246 新しい作戦計画
季節はそろそろ初夏を迎え、草原に雨が降る時期が近付いてきたので、できれば屋根のある場所に引っ越したい。
寒さは着込めばある程度なんとかなるけど、水濡れは体温を奪って病気の原因になるからね。
それに今の住居は草原に穴を掘った地下式なので、風を避けるにはいいけど水にはとても弱い。
多めの雨が降ったら泥沼になって、寝る事さえ難しくなるだろう。
そんな事情もあって、いよいよ帝国領内への本格的な攻撃を計画する事になった訳だけど。俺達の現有戦力はどこかの貴族家を攻め取る事はできるけど、帝国にまとまった兵力を集めて反撃されると、守りきれない。そんな規模だ。
ならばという事で、俺は考えた作戦をみんなに諮ってみる。
作戦会議のメンバーは俺の他、シーラとキサ、セラードとリーズにララクを加えた6人だ。
まずは帝国領への本格侵攻を行うという前提を話した上で、具体的な作戦計画を説明する。
「現状俺達の戦力では、どこかの貴族領を占領する事はできても、反撃に耐えて維持する事は難しい。だから街に篭ってじっと耐えるんじゃなくて、こっちも攻撃に出て返り討ちにする方向でいきたい」
そう言うと、シーラが食い気味に言葉を発する。
「野戦をするという事ですか?」
目がキラキラしている。やる気満々だね……。
「広い意味ではそうだけど、敵は多分こっちの3倍とか4倍とかの兵力を集めてくる。
まともに野戦で正面から当たっても勝ち目はないので、主力は篭城する。
そして事前に城外に遊撃隊を置いておいて、敵の補給路を攻撃するなり、隙を突いて本陣を奇襲するなりして戦意を削いで、撤退もしくは瓦解に追い込みたい」
「瓦解ですか?」
「うん、帝国軍って中央軍の他は貴族軍の寄せ集めじゃない。それも度重なる動員で相当疲弊しているし、大貴族の寝返りもあった。
まぁ寝返りはこちらが仕掛けた偽情報だけど、向こうは実際に寝返りがあったと思っているだろう。
そんな状況なので、なにかきっかけがあれば崩れる可能性って、結構あると思うんだよね」
「なるほど」
「うん、そこで帝国軍を撤退もしくは瓦解に追い込む具体的な方法なんだけど。セラード、補給線を断つのは難しいよね?」
「そうですね、今回の戦場は帝国領内であり、補給線はとても短いです。敵は守りやすい上にこちらは攻め難く、輸送隊を一隊潰しても、別の場所からもう一隊を出すのは容易い事です」
「うん、じゃあ本陣を奇襲するのが本命になる訳だけど……」
理想は元の世界で織田信長が今川義元を討ち取った時のような、移動中で周りに兵士が少ない時を狙って奇襲する事だ。
だけど、狙ってそうそうできる事でもない。
運の要素が必要になる。
さすがに運任せの作戦を立てる訳にはいかないので、これは『もしチャンスがあれば』という事にして、本命の理詰めで勝ちをもぎ取れる作戦が必要になる。
「とりあえず本隊は街に篭って守りを固めて、帝国軍を引きつける。
敵は定石として、街を包囲して攻め立ててくるはずだから、その分兵力は街の全周囲に長く分散されて、敵司令官がいる本陣の守りは薄くなる。
それこそ、普通の野戦の時とは段違いにだ。
その段階で本陣が十分手薄になればいいけど、まだ厚い場合は篭城隊に頑張ってもらう事になる。
包囲戦が長引いて損害が増えれば、敵はどんどん予備兵力を投入しなければならなくなり、結果として本陣周りの兵力は薄くなるはずだ。
そして十分本陣が手薄になった時を見計らって、本陣に奇襲をかけて敵司令官を討ち取る。
これが基本形。
司令官が視察とかに出て守りが手薄な好機があれば、その時に襲ってもいいし。逆に腰をすえて兵糧攻めとかされたら一旦北に戻って、新しい部隊を編成して救援に来て欲しい。
今いる捕虜から2万人の部隊を編成できれば、包囲を突破して救援と脱出はなんとかなると思う。
……っていう計画なんだけど、なにか反対とか意見とかある?」
そう言ってみんなを見回すが、誰も言葉を発しない。
シーラさんなんかはむしろ目を輝かせて、やる気満々だ。
……だけど、今回それはちょっと危ない気がする。
「じゃあ次は編成についてだけど、セラードはここに残って拠点の守備と、ジェルファ王国からの物資の受け入れ。捕虜を説得して兵士を増やす作業をお願いしたい」
「わかりました」
