25 風雲
参謀になるべく勉強をはじめて、一年近くが経過した。
元の世界の受験勉強を思い出す勉強漬けの日々で、読んだ本は200冊を超え。メモを取った紙束だけでもズシリと重い厚さである。
この世界の本は分厚いので、情報量としてはかなり取り込んだと思う……まぁ、中には怪しげな呪いの本とかもあったけどさ。
脳が若いおかげか、あるいはこの体は元々地頭がいいのか。吸い込むように知識を吸収でき、元の体での知識も併せれば、かなりのものになったと思う。
だけどこれですぐ参謀が務まるかというと、それは別の話だろう。理論と実践は違うのですぞ。
……思わずカッコつけて賢そうな語尾を使ってしまったが、こんな事やりたくなる時点であまり賢くなってないのかもしれない。とりあえず、内なる中二魂は抜けていないようだ。
それはともかく、俺の知識量が増えた代わりに犬のぬいぐるみの宝石はどんどん減り。今はおでこに一粒、赤い宝石を残すだけになってしまった。
なんか魔犬みたいでカッコイイ……というのは置いておいて、残ったお金で買える本は、あと4・5冊くらいだと思う。
シーラは冒険者をして稼いだお金を使ってもいいと言ってくれるけど、さすがにそれは申し訳ないし、そもそも最近本が手に入りにくくなっている。
この国に出回っている本の大半を読んでしまったのかもしれない。最近は読む本がなくて、メモをまとめて整理するだけの日があるくらいだ。
なのでいずれにしろ、この読書生活はそろそろ終わりなのだろう。平和でよかったんだけどね……ずっとこのままでもいいと思うくらいに。
だけど、シーラとの約束を考えるとそうもいかない。次の目標に向かって歩を進めないといけない訳だけど……冒険者生活に戻ればいいのだろうか?
シーラの冒険者生活は順調で、先日C級に昇格したし、お金だけならA級冒険者くらい稼いでいるらしい。
持ち歩くお金以外は『使ってください』と言って部屋の貴重品袋に入れてくれるけど、申し訳ないので使った事はない。
触った事もないんだけど、どんどん袋が膨らんでいくので、かなり入っていそうな感じがする。
……だけどシーラが日々浮かない顔をしているのは、一方で順調ではない事があるからで。それは仲間集めだ。
メルツとメーア以来、この一年で一人も増えていなくて、シーラが目指す反乱軍の同志になってくれる人材の確保は、全く進んでいない。
メルツ達との関係も、一緒にごはんを食べるだけの俺がかなり打ち解けて、最初はさん付けだった二人を呼び捨てで呼ぶようになったし、向こうもかなり親しく接してくれるようになっている。
一方でシーラに対しては、一年経っても壁があるような感じがする。
嫌われているとかではないけど、怖がられているのだと思う。シーラは性格がキツめだし、ピリピリしている事も多いからとっつきにくいのだろう。
仲間が集まらないのも、その辺に原因がある気がする。
本当は瀕死の俺を命がけで看病してくれたくらい優しいし、仲間思いのいい子なんだけどね……。
感情を表に出すのが下手なんだと思うけど、今までの境遇を考えたらしょうがないのだろう。
父親を無残に殺され、母親と妹が辛い境遇にいる。それなのにどうして、自分が笑ったりしていられるのか……とか、そんな事を考えていそうだ。真面目だからね。
……そう考えると、俺がするべき事はシーラの苦手分野。仲間集めだろうか?
