っ取っている宰相を倒すために、国外に逃れて反抗勢力を組織しようとしています。
そのためにジェルファ王国内に拠点を作っていたのですが、王国が帝国の侵略を受けてしまい、ここに逃れてきました。つきましては、山の民の皆さんに協力を願えませんか?
お礼は可能な限り、なんでもご用意しますので」
「人族の争いに関わる気はない。交易に来たのでないならお引取り願おう」
「……族長殿と直接話をさせていただくか、せめて伝言で判断を仰いでいただく訳にはいきませんか?」
「必要ない。人族との関わりを最大限避けるのは我等の掟。まして争いに首を突っ込むなどありえぬ事だ」
う~ん、取り付く島もないな……。でもまぁ、相手がエルフならしょうがない気はする。
山の民が普通の人間なら、帝国を取り戻した暁には平地に領土をとか、莫大なお金をとかが交渉材料になったかもしれないけど、エルフ相手には意味を持たないだろう。
利益を提供できないのに、協力だけを得られる訳もないからね。
今はとりあえず、山の民はエルフだと分かっただけで善しとしておこう。
「そうですか、それは残念です。……ところで、交易をするとしたらどんな品をご所望ですか?」
「塩」
おおう、全力でそっけないな。そして塩だけか……。
まぁ、エルフであれば大抵の物は自給自足できるんだろうね。海から遠く離れているから、塩だけは貴重という事なのだろう。
「分かりました、ではいずれ塩を持って交易に来るかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
「…………」
話が終わってしまったな……そうだ、もう一つだけ訊いてみよう。
「話は変わるのですが、麓のアルパという街に人間の父親とエルフの母親の間に産まれた女の子がいるんですけど、母親についてご存知ありませんか?」
――その言葉を発した瞬間、なんか空気が変わった気がした。横でシーラが身構えるのが分かる。
地雷質問だったかなとちょっと後悔しつつ、今更取り消せないので、俺は気を強く持ってエルフの青年を見つめながら、反応を待つのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1049万8680ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者 アルパの街に残留)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)




