239 政治犯収容所
復興軍の拠点に戻った俺は、ある程度隊内がまとまり、ララク達を部隊長にした指揮系統が機能しつつあるのを確認して、シーラを仲間に加えた3人で東へと向かう。
目的地は東にあるという運河の建設現場。政治犯収容所だ。
もしかしたら部隊を率いて攻める事になるかもしれないけど、今回は偵察だ。
人数が増えた復興軍は戦いの前にもう少し訓練期間が欲しいし、セラードも帰ってきていない。
なにより様子も分からないのにいきなり大軍を動かすのはリスクがあるので、まずは様子見だ。
そんな訳で後の事をリーズとララク達に任せて、俺達は復興軍の拠点を出発する。
進路は迷ったけど、あえて帝国領内を進む事にした。
ウルミ辺境伯領の戦いが気になったし、商会の右腕さんから貰った通行証があるので、道中の安全は基本大丈夫という保証もある。
北を監視する帝国軍を避けて帝国領内に入り、帝国軍に近付き過ぎないよう気を付けて少し南寄りに迂回しつつ、東に向かう。
道中の街では様々な情報を仕入れる事ができ、それを総合すると、どうやらウルミ辺境伯本人は帝国軍に参加しておらず、息子の一人が代理で参陣していたらしい。
その息子は帝国に対する反逆に加担した罪で捕らえられて処刑され、それに怒った当主は軍勢を集めて居城に立て籠もっているとの事。
だけど主力は3度の遠征軍に出していて軍の質は低く、おまけに領民の間で評判が悪いせいで、、『反乱軍に認定された』という情報に続々と兵士が逃げ出しているそうだ。
聞く限りの様子では、わりとあっさり制圧されそうな感じがする。
そんな情報を得ながらさらに東に向かうと、畑の真ん中を縦断する真っ直ぐな水路にぶつかった。
自然の川っぽくはないので、多分これが運河なのだろう。
南に行くと帝都の北にある湖に繋がっていて、北に向かって現在も建設中らしい。
復興軍にいたこの辺り出身の兵士に訊いた所、運河の建設は何十年も前から続けられていて、元々荒れ地だったこの辺りを広大な農地に変えた。
農業用水や生活用水として使われている他、水運にも使われているのだそうだ。
――少なくとも、事業自体は有益な公共事業であるらしい。
問題なのはその造られ方で、政治犯達。多分ほとんどは宰相によって政治犯にされた人達の奴隷労働によって建設されているのである。
その現場へと向かうべく。俺達は進路を変えて、運河沿いを北へと進んでいく。
途中で会った住民の話によると、時々囚人を乗せた船が北に向かっていくが、帰りはいつも空っぽなのだそうだ。
完全に一方通行の流刑地なんだろうね……。
そしてどうやら、この辺り一帯は宰相の領地らしい。
……なるほど。元々荒れ地だった広大な場所を領地として貰い受け、自分の政敵の処分を兼ねて運河を作らせ、開拓した農地の収穫物を運河で帝都に運んで、莫大な利益を得る。
宰相にとっては一石二鳥の方法だね。さすが長い事帝国の政治を牛耳っているだけあって、能力的にはとても優秀なのだろう。
敵に回すと厄介な相手だね……。
そんな事を考えながら北上を続けるが、シーラの様子がちょっとおかしいと言うか、先を急いでいる感じがする。
いつもはもうちょっと余裕を持って馬を休ませるのだが、今回は強行軍に近いペースだ。
……理由はなんとなくわかる。
宰相に睨まれた政治犯が収容されているという事は、宰相の陰謀で殺されたシーラの父親みたいに、取り潰された家の関係者もいるという事だろう。
もしかしたら、シーラの知り合いもいるかもしれない。
そりゃあ急ぎたくなるだろう。
そんなシーラに引っ張られるようにして北上を急いでいると、周囲はまだ農地が整備されていないらしく荒れ地となり。さらに進むと、運河の終点に到着した。
そこには小屋があったが人影はなく。北に向かった馬車の轍の跡と、数メートルの距離を置いて空の溝が北に延びている。
どうやらこの先が運河の工事現場らしい。
そういえばさっき運河を南下してくる船とすれ違ったけど、あれは収容所に食料を届けに行った船なのかもしれないね。
いくら生きて帰さない前提の囚人とはいえ、食べさせないと働けない。こんな荒地では自給も無理だろうから、船で運河の終点まで運び、その先は馬車で運んでいるのだろう。
これはつまり目的地が近いという事なので、俺達は空堀になった運河を離れ。距離を置いて進んでいく。
……しばらく進むと、なにか気配を察したらしいシーラが合図をし。さらに慎重に進むと、ついに目的地が見えてきた。
望遠鏡で覗くと、運河の延伸に伴って作業現場が移動するからだろう。
小屋ではなくテントが無数に張られていて、その向こうが作業現場になっているようだ。
近くある大きな岩に登って少し高い所から見てみると、テントの数は200くらい。比較的立派なものと、ボロいものが分けて張ってある。
囚人用と監視兵用なのだろう。
そして監視兵用のテントの近くには、馬が20頭ほど繋がれていて馬車もある。