「リーズは本隊の指揮官を。特に王都で篭城戦を戦った人達は篭城戦の経験が豊富だから、中心になって戦って欲しい」
「了解しました」
「シーラは街の外で遊撃隊の指揮を。ララク、参謀として一緒に行って」
「はい」
「了解です」
「うん。……それで遊撃隊なんだけど、攻撃の指揮はシーラに執ってもらうとして、攻撃するかどうかの判断は参謀のララクに頼みたい」
そう言葉を発した瞬間。シーラの表情がはっきり分かるほど険しくなった。
「……私の事は信用して頂けませんか?」
――怒るかと思ったら、すごくしおらしい反応だ。
鬼教官と精鋭部隊長としてのシーラしか知らないララクが、驚きに目を見開いて固まってしまっている。うん、ちょっと気持ち分かるよ。意外な一面だよね。
「いや、信用してない訳じゃないよ。むしろシーラの部隊指揮官としての能力は、俺が知る限りで最高だと思ってる」
「ではなぜですか?」
おおう、なんて悲しそうな目なんだ。
思わず『今のなし! 全部シーラに任せるよ!』と言ってしまいたくなるが、さすがにそれはできない。
兵士達の。そしてシーラ自身の身の安全にも関わる事なのだ。
俺は心を強く持って、声を固くして話を続ける。
「今回は慎重に戦って欲しいんだよ。シーラなら『今だったら勝てる』ってタイミングを絶対に見逃さないだろうけど、今回は時間がかかってもいいから『確実に勝てる』ってタイミングを見極めて欲しい。
シーラは部隊指揮官としてとても優秀だけど、同時に一人の武人としてもとても優秀だ。だから、シーラが『今なら』と思うタイミングだと、部下達が付いてこれない可能性が高い。
シーラの単騎駆けでなんとかなる相手ならそれでもいいけど、今度の敵は大きいからね。
味方の犠牲を最小限にするために、攻撃をかけるタイミングはララクに任せて欲しいんだ。
戦いが始まったら、後の事はシーラに一任するからさ」
「…………わかりました。ララク参謀、よろしく頼みます」
「――え、あ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」
お、わりとあっさり納得してくれたな。多少は本人にも先走りすぎる自覚があったのだろうか?
そしてララクがものすごく緊張している。
ララクにとってシーラは鬼教官であり、戦技の師匠だった。
一番長い時間教えたのはメルツとメーアだけど、シーラ教官はその厳しさと、厳しさに見合うだけの実力。訓練の時にはいつも先頭に立って模範を見せてくれる力強さとで、ララク達訓練生にとって目標であり、憧れでもあったと聞いた記憶がある。
そのシーラに参謀と認められ。ララクはとても嬉しそうで、同時に決意に満ちた表情をしている。
ララク自身も帝国軍に対しては色々思う所があるだろうけど、ジェルファ王国の解放を期に、その気持ちに区切りをつけてくれたらしい。
だけど一方のシーラは、いまだ宰相に対する復讐の炎を爛々と燃やしているし、その炎はこの先戦いが帝都に近付くにつれて、さらに強さを増していくだろう。
その炎が熱くなり過ぎないように。俺が隣にいてブレーキ役にならないといけない。
――だけど俺は戦場では。特に最前線の戦いの現場では足手まといにしかならないから、今回みたいに隣にいられない事もある。
そんな時のためのブレーキ役として、ララクにはなんとか頑張って欲しい。
そんな考えが頭をよぎっている間にも特に反論などは出なかったので、作戦計画の採用が決まり。実行に向けて慌しい日々が始まるのだった……。
帝国暦169年 6月4日
現時点での帝国に対する影響度……10.279%
資産
・5749万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×35
配下
シーラ(部下・帝国復興軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・帝国復興軍部隊長97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息 帝国復興軍後方部隊長と前線部隊長)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)




