240 政治犯収容所強襲
陽動のために出撃していくシーラを見送り。キサは岩から降りて馬の荷物を下ろして身軽にし、弓を確認して出撃の準備を整える。
俺は望遠鏡で収容所を観察していたが、西からシーラの騎馬が突入していき、見事な騎射で外側にいた3人をあっという間に射倒してしまい、そのまま作業現場へと突進していく。
監視兵達は錬度が低いのか、安全な勤務場所だと思って油断していたのか。右往左往するばかりでまともな対応もできないまま、さらに数人が射倒されていく。
さすがシーラ、見事な腕だ。
騎射はかなりの高等技術。しかも動く標的に当てるとなると相当の難易度で、復興軍でできるのはシーラとキサだけだ。
遊牧民はできるけど、帝国でできる人はそう何人もいないと思う。
まず馬を高速で走らせながら両手を離すという時点でとんでもない難易度だし、高速で移動して上下にも揺れる馬上から動く的を狙い撃つなんて、もう人間業ではない。
馬にすら乗れない俺にとっては、別次元の神技である。
監視兵達にとっても未知の攻撃なのだろう騎乗射撃に、全員混乱してまともな対応が取れないまま、シーラは収容所の奥深くまで突っ込んでいく。
――そして敵がようやく迎撃に動き出した瞬間を見計らうように。馬首をめぐらせて北に進路を取り、見事に監視兵達を北に誘導してくれる。
完璧な仕事に改めてシーラの優秀さを痛感しつつ、俺も行動に移る。
シーラやキサみたいに格好よく颯爽と岩を飛び降りて……みたいな運動能力はなかったので、慎重に岩を降りてキサの馬に乗せてもらう。
敵の注意が北に向いている隙に南から収容所に迫り、監視兵の物らしい立派なテントを次々に改めていく。
……寝具が置かれた居住区らしいテント、これはハズレ。同じく居住区、これもハズレ。食料庫、ハズレ。――監視兵が二人現れた……が、キサが一瞬で射倒してくれる。さすがだ。
捜索を再開して、居住区、ハズレ。また居住区、ハズレ。囚人らしき女の人とそれを組み敷く監視兵が3人……驚いてこちらを見る兵士達を、キサがあっという間に射倒してくれた。
矢は全て正確に首を貫いている。そしてキサの表情が怖い……。
――これは遠目に見て強襲をかける決断になった現場だけど、今はハズレだ。
とはいえこのまま立ち去る訳にもいかない。
「我々は国政を壟断する宰相一味を討つべく立ち上がった、帝国復興軍である。危害を加えるつもりはないから安心して欲しい。
貴女に馬の扱いについて心得があれば、ここを出て左に行った場所に監視兵達の馬が繋いであるから、それを制圧して欲しい。武器はこの兵士達のを持っていけ。
馬の扱いに心得がないなら、どこか安全な場所に隠れていろ」
――なんとなく、今は労わるよりこっちの方がいい気がしたので力強く言葉を発すると、女の人の目に闘志が宿っていく。
「私はクート男爵家の長女、カーミラです。当家は武門の家であり、乗馬の心得もあります。馬匹戦力の掌握、了解いたしました。お任せください」
「うむ、頼んだぞ」
監視兵の暴虐に抵抗していた様子からして、この人はシーラと同じ武人タイプだと思ったけど、正解だったようだ。
乱れていた服をサッと直し、立ち上がって綺麗な敬礼を決めてくれる。
こういうタイプは、今やるべき任務がハッキリしていると強い。
服が新しい所からしても、ここに送られてきて間もないのだろう。まだ心が折れていないようだ。
今はまだ元皇帝とは名乗らないが、ちょっと偉そうに指示を出し。カーミラが倒れている兵士の腰から剣を奪って馬が繋いである所に向かうのを見送り、俺はテント巡りを再開する。
――居住区、ハズレ。居住区、ハズレ。居住区、ハズレ……当然ながらほとんどは監視兵達が寝泊りする居住用のテントだ。
焦る気持ちを抑えながらテントを巡り、さらに2人現れた監視兵を、キサが先制攻撃で射倒してくれる。
さすがティアナさんから直接教えを受けただけあって、大した腕だ。実に頼もしい。
そんな事を考えながらさらにテントを巡っていると、槍や弓矢、剣や鎧などが置かれたテントに当たった。
武器庫――アタリだ。
俺は矢筒を片っ端から肩にかけ、左手で持てるだけの槍を、右手に掴めるだけの弓を掴む。
キサも矢を補充し、外に出た俺達は北に向かう。
