27 脱出前
メルツとの話を済ませ。俺とシーラ、メーアの三人は街を去る準備を整える。
明日には帝国軍が来る見込みなので、今日中に街を出なくてはいけない。
「ねぇシーラ、街の様子どんな感じだった? 食料とか買えると思う?」
「難しいでしょうね。私がここに戻ってくる時点で、すでに情報が広まっていました。今頃商店は全て閉じているか、開いていても棚は空だと思います」
そうか……俺達同様街を脱出するにしろ、街に残って家に閉じこもるにしろ、先立つ物は食料だもんね。そりゃみんな買いに走るだろう。
まぁ、手に入らないものはしょうがない。
シーラがいてくれれば狩りで肉の調達はなんとかなるだろうから、それでしのごう。
調味料は欲しかったけど、贅沢は言っていられない。俺達は調達する手段があるだけマシな方で、街に残る人は備蓄が全てになるのだ。
街壁に囲まれた街の中には畑なんてないし、食べられそうなものは荷運び用の馬くらいだ。
貯蔵食料はあるかもしれないけど、周辺の村からの供給が途絶えたら食糧不足に陥るのは時間の問題だろう。
今回はそんな長期戦にはならないはずだけど、敵国に占領された街に村人が食料を売りに来るかはわからないし、帝国兵が駐留する事になれば、当然その食料は現地調達になる。
食料の不足と高騰は避けられないだろうから、買い溜めに走るのは当然なのだろう。
「……そうだ、メーア。メルツの食料って大丈夫かな?」
「冒険者ギルドからの帰りに買ってきましたから、しばらくは大丈夫です」
「それはなにより。俺達は外に出ればなにか調達できると思うから、メーアの分もメルツに残していこう」
「よろしいのですか?」
「うん。外なら狩りとかできるけど、メルツはしばらく補給できないだろうからね」
「わかりました」
メーアは荷物の中から、包みを幾つかメルツに渡す。必要ない可能性もあるけど、念のためだ。
そして食料が手に入らないとなると、もうこの街で調達するべき物はない。
旅装は一通り持っているからね。
という訳で、暗くなる前に街を出る事にする……と、その前に一つ。気がかりな事があった。
俺は宿の入口で、カウンターの奥に声をかける。
「エリス、いる?」
俺の声に、緑色の髪をした小柄な女の子が、慌しく姿を現す。
「アルサルさん、どうされました?」
「帝国軍が攻めてくる話は聞いてるよね? 俺達は北の山に逃げるんだけど、よかったら一緒に来ない?」
「あ――えっと……私は……」
エリスはなぜか悲しそうに、顔を伏せてしまう。
あれ? 山の民とのハーフだと聞いていたので乗り気かと思ったけど、そうでもなかったかな?
一応母親の故郷のはずなんだけど……。
気まずい沈黙が流れた所に、奥からエリスの父親が姿を現す。
「山の民は街の人間以上に混血を嫌う。この子が山へ行っても辛い思いをするだけだ」
おおう、そんなにか。
どちらでも好かれていないとは聞いていたけど、こっちでも大概なのにもっとなのか……。
「それは申し訳ありませんでした。では山の民とは接触せず、とりあえず避難するだけでもどうですか?」
「……すみません、ここは私の唯一の居場所なのです。離れるのは……」
悲しそうに、顔を伏せたまま言うエリス……子供にこんな事を言われたら、元アラフォーとしてはかける言葉が見つからない。
『俺が新しい居場所を作るよ!』って言えればいいけど、現状そこまでの甲斐性もないしね……。
「……そっか、わかった。無事でいてねエリス……これはお世話になったお礼だから、とっておいて」
そう言って、せめてもと金貨5枚をカウンターに置く。
「――そんな、いただけません!」
「そう言わずに……状況によっては、金貨一枚で命が助かる場面もあるからさ。美味しいごはんを食べさせてくれたお礼だと思って、受け取ってよ」
俺が読んだ本には篭城戦の記録もあったけど、包囲されて食料が尽き、何百人も餓死する惨状になって、イモ三つが金貨一枚で売買されたなんて話もあった。
金貨一枚といえば庶民の年収くらいなのでとんでもない額だけど、逆に言えば、何百人も餓死する惨状の中でも、お金さえあれば食べ物が買えたという事だ。
今回はそんな長期戦にはならない見込みらしいけど、なにがあるかわからないし、金貨が役立つ場面は他にもあるだろう。
エリスにはお世話になったし、あの美味しいごはんが食べられなくなってしまうのは惜しいので、無事でいて欲しいからね。
……だけど、エリスは遠慮して受け取ってくれそうな気配がない。
この子、基本的に気が弱いよね。山の民とのハーフで、周囲の人から冷たい目を向けられて育ったからだろうか?
「う~ん……じゃあいつかまた泊まりに来るから、その時の前払いって事でどうかな?」
「――そういう事なら」
お、なんかエリスの表情が嬉しそうになった。もしかして俺懐かれてる?
……まぁ、エリスにとっては普通に接してくれるというだけで貴重な存在なんだろうね。悲しい話だ、いい子なのにね……。
「うん、絶対また来るよ。その時はよろしくね……あ、そうだ。メルツはここに残るから、そっちもよろしくね」
「はい、お待ちしています」
「うん、じゃあ元気でね……ご主人も。――そうだ、このお金の一部で、お酒を多めに買っておく事をオススメします。
食料はもう品切れでしょうが、お酒なら売っている所があるかも知れませんから」
「わかった……すまんな」
エリス父はそう言って、軽く頭を下げる。
この街はもうすぐ、帝国軍に占領される。そして兵士相手にお酒って、賄賂にもなるしご機嫌取りもできるし、とても有用なのだ。
最後にもう一度エリスに別れを告げ、俺達は一年近くを過ごした宿屋を後にする。
エリスと、その居場所であるこの宿が無事である事を祈りながら……。
街はなんだか慌しい雰囲気で、俺達同様逃げ出す人や、価値のあるものを隠そうとしているのだろう。荷物を運ぶ人達であふれかえっている。
その間を縫い。俺達は明るいうちに山までたどり着こうと、足早に歩みを進めるのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1049万8680ダルナ(-500万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)




