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235 後方拠点確認

 まだ雪が残る大山脈を越え、久しぶりの北の拠点が見えてきた。


 懐かしい気持ちに少し足を速めて進んで行くと、不意にキサが言葉を発する。


「なにか妙な臭いがしませんか?」


 ……そう言われて俺も鼻をクンクン鳴らしてみるが、特になにも感じない。


 キサの気のせいか、あるいはキサの鋭い感覚がなにかを感じ取ったのか。


 俺も気をつけながら歩いて行くと、しばらくしてシーラもなにかを感じ取ったらしい。


 最初は臭いが薄くてなにか分からなかったようだが、さらに進むと思い出したように口を開く。


「これは、瘴気の臭いです」


「しょうき?」


 一瞬なんの事かと思ったが、そういえばと思い出した。


 北の拠点の近くには天然の油田があって、それが火災を起こしてもうもうと黒い煙を噴き出していたのを、この辺りを生活圏にしているエルフや海狸かいり族達は瘴気と呼んでいたのだ。


「こっちからです」


 キサの言葉に従って少しルートを逸れると、なるほど俺の鼻にもあの独特の。プラスチックを燃やしたような嫌な臭いが感じ取れた。


「あそこからですね」


 そう言うキサが指差す先には白いブロック状の塊が落ちていて、端が少し焦げている。


 このブロックには見覚えがあって、北の拠点近くで湧き出している白い石油。あれを精製して灯油を取り出した残りだ。


 火は消えているが、嫌な臭いは周囲にしっかりと残っている……火が消えて間もないのだろう。


「……これは多分、魔獣避けだね。この状態で強い害はないよ」


 不審そうにブロックを見ているキサに、大雑把な説明をしながら北の拠点への歩みを再開する。


 以前はこれの素になった物質が盛大に燃えていて、森は枯れ川は汚染されて、呼吸器を痛める人もいた。

 川で暮らす海狸族には、全滅してしまった一族もいたくらい。


 この辺り一帯は黒い霧のようになった煙に覆われ、木々は枯れて、動物も魔獣も逃げ出す死の世界と化してしまっていたという話に、キサはちょっと脅えた表情を浮かべる。


 俺とシーラが初めて大山脈を越えた時に見た光景で、今はもう懐かしい思い出だ。


 あの時の記憶は魔獣達にも残っているだろうから、拠点の周囲で少し燃やして臭いを発生させる事で、凶暴な魔獣避けに使っているのだろう。


 一応拠点の周りにさくとかは作ったけど、これなら広範囲に活動域を確保できる、いい考えだと思う。

 魔獣は臭いに敏感そうだしね。



 そんな話をしながら北の拠点への道を歩いていると、向こうでも俺達を発見したらしい。大声で人を呼び、あっという間に20人以上が集まってきた。


 給料の遅配について詰められるのかと身構えたが、そんな事もなく全員が久しぶりの訪問を笑顔で迎えてくれ。早速歓迎会の準備が始まったらしい。


 手隙てすきの人から情報を訊いてみると、俺が来なかった間も特に大きな変化はなく。塩は大量に生産されているし、今年のメープルシロップもちょうど今が収穫期らしい。


 偽瘴気はやはり魔獣避けだったらしく、『いい考えでしょう』とドヤ顔で自慢された。


 その人が考えたのかと思ったら、『いえ、ティアナさんが』との事だったので、なぜドヤ顔だったのかはよく分からない。



 それはともかく、料理担当の人から歓迎会でケーキを焼くのにメープルシロップを使っていいか訊かれたので、当然了承の返事を返す。


 他にも、船大工さん達が作った建物や家具。ガラス職人さんが作ったビンやコップなんかも見せてもらった。


 船は予備も建造されていたし、建物や家具も作ってくれたみたいで、とてもありがたい。

 ビンもメープルシロップを詰める物の他、日常使い用など沢山作られているようだ。


 どちらも塩の輸送で来るティアナさんから教えを受けたらしく、『今までより数段技術が上がった』と、とてもご満悦だった。


 どうやらエルフの技術が人間に流出しているらしいけど、秘伝とかじゃないならいいのかな?


