260 説得と脅迫と損得勘定
右腕さんからの質問に、俺はゆっくりと言葉を返す。
「ここに持ち込んだ理由は、俺の人脈の中でここが一番迅速に、適正な値段で売りさばいてくれそうだと思ったからです。
能力を信頼して、という所でしょうか」
正直な理由にお世辞も混ぜてみたが、右腕さんは固い表情をしたままだ。
どうやら場を和ませるような局面ではないらしい。
「他の理由としては、貴方がとても頭がいい人だと思っているからです。
利害と損得の計算が立ちますし、ここ一番での度胸もある。この手の取引も受けてくれるかと思いまして」
「……お褒め頂いて恐縮ですが、利害と損得の計算が立つ商人であれば、これは危険が大き過ぎると判断して手を引く案件です。
場合によっては、国に目をつけられて取り潰し。関係者の処刑までありうる。
利益に対しての危険が大き過ぎます」
「そうでしょうね、おっしゃる通りだと思います。
――だけど、それなのに即座に拒否なさらなかったのは、その比率が変わる可能性を考えたからですよね?」
「……アルサルさんは今まで当商会に大きな利益をもたらしてくれましたし、私にとって大恩あるお方からも、大切に付き合うようにと言われています。
それにまだ、話の全てを聞かせて頂いていませんから」
『大恩あるお方』というのは、ジェルファ王国で塩を卸していた支店長さんだろう。
右腕さんは元々あの人の右腕で、帝国内に商会を作る時には、右腕さんを責任者に抜擢したんだよね。
なるほど大きな恩を感じていて当然だろう。
そしてその支店長さんの強い推薦が、俺の信用を高めてくれているのだ。
人間関係って大切だね。
そして俺から見ても、この恩を忘れない誠実さは大変好ましい。
秘密を共有する時になにより大切な、信用の置ける人って事だからね。
あとは俺と右腕さんの間にも信頼関係を築く事ができれば、もう完璧だ。
今までの商売を通して基礎はできているみたいだから、それを確固たる物にすればいい。
一応協力関係を二通り考えてきたけど、それの重たい方を採用しようと思う。
右腕さんは改めてとても優秀だと実感したので、ガッチリ仲間に組み込みたい。
そう決意を固めて、言葉を発する。
「……実は俺、復興軍と関係があるんですよ」
その言葉を口にした時点で、右腕さんの表情が険しくなる。
帝国内における復興軍の呼び方は『反乱軍』なので、復興軍と呼んだ時点で俺がそっち側だと即座に判断したのだろう。
「――どの程度の関係ですか?」
うん、ここが二案用意して迷った所で、『直接の関係はありませんが、知り合いの知り合いが復興軍にいて、その人経由で依頼されたのです』と答える案もあったのだが、ここはもうガッツリいこう。
「実は俺帝国の元皇帝で、復興軍を組織したのも俺で、今は復興軍の軍師をやっています。前はジェルファ王国解放軍の創設者と軍師もやっていました。
宰相を倒して、この国の政治を正すのが目標です」
「…………」
――お、ガッツリ行き過ぎたかな? さすがの右腕さんも情報処理が追いついていないご様子だ。
しばらくじっと待っていると、ようやく再起動したらしい右腕さんが、上ずった声を発する。
「アルサルさんはその手の冗談を言う方ではないと承知していますが……失礼ですが、なにか証拠を見せて頂く事は可能でしょうか?」
「まず、帝国の皇帝が若くして次々に代わるのはご存知ですよね? あれは宰相が気に入らない皇帝を次々に挿げ替えているからです。
俺は26代皇帝でしたが、俺が逃亡してから5年でもう29代目まで進んでいるでしょう。
そんな状況だったので、怪しまれないよう逃亡準備をしなければならず。ほとんど何も持ち出せずに、身一つで皇都を脱出しました。
なのでこれといった物証はありません。
皇帝時代の俺を知っていた人や、皇帝しか知り得ない事を知っていたので俺を元皇帝だと認めてくれた人はいますが、これは誰にでも使える証明方法ではありません。
なので元皇帝である事については、出せる証拠はありません。
復興軍の組織者である事や参謀である事に関しては、拠点まで来ていただければ証人が大勢いますが、これも今物証を出せと言われると難しいですね。
ジェルファ王国解放軍の創設者兼軍師だった事は、今のジェルファ国王に訊いて頂ければ分かる話ですが、今すぐには難しい。
復興軍参謀として使っているサインとかありますけど、これも本物と見比べないと分からないでしょう。
なので証拠と言われて、『どうぞ』と出せる物はありませんね」
「…………」
正直に答えたつもりだけど、右腕さんはまた黙り込んでしまう。
悩んでいるのだろう。
俺が元皇帝なんてにわかには信じられないだろうけど、偽皇帝なら逆に、もっとそれっぽい証拠を用意しそうだもんね。
――しばらく考え込んだ後、右腕さんは緊張した固い声を発する。
「アルサルさん……いや、アルサル陛下とお呼びするべきですか?」
「今まで通りでいいですよ。別に権力をひけらかしに来た訳ではありませんから」
「……今まで通り行商人の立場でここにいるという事ですか?」
「いえ、この部屋を出たら行商人に戻りますが、今だけは元皇帝で復興軍の軍師としてここにいます。
つまり、協力を頂けたら後日相応の見返りを用意できるという事です」
そして、協力を拒否したら秘密を守るためにしかるべき処置を取るという事でもある。
右腕さんは頭がいいので、その辺考えが回ったのだろう。表情をますます固くして言葉を発する。
「……私に復興軍の協力者になれと、そういうお話ですか?」
「基本的にはそうですが、表向きは今まで通り帝国貴族と仲がいい商人でいてください。
以前は帝国軍の情報を流してもらった事もありましたが、今回は美術品の現金化だけお願いできれば十分です。
もちろん手数料は取っていただいて構いませんから、単純に商人として見てもおいしい話だと思うのですが」
俺の言葉に、右腕さんは顔をしかめる。
まぁ、多少の利益なんて吹き飛んでしまうくらいの大きなリスクと、それに並ぶくらい大きな利益が見込める話だもんね。
美術品売却の手数料なんて考慮にも値しないだろう。
そして、しれっと『昔情報流してもらってありがとうございます』と言う事で、地味に圧力をかける。
もし帝国側に付いたら、昔情報を流した事をバラすぞという脅しである。
……右腕さんは多分、今人生で最大級に重大な決断を迫られているのだろう。
急かして判断を急がせる方法もあるけど、ここはじっくり考えた上での答えを待ちたい。
帝国に付くなら命に関わる判断だし。俺達に付いてくれるのなら、よく考えた上での判断だと納得して欲しいからね。
じっと答えを待っていると。かなりの時間を置いて、右腕さんはゆっくりと口を開いた……。
帝国暦169年 9月1日
現時点での帝国に対する影響度……10.979%
資産
・6億3280万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×103
・伯爵から押収した財産(金貨以外)
・伯爵の仲間から押収した財産
配下
シーラ(部下・帝国復興軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・帝国復興軍部隊長97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息 帝国復興軍後方部隊長と前線部隊長)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)