監視兵達のほとんどはシーラを追って北に向かったらしく。新たな敵と出会わないまま、囚人らしき男の人を見つけた。
事態が分からず、戸惑っている様子だ。
体格がいいから、元武人な気がするね。
「戦う意思はあるか!」
鋭く問うと、男の人は一瞬で表情を引き締め、『おう!』と応える。
「よし、これを持って戦える者達に配って来い! 南のテントに武器庫があるから、戦える者を取りに来させろ! 今こそ解放の時だ、監視兵達を倒し、戦えない者達を守ってやれ!」
そう言って武器を全部渡すと、男の人は目を輝かせて『はい!』と返事をし、元気よく走っていく。
俺は一旦武器庫に戻り、中の武器を運び出していると、情報が伝わったのだろう。次々と武器を取りに来る囚人が現れた。
相手を選ばず武器を配るのはあまり良い事ではないんだけど、今回は状況が状況だけに仕方がない。
たった2人で100人からの監視兵相手に戦う方法が、とっさにこれしか思いつかなかったのだ。
とはいえ、武器が回れば形勢はこちらが俄然有利になるはずだ。
監視兵は100人ほどだったけど、囚人は2000人からいるのだ。全員に行き渡るだけの武器はないし、全員が武人でもないだろうけど。監視兵達が油断していて、囚人を殴る用の棒や鞭が主装備だった事。
腰に剣さえ吊っていなかった兵士もいた事を思うと、戦力で優位に立つのは十分可能だと思う。
それに、襲撃者相手に手持ちの武器で応戦する所まではともかく、逃げる敵をそのまま追って行った判断の不味さからしても、監視兵達は満足な戦闘訓練を受けていないと思う。
襲撃者が北に逃げたので、武器を取りに行くより先にとりあえず追いかけようとした気持ちは分からないでもないけど、追いつけたとしてどうするつもりだったのだろうか?
矢を射ち尽くしたと思ったのか、あるいは『逃げるという事は相手の状況は不利。こっちが有利だ追いかけろ』みたいな、街のチンピラレベルの単純な思考だったのか。
……わりと本気で、街のチンピラが集められている可能性とかあるよね。
ここは囚人を使い潰す収容所なので。囚人を殴って働かせるだけなら、ちゃんとした兵士よりも街のチンピラの方が適任と言えなくもない。
そして宰相は、そういう人選をやりそうな気がする。
自分に歯向かった者達に苦痛と屈辱を与えるなら、適切な人選だもんね……。
……ちょっと嫌な気持ちになったが、そのおかげでここの攻略がやり易くなったのだとすれば、ありがたい事かもしれない。
――とりあえず武器をほとんど配り終わり。少し北に出てみると、辺りはほぼ囚人達によって制圧されている様子だった。
遠くからシーラが戻ってくるのが見えるが、果敢に単騎突撃する姿を多くの囚人が見ていたのだろう。歓喜の喝采で迎えられている。
……単騎突撃。格好いいし英雄的だけど、とても危険な行為なんだよね。
今回は仕方なかったけど、あまり採りたくない戦法だ。
そんな事を考えながら望遠鏡を取り出して辺りを観察するが、視界の範囲で監視兵の姿は見えない。
政治犯収容所の制圧は、とりあえず成功したと判断していいのだろう。
リスクの多い戦いだったけど、成功して良かった。
そして次の問題は、ここを維持する方法である。
2000人となると食料だけで大変だ。辺り一面荒地なこの場所では、現地調達も不可能である。
さて、どうしようかね……。
帝国暦169年 5月24日
現時点での帝国に対する影響度……10.279%(+0.2)※政治犯収容所を強襲して制圧
資産
・5749万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×35
配下
シーラ(部下・帝国復興軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・帝国復興軍部隊長97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息 帝国復興軍後方部隊長と前線部隊長)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)
※239話に誤字報告をくださった方ありがとうございます。こっそり修正しておきました。




