216 反帝国軍編成準備
ジェルファ王国王都でのエリス国王達との話を終え。
王都郊外に留めておいた帝国軍の捕虜達を元解放軍訓練所に移送するようお願いし、俺は一足先に中州の拠点に向かう。
もう大山脈が雪で閉ざされる季節になり、ティアナさんによる塩の輸送は止まってしまっているが、今まで運んでもらった塩があるので、それをエルフの傷薬と交換しに行くのだ。
――分かってはいた事だけど、本格的な戦いがはじまってからの傷薬の需要と重要性は尋常ではない。
あればあるだけ使い所があるし、むしろ数に限りがあるから使用を制限しないといけない状況だ。
なので、エルフの傷薬の確保は最優先案件なのである。
中州の拠点に備蓄されていた塩60袋を2回に分けて運び、傷薬180本と交換してもらうが、これで手持ちは235本。
セラードと約束した、帝国軍州都守備隊の負傷者を全員回復させるのに必要な残り700本にはまだまだ足りないし、新たに加わった帝国軍遠征部隊の捕虜を回復させる分も考えると、全然足りない。
だけどさすがに前借りなんてできる訳もなく、とりあえず来年からは塩を卸している商会への輸送を停止にし、薬の調達に全振りする事にした。
商会に関しては俺がエリス達に。特にミリザ内務大臣によろしく言っておいたので、この先の商売は安泰だろうし、帝国の情報も継続して取れるはずだ。
貴族の捕虜の身代金交渉も含めて、こういう事はミリザさんがお手の物だろう。
あの人は相手が貴族だからって物怖じしたりしないしね。
俺からは『帝国内に移って商売をする事にしました、これからは帝国内の支店の方でお世話になると思います』とだけ手紙で知らせておく。
そうなると、アルパの街のエリスの宿屋を使わなくなるんだけど……契約解除とか言うとまたエリスが曇りそうなので、反帝国軍の拠点として引き続き借りる事にした。
反帝国軍はジェルファ王国を後方拠点にするので、物資の調達と保管をする場所が必要になる。
アルパの街は国境から遠いけど、その分安全でもあるので、後方拠点の本部にはいいと思う。
必要なら国境近くに前進拠点を作ればいいし、帝国兵の捕虜を収容している場所に近いのもいい。
セファルさんと弟くんには引き続き拠点の管理と、中州の拠点並びに帝国軍捕虜収容所との連絡をお願いし。今までの売上4000万ダルナを受け取って、そのうち1000万ダルナを運営資金と給料の前渡しとして預けておく。
そしてその足で、帝国軍の捕虜収容所になっている元解放軍訓練所に向かう。
まだ遠征軍の捕虜は到着していなかったので、元帝国軍西方新領州都防衛隊長だったセラードと、妹のリーズに会い。教国領での戦いについての報告と、これからの事について話をする……。
――とその前に、セラードとの約束である、傷薬提供の話をしないといけない。
とりあえず今提供できる200本を渡し、頭を下げる。
「ごめん、当面提供できるのはこれだけになりそう。あと500本は春以降まで待って欲しい。遅れて申し訳ないけど、ちゃんと約束は守るから……」
俺の言葉に、セラードは恐縮した固い声を発する。
「どうか頭をお上げください。ここまでして頂けただけで十分です。傷は時間が癒してくれますから」
……ああそうか。王都での戦いが終わってから、もう4ヶ月以上が経っている。
それは生傷を癒すには十分な時間かもしれない……。だけど、手足や指の欠損、神経や脊髄の損傷で手足が不自由になった人なんかは、時間が経っても回復しないはずだ。
そしてここには、まだそういう人達が大勢いる。
彼等を癒すには、あと500本の上級傷薬。エルフの傷薬が必要なのだ。
「気を使ってくれるのはありがたいけど、これは一度約束した事だから。
今は地位を失ってしまっているけど、皇帝たる者が一度した約束を反故にするようでは、部下の信頼を得られないよ。
時間はかかるけど必ずあと500本用意してくるから、信じて待っていて欲しい」
「……はい」
前もそうだったけど、セラードはこういう話をするとやたらと感動するね。
約束を守るのなんて当たり前の事だと思うんだけど、今まで接してきた貴族がろくでもない相手ばかりだったのだろう。
包囲下の街に置き去りにされた事を考えても、苦労してきたんだろうね……。
俺はセラードにとって信頼を寄せられる君主になれたらいいなと思いながら、改めてこれからについての会議を開く。
メンバーは俺とシーラとキサ。セラードと妹のリーズだ。
当面の反帝国軍としては、この顔ぶれが主軸になると思う。
ジェルファ王国解放軍より寂しくなったけど、それはしょうがない。これから人員を充実させていこう。
そんな訳で、まずは現状の確認からだ。
「なにか問題とかは起きてない? エリス国王が一回様子を見に来たって聞いたけど」
