222 捕虜
『帝国軍が草原に入った』という情報が入って2日。
様子を見守っていたが、報告によると四方に偵察隊を放つばかりで、本隊は草原の境目で停止しているらしい。
――それはまぁ、広大な草原のどこにいるかも分からない敵相手に当てもなく進軍をし始めたら、指揮官かなりヤバい人だよね。
という訳でシーラにお願いして、帝国軍を釣り出してもらう。
敵の偵察隊にわざと見つかって、相手に気付かれずに拠点まで誘導する任務だ。
危険を伴うし難易度も高い。気配察知に優れたシーラじゃないと難しい仕事だと思う。
そんな訳でシーラと1隊100人を送り出し。残りの人員はここを大軍が駐留する拠点っぽく仕上げる仕事をする。
偵察隊に遠目で見られた時にそれっぽく見えればいいので、各自が持ち歩いている毛布や寝袋を使ってテントっぽい物を作り、地面に溝を掘って風よけの寝床っぽいものを作る。
幸い地面が凍るほど寒くはないので、作業はしやすい。
シーラが偵察隊を連れてくるのは昼間だろうから、夜は普通に毛布や寝袋を使って寝て、起きたらテントっぽく干しておくだけの簡単な作業だ。
そんな事をしながら4日目の午後。
シーラ達が慌てるでも走るでもなく、落ち着いた様子で戻ってきた。
隊員のみんなは普通に拠点に散っていき、シーラは俺の所に来て『敵の偵察隊が3騎ついて来ています』と報告してくれる。
さすがシーラ、仕事きっちりだ。
まさか3騎で襲ってくる事はないだろうから、みんなには普通に過ごすように改めて指示を出し。夜間に近付いてこないように見張りの手配をする。
シーラによると3人のうち1人が現場を離れたそうで、本隊に報告に向かったのだろう。
――つまり2人が残って監視を続けている訳だけど……これはよくないよね。
「シーラ、残っている2人を排除する事ってできる?」
「殺すなら私1人で、捕らえるなら人手を2人出して頂ければ可能です」
「じゃあ捕まえてきて。人手は好きな人を連れて行っていいよ、夜とかの方がいい?」
「今からでも大丈夫です。正式なご命令を頂ければ、すぐにでも行って捕えてきます」
「分かった、じゃあお願い」
「承知しました」
シーラはそう言うと、その辺にいた兵士2人を連れて西へ向かった。
偵察隊がいるのは南だと言っていたけど、迂回して背後から襲ったりするのだろう。
頼もしいなと思いながら見送り。俺は夕食の準備などを手伝っていると、しばらくしてシーラが、捕虜2人と馬2頭を連れて戻ってきた。
捕虜達は目隠しをされた上に後ろ手に縛られていて、すごく脅えている様子が伝わってくる。
とりあえず応援の兵士2人にねぎらいの言葉をかけて作業に戻ってもらい、俺とシーラ、キサだけで捕虜を人目に付かない所に連れて行って、目隠しをしたまま尋問する。
「所属と名前は?」
強めの口調で問うが、捕虜達は脅えた様子をみせるものの、何も答えない。
見た感じちょっといい鎧を着ているし、そこそこの騎士とかなのだろうか?
……なら方向を変えてみよう。
「我々は今の、乱れた帝国の政治を正すために立ち上がった。おまえ達も我が軍に加わり、共に皇宮を私物化する奸臣どもを討つ気はないか?」
俺の問いに、2人は『騎士として主君を裏切る事などできん!』『そうだ! 殺すなら殺せ!』と、わりと元気よく答える。
なかなか気骨がある、優秀な武人っぽいね。
仲間に欲しい所だけど、今は無理そうだ。
それなら……。
「わかった、では望み通り処刑してやろう。処刑は明日の朝執り行う。
今夜のうちに言い残したい事があったら手紙を書いておくがいい。すぐには無理だが、後日届くように手配してやろう。連れて行け」
そう言って、シーラに目配せして連行してもらう。
2人共言葉は発しなかったが、顔がだいぶ青褪めていた。『殺すなら殺せ』はさすがに虚勢だったのかな?
でも取り乱して命乞いをしたりはしないようだ。
俺の方も即断で処刑を決めたのはかなり乱暴で、隣で見ていたキサが引いているかなと思ったが、わりと平然としていた。
強くなったね……。
――とはいえ、本当に処刑するつもりはない。
考えがあってボロ布を貰ってきて、炊事場で炭の欠片を拾ってきて文字を書いていると、捕虜を預けたシーラが戻ってきたので話をする。
「あの2人を帝国軍に帰そうと思うから、逃げるのに気付いてもそのままにしておいてね。
誰か裏切り者をでっちあげて、夜中にこっそり拘束を解いて、馬を返してあげれば帰れると思うから。そして、これを持って行ってもらおうと思う」
そう言って、さっき書いた手紙を見せる。
ボロ布に炭で書いた手紙には、
『私は西方遠征軍に参加していたランネル子爵の従者で、ベルグと申します。
ロムス教国に攻め込みましたが、部隊は戦いに敗れ、我々は捕虜になりました。
その後国に帰してやると言われて東に向かいましたが、知らないうちに反乱軍に参加させられていて、今ここにいます』
『帝国に戻りたいので、ぜひお力添えをお願いします。
分かる範囲の情報としては、近くにもう一つ駐屯地があり、合計2万人以上の兵士がいます』
『私同様知らない間に反乱軍に参加させられ、嫌々戦っている者はかなりの数で、おそらく半数はそうだと思います』
『草原の奥地であるこの場所から逃げ出すのは難しいですが、もし帝国軍が近くまで来てくだされば、逃げ出したいと思っている者は相当数がそちらに協力するはずです』
『我々は望んで反乱軍に加わった訳ではありませんので、投降した時には寛大な措置を頂けるとありがたく思います』
と書いてある。
ちなみにこのランネル子爵は実在の人物で、今もジェルファ王国にいて返還交渉中だ。
従者のベルグさんは架空の人物だけど、子爵の従者なんて何十人もいるらしいから、バレないと思う。
そしてこの手紙が帝国軍の手に渡れば、敵は状況は自分達に有利だと判断するだろう。
なにしろ内通者がいて、敵の多くは戦意が低く寝返りも期待できる。おまけに相手の場所と戦力も分かっているのだ。
しかも、その戦力は自分達の半分である。
これだけ条件が整えば、俄然攻めてくる気になるだろう。
そして状況が悪くなっても、『敵に内部分裂を起こさせる事さえできれば……』という幻の可能性に縋り付いて、深追いをしてくる可能性が高い。
今回の戦いで引き際を誤る事はそのまま致命傷に繋がるので、この偽情報を元に、ぜひとも引き際を誤っていただきたい。
シーラに話を通した上で、こういう事が苦手そうなシーラの代わりに、リーズに人選と実行を頼む。
帝国軍は最初の偵察員の報告で動き出すだろうから、そこに今回の情報が加わって、姿を現すのは3・4日後だろうか。
そう段取りをつけ、俺は早速ここからの撤収準備を命じる。
いよいよ追いかけっこの始まりだ……。
帝国暦169年 2月11日
現時点での帝国に対する影響度……6.569%(±0)
資産
・1億4184万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×35
配下
シーラ(部下・帝国復興軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息 帝国復興軍後方部隊長と前線部隊長)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)