輸送用と……逃亡者の追跡用だろうか。
収容所は順次移動する都合上、柵などはないので逃げ出すのは簡単に見えるが、辺りは一面の荒れ地だ。
水も食料も手に入らないし、水がある運河を目指して真っ直ぐ南に向かえば、すぐに捕まってしまうだろう。
開放的なようでいて、逃亡は容易ではない。
そして視線を奥に移すと、運河の建設現場で大勢の人が溝を掘り。アリの行列のように土を運んでいる。
ざっと数えた所、棒や鞭を持った監視兵が100人。ボロボロの姿で働かされている人達が2000人くらいに見える。
視力のいいシーラとキサに確認しても大体同じくらいの見立てで。これで全員かは分からないけど、それなりの規模だと思う。
――不意に殺気を感じて隣を見ると、シーラさんが今にも槍を振りかざして突入していきそうな怖い顔をしているが、さすがにそれは無謀に過ぎる。
だけどこれなら、ある程度の部隊を連れてくれば制圧できそうな気もする。
ウルミ辺境伯の反乱による警備強化の気配もない。監視兵達の注意は、外ではなく、完全に内に向いているようだ。
攻撃する時は人質とか取られると厄介だから、その辺の対応は考えないといけないけど……。
――と、そんな事を考えていると、不意にキサが俺の袖をギュッと握ってくる。
『どうしたの?』と訊いてみるが、脅えたような表情をして一点を見つめたまま、なにも答えない。
なので、俺も望遠鏡でキサの視線の先を追ってみる……と、監視兵3人が抵抗する若い女の人を乱暴に押さえつけ、立派な方のテントに連れ込もうとしている所だった……これはよくないな。
なにがよくないってキサの教育上よくないし、シーラさんは今にも爆発しそうだ。
宰相から反逆者の烙印を押された人やその家族が送られてきているのだとすれば、当然女の人もいるだろう。
そして、どうせ生きて帰る事ができない囚人。ここは人里離れた場所で誰に見咎められる事もないとなれば、そういう行為に及ぶ監視兵がいるだろう事は想像に難くない。
だけど実際に目にすると、その不快感は想像以上だ。
……軍師としてはここは感情に流されず。予定通り今回は偵察に留め、一旦引いて増援を連れて来るのが正解なのだろう。
今戦うのは数で圧倒的に不利だし、まだ日が高い時間なので夜陰に紛れて奇襲をかける事もできない。あまりに不利だ。
でもここでこのままあの女の人を見捨てて帰ったら、俺はこの先ずっとシーラの目を正面から見られなくなってしまう気がする……。
――わずかな逡巡の後。俺は今だけ軍師の立場を捨ててシーラの恋人志望者になろうと決心し、力を込めて言葉を発する。
「キサ、敵を射殺す事ってできる?」
「はい、できます。やった事はありませんが、訓練を積んできましたし、アルサルさんの護衛になった日からその覚悟もしています」
決意のこもったいい返事だ。
「よし、じゃあシーラ。少し北上して、西から突入して北に抜ける方向で作業現場に騎馬突撃をかけて。
なるべく監視兵を混乱させて、騎射で可能な限りの敵兵を倒してくれると助かる。精一杯目立って、敵の注意を北に逸らして欲しい。できる?」
「無論です」
「うん。じゃあキサ、シーラが突入して少し経ったら、俺を立派な方のテント群まで運んで、そこで俺を敵から守って欲しい。
シーラは一旦北に走り抜けたら、可能な限り迅速に俺達に合流して。
なにか質問は?」
「「ありません」」
二人とも即答だ。
実質戦力2人で100人からの敵に挑もうという無謀な戦いなのに、俺の指示に一言も疑問を挟んでこないのが、信頼の証に感じられて嬉しくなる。
「よし、じゃあ行動開始。
シーラ、敵は囚人の監視しか頭にないみたいで、弓も槍も持ってない。
棒は剣程度の長さしかないけど、鞭は長い物もあるからそれだけ気を付けて」
「了解しました」
力強く返事をしてシーラは岩から飛び降りると、馬から荷物を降ろし。
身軽になった馬にヒラリと飛び乗って、弓矢装備で北へ駆けていく。
その姿を見送り。俺はキサと二人、じっと様子を見ながら時を待つのだった……。
帝国暦169年 5月24日
現時点での帝国に対する影響度……10.079%
資産
・5749万ダルナ(-23万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×35
配下
シーラ(部下・帝国復興軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・帝国復興軍部隊長97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息 帝国復興軍後方部隊長と前線部隊長)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)
237話に誤字報告を下さった方ありがとうございます。
こっそり修正しておきました。