そんな事を考えていたある日。久しぶりに手に入った本を読んでいると、クエストに出かけたはずのシーラが慌てた様子で帰ってきた。
「あれ、どうしたの忘れ物? 珍しいね」
こんな事一年近くで初めてだったのでそう声をかけるが、シーラは真剣な表情をして言葉を発する。
「落ち着いて聞いてください……帝国が攻めてきました」
「――――!」
一瞬息が詰まるような衝撃を受けるが、すぐに立ち直る事ができたのは参謀修行のおかげかもしれない。
「俺達を狙って……じゃないよね?」
「はい。この国の後継者争いに介入してきた、という説が有力なようです」
「なるほど……」
そういえば本を買いに行く時、商会でする世間話で後継者争いの話を聞いた記憶がある。
現王は病気で、二人の子供が後継者の地位を争っているという話だったけど、負けた方が帝国を頼ったのか。
あるいは帝国が気に入らない結果になったのか、単純に混乱に付け込んできただけか。
可能性は浮かぶけど特定はできない。参謀をやるには知識だけじゃなく、情報収集力と分析力も必要というのがよく分かるね。
……それは将来の課題として、とにかく今はどう対応するかだ。
「侵攻の規模とか分かる?」
「冒険者ギルドで聞いた話だと、全面侵攻。この方面にも軍勢が迫っていて、すでに隣の街は取り囲まれているそうです。速ければ明日にも、この街も攻撃を受けるでしょう」
おおう、めっちゃ急だな……でもそうか。無線も電話もないこの世界だと、脅威が間近に迫るくらいでないと一般人には情報が伝わってこないのか……いや待てよ?
「ここの領主はどうするつもりなの? さすがに領主ならもっと前から情報を掴んでただろうし、敵が来てるなら冒険者に動員がかかるでしょ?」
「それが、なんの動きもありません。おそらくは戦わずに降伏するつもりかと」
なるほど……国家冒険者には非常時に軍に協力する義務があるから、動員をかければそれなりの戦力は集まるはずだ。
だけど領軍とその戦力では帝国軍には勝てないと踏んだのだろう。勝ち目がないなら戦う前に降伏するというのは、一応正しい判断ではあるんだろうけど……。
「ねぇシーラ、帝国軍の規律ってどんな感じか分かる?」
「……父が率いていた軍は規律正しく、略奪や狼藉を働く者などいませんでした。ですが、他の隊ではよからぬ噂を聞いたのは確かです」
そうか……そしてシーラの父親は、謀殺されてしまった。
そんな状況で残っている将軍がどんな人達で、兵士の規律がどうかなんて全く期待できないよね……。
「――シーラ、逃げるよ」
俺の言葉にシーラはすぐに返事をせず、視線を落としてギュッと唇を噛む。
この街の人達を見捨てるのも、また逃げるのも辛いのだろう。気持ちは分かるけどね……。
「シーラ、仮にここでシーラが一騎当千の活躍をして1000人の帝国兵を倒したとして、それで帝国が少しでも揺らぐと思う?
一回攻めてくる軍を撃退できたとして、体勢を立て直して倍の数で攻めてきたら、もう一回撃退できる?
厳しい事を言うようだけど、シーラの死に場所はここじゃないよ。今は無念を飲み込んで、可能性を未来に繋ぐべきだよ」
俺の言葉にシーラは固く拳を握りしめ、その拳は小刻みに震えている……が、しばらくして搾り出すように『わかりました、アルサル様の……参謀殿のご意見に従います』と言ってくれた。
どうやらシーラは、俺を参謀と認めてくれたらしい。
皇帝から参謀は降格のような気もするが、お飾りでしかない元皇帝よりは、参謀として役に立てる方がずっとうれしい。
初仕事が戦わずに逃亡というのは情けないけど、こればっかりは仕方がない。
元々王宮から逃げて来たんだし、もう一回逃げても大して変わらないだろう。
無謀な戦いを挑むのが勇気じゃないからね。大切なのは、最後に勝つ事だ。
そう目的を再確認し、逃げる準備に取りかかる。
と言っても大した荷物がある訳ではないし、本は諦めてメモだけを持ち。あとは貴重品と、ここに来る時に使った旅装。宝石が一つだけになってしまった犬のぬいぐるみくらいだ。
シーラも手早く荷物をまとめ、いっぱい溜まっていた冒険者の稼ぎもカバンに押し込む。
問題はメルツ達か……どうするのだろう?
そんな事を考えながら荷物を持ち、部屋を出る。
シーラによるとメルツ達も宿に戻って来て、今は自室にいるとの事なので、話をするべくそこへ向かう……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1549万8680ダルナ(+1112万1300)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)