「はい、おかげさまで特別の問題は起きておりません。国王陛下にはよくして頂いており、食料も潤沢に供給されています」
「それはなにより。それで、兵士達で反帝国軍に入ってくれそうな人ってどのくらいいる?」
「6000人強でしょうか。我々は上級指揮官に置き去りにされて見捨てられましたから、貴族達への反発は強いです。
一方で皇帝陛下……アルサル様はそんな我々に深い温情を注いでくださったので、兵達の間でとても人気があります。上級傷薬で傷を癒して頂いた者達は特にです。
――ですが兵士の中には親子兄弟が本土の帝国軍にいる者もいますし、帝国軍同士で戦う事に抵抗感を持つ者も少なくありません。
ですから実数としては、6100か6200くらいになるでしょう。アルサル様が元皇帝陛下であると公表できれば、もっと増えるでしょうが」
「あー、それはもうちょっと先にしようか。今帝国に全力で攻めてこられるのはさすがに困る。当面はそれだけいれば十分だよ。500人編成の隊を10個作れる?」
「問題ありません」
「うん、じゃあそれでお願い。残りの人員はこれから遠征軍の捕虜が大勢来るから、その対応に当たってもらって。
……捕虜と逃亡兵って、やっぱり別にした方がいいかな?」
「そうですね。同じ部隊だった者とは顔を合わせにくいでしょうし、揉め事になる可能性もあります」
「だよね。じゃあ川の向こうに施設の一部を移して、当面は別個に面倒みてくれる。待遇とかは同じにしてね」
「承知いたしました」
「うん。これは当座の運営資金として渡しておくね。一応表向きはジェルファ王国の捕虜だから、食料とかは王国が支給してくれるはずだけど、他に必要なものがあったら調達して。
アルパの街のセファルさんが仲介してくれるはずだから」
そう言って、金貨10枚1000万ダルナを渡す。
上級傷薬1本分だと思うと少ないような気がするけど、運営資金としてはそれなりの額だ。
状況確認を終えた所で、俺はいよいよ本題を切り出す。
「できるだけ早く帝国領内で反乱の狼煙を揚げたいんだけど、500人隊を10隊。いつ出発できる?」
「現状100人1組で編成しているのを5つまとめるだけですから、出立準備も含めて一日あれば十分です。
ただ、我々には武器も防具もありませんから、すぐに戦うのは難しいかと」
「それは大丈夫。名目上降伏して武装解除した時の装備がそっくりそのまま保管してあるし、整備と多少の追加もしてあるはずだから。
もうちょっと待てば教国に攻め込んだ遠征軍の装備も届くはずだし、それを追送してもらう事もできる」
「そういう事なら問題ありません。明後日の朝にでも出立可能です」
「それは頼もしい。じゃあその予定で準備しておいて。
それと、近いうちに新しい帝国兵達が来るから、彼等も反乱軍に加わって貰うよう説得して欲しい。
セラードとリーズで、どっちかが指揮官として前線へ。もう一人がここの運営と捕虜達の説得のために残って欲しいんだけど、問題ないかな?」
「問題ありません、私が残りましょう。
恥ずかしながら、前線指揮官としては妹の方が優秀ですから」
セラードはそう言って苦笑を浮かべるが、俺としてはセラードの人心掌握術を高く評価しているので、この配置はありがたい。
メルツとメーアだったら離れるのは嫌だと言っただろうけど、セラードとリーズはその辺問題ないらしい。
リーズは目を輝かせて、やる気満々だ。
初めて会った時も、セラードが本部にいてリーズは街壁上で敵と戦っていたし、この兄妹はこの配置が適性あるのだろう。
リーズの戦闘指揮力は未知数だけど、セラードは上級指揮官達が逃亡した後の帝国軍をよくまとめて篭城戦を戦い抜いたし、生き残った兵士達を反帝国軍に勧誘する仕事でも高い成果を挙げているので、お互い適性をよく理解しているのだと思う。適材適所という奴だ。
出発の予定が決まり。それまでの間に俺はセラードから帝国内の様子を聞き取り、反乱軍を始動させる場所と方法について、あれこれ考えを巡らせるのだった……。
帝国暦168年 12月15日
現時点での帝国に対する影響度……6.2422%(±0)
資産
・2億3787万ダルナ(+1840万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×35(-20)
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息 反帝国軍後方部隊長と前線部隊長)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)
214話に誤字報告をくださった方ありがとうございます。こっそり修正しておきました。