 ティアナさんは基本、旦那さんとエリスの事以外はすこぶる大雑把な人なので、気にしないのかもしれない。


 とりあえず俺としては、喜んでもらえているようでなによりだ。



 そんな事をしているうちに歓迎会の準備ができたとの事で、会場に案内されてみると、大きなテーブルいっぱいに沢山の料理が並んでいて。女の人達の他、職人さん達や、船の運航に当たってくれている兵士達。クレアさんの故郷の街から来た孤児達など、70人近くが勢揃いしていた。


 なにか挨拶をと言われたので、一年近くもご無沙汰だった事を詫び。給料の精算は後からちゃんとやるからと頭を下げたら、場が微妙な空気になった。


 ……なるほど、歓迎会の主賓しゅひん挨拶で暗い話はよくないよね。


「――みなさんの協力のおかげで、無事ジェルファ王国を復興する事ができました。

 まだ帝国との戦いが続いているのですぐには無理ですが、いずれ望む場所に帰って頂く事も可能になると思います」


 一瞬『故郷に』と言いかけたが、他の人はともかく女の人達がここに来た経緯を考えると、故郷には帰れないだろうからね……。


 それはともかく、ここにいるのは全員ジェルファ王国民なので、故郷が解放されたという知らせに『ワッ』と歓声が上がり。そのまま勢いで乾杯に持ち込んだら、パーティの挨拶としては上々の物になったと思う。


 と言うか、ティアナさんが塩輸送のために往復していたはずで。大山脈を越えられない冬の間に起きた教国との戦いはともかく、新生ジェルファ王国建国の知らせは届いていてもよさそうなものだけど……。


 旦那さんとエリスの事以外はホントに興味ない人だし、エリスが新生ジェルファ王国の国王になった事もティアナさん的には不満だったみたいなので、あえて話さなかったのだろうか?


 俺がティアナさんにお願いしていたのは物資の輸送であって、情報の伝達ではないので別にいいんだけど。普通は娘が国王になったとか、盛大に自慢しそうなものなのに。


 エルフと人間の感覚の違いなのか。本当にエリスを愛しているからこそ、危険で大変な役職に就いた事を喜ぶ気になれなかったのか……。


 なんとなく後者な気がするね。



 それはともかく、ジェルファ王国解放のお知らせもあってパーティーは大いに盛り上がり。


 北の拠点では貴重な小麦粉を使ったケーキは大人気で、みんな大いに楽しんでくれたと思う。


 北の拠点は農業に適さないので、海狸かいり族提供の魚か、周辺で狩った肉。採取した山菜や海草が主な食材になる。


 穀物は貴重品で、ティアナさんと東航路の船が塩輸送の帰りに運んでくる物しかなく。どちらも冬の間は輸送が止まるので、この時期は特に貴重なのだ。

 おまけに今回はメープルシロップを使った甘いケーキなので、大人気だった。


 俺は普段からパンを食べているので、ここでは貴重な小麦粉を使ったケーキは一切れだけ頂いて残りはみんなに食べてもらい。もっぱら魚や肉を食べる。

 海狸族が作る魚の干物はとても美味しいのだ。


 シーラもキサも、空気を読んだのかそっちの方が美味しいからか、魚と肉を中心に食べている。



 パーティーはそのまま盛況に過ぎていき、翌日改めて給料を精算し。東回り航路の活発化などの話もする。


 春になってもうすぐ運行開始なので、塩の他に少量の白石油ブロックも運んでもらうようにお願いした。

 なにかに使えるかもしれないからね。


 あとは、腕が上がった船大工さん制作の木工品や、ガラス職人さんのガラス細工なんかも運んでもらう。

 メープルシロップは給料遅配のお詫びもかねて、3分の1をここで消費してもらい、残りを船で東に運んでもらう事にした。


 船を運航する子達は、正式にアムルサール帝国復興軍水上部隊として復興軍に加わってもらう事になり。資金確保を含めた後方支援体制は順調に整っていく。


 北の拠点全体としては燃料がほぼ無尽蔵なおかげで塩の生産は順調らしく。冬の間の在庫も大量にあるようだ。


 エルフの村に運べれば、大量の傷薬と交換してもらえるのにね……。



 そんな事を考えていたらふと思いついた事があり。

 俺はみんなの見送りを受けて、また大山脈を南へと向かうのだった……。




帝国暦169年 4月8日


現時点での帝国に対する影響度……8.279%(±0)


資産

・2646万ダルナ(-1億1265万)※北の拠点のみんなの給料精算と、9月分まで前払い


・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)

・エルフの傷薬×35


配下

シーラ(部下・帝国復興軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)

メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)

メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)

エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)

ティアナ(エリスの協力者 月給なし)

クレア(部下・ジェルファ王国宰相)

オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)

元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)

セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)

ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)

船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)

怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)

キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)

セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息 帝国復興軍後方部隊長と前線部隊長)

ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)

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