214 教国との交渉
部屋でしばらく待っていると、昨日会った東部地区大司教様が、一人で入ってきた。
教国内では相当偉い人なはずなのに、副官も護衛もなしである。
それだけ動ける人がいないのか、それとも秘密の話をするつもりなのか。
とりあえず立ち上がって迎えるが、足元はふらついているし、顔色も悪い。
この一日で20歳くらい老け込んだように見える。本来寝込む所を、責任感だけでなんとか動いているといった感じだ。さすが教国東部で一番偉い人。
昨日はとなりに司教様がいて、直接言葉を交わすなど恐れ多いのか、その人経由で話をしたけど。今日は一人しかいないから直接話をしても問題ないよね?
「お疲れの所時間を取っていただいてありがとうございます……今日の戦いについて情報は入っていますか?」
「街壁の上から見た範囲ではな。伝令は真っ直ぐ街に向かうと昨日の戦場を通るので、そこで止まってしまうようだ」
おおう、声も枯れていて痛々しい。『ごはん食べてますか?』を通り越して『お水飲んでますか?』と心配の言葉をかけたくなるくらいだ。
「であれば帝国軍の撃退に成功し、我々が勝利した事はご存知だと思います。まずは戦勝おめでとうございます」
「うむ……」
一応の返事を返してくれるが、全然嬉しそうではない。
敵を撃退しても、心配事は全くなくなっていないのだろう。
さすがに気の毒に思えてくるが、俺は自分の任務を果たす事が優先だ。
まずは停戦と教国軍撤収の話をしたい所だけど……。
ちょっとだけ考えて、こっちの方が話が早そうかなと思い。難しい方の交渉を先に出す。
「つきましてはこれからの事をお話したいのですが、どなたと話すべきでしょうか? ジェルファ王国の新国王から新書を預かってきているのですが」
「……昨日聖都に向けて、聖光教会親衛隊全滅の報告を送った。一度で信じるかは分からんが、大変な騒ぎになるのは間違いない。しばらくは外交どころではないだろう」
「そうですか……では貴方と差し当たりの話をする事は可能ですか?」
「……聞こう」
「ありがとうございます。とりあえず我々としては、貴国との不可侵条約が望みです。これから帝国と戦う事になるでしょうから、その時後ろから攻められてはたまりませんから」
「不可侵条約? 同盟でなくてよいのか?」
お、さすが消耗していても大国の偉い人。返事が的確で話が速い。
それに、異教徒の俺相手でもほとんど対等に話をしてくれるのは、今日の戦果のおかげなのだろう。
この人が管轄する教国の東部地区が守られた訳だからね。
「はい、不可侵条約でお願いします。と言うのも、我々は将来的に教国と帝国、二国の間の緩衝地帯として存在したいと考えています。
そのためには、どちらかと同盟を結んでいるのはよろしくありません。
中立であり、双方と不可侵条約を結んでいるような形が理想です。そしてそれは、再び今回のような事態を招かないために、貴国にとっても益がある事であると考えます」
「……なるほど、理屈は分かる。だがそれは将来の話で、今は帝国がこちらに攻めて来ている。今回は撃退したが、これで帝国が引き下がるとも思えん。
ならば、今は帝国軍を打ち破るのが先であろう。そうでなければ、中立も緩衝地帯も成立するまい。
そして、帝国相手に貴国だけで戦えるとは思えんが?」
「その点に関しては策がありまして、我々は帝国内の反皇帝勢力と関係を持っています。
彼等と協力して戦う事で、我々の勢力が弱小であっても勝ち目が。少なくとも、帝国軍の侵攻を抑える事は可能ではないかと考えています」
まぁ、反皇帝勢力って俺なんだけどね。実際には反宰相勢力だけど。
だけどそれは伏せて、ちょっと攻めた言葉を口にする。
「それに……言いにくいですが、貴国は現状、援軍を出すのは難しいのではありませんか?」
「……なるほど分かった。不可侵条約の件についてはワシから上に話してやろう。今の状況を考えれば、否とは言うまい」
お、都合の悪い話はスルーしたな。さすが場慣れしている。
「それは助かります。よろしくお願いします……それでもう一つ、今日の戦闘に関してなのですが」
「うむ」
「我々が捕らえた帝国軍の捕虜と装備は、そのまま全てこちらで引き取りたいのです。帝国の反皇帝勢力からの要請でして」
「む……それは難しいな。装備はともかく帝国兵は我が国を侵略し、悪逆を尽くした。民は裁きを望んでおる」
やっぱりそうだよね……。負けた侵略者をすんなり帰すのは被害を受けた住民感情として難しいだろうし、権力者としても、勝利を誇示するために侵略者を処刑したりのパフォーマンスをする必要がある。
そうする事によって住民の感情を静め、侵略を受けてしまった失態を誤魔化す事もできるのだ。
……だけどこちらとしても、これは重要な案件だ。交渉のし所である。
「では、帝国軍の総司令官であるケルマン公爵の身柄は引き渡しましょう。
と言っても、討ち取ったので死体をとなりますが、鎧兜を剥いで死刑囚にでも着せれば、公開処刑の用途には足りるでしょう」
自分でも酷い事を言っている自覚はあるが、生きた兵士を引き渡して処刑されるよりはずっとマシだ。
俺の提案に、大司教様は難しい顔をして考え込む……これはちょっと足りないかな。
――しょうがない、この提案はあまり気が進まないけど……。
「では、我々が昨日の戦場を片付けましょう。貴国の兵士や住民ではやりにくいでしょうから。
お望みであれば、装備の回収もいたしますよ」
追加の提案に、大司教様が目を見開く。
――神のご加護を受け、無敵だったはずの聖光教会親衛隊員の死体。
それをあのまま野晒しにして人目に晒し続けるのは、神と教会の権威を決定的に失わせる事になる。本来一刻も早く回収するべきなのだ。
だけど、教国人の大半は神のご加護が否定されたという話を聞くだけで力が抜け、地面にへたり込んでしまう。
この街の状況を見るだけでも、かろうじて動けているのは軍人の一部と、聖職者の極々一部だけだ。
そんな状況なのに直接死体を見て触っての回収なんて、とてもできないだろう。
だけどジェルファ王国兵にとってみれば、言い方は悪いけどただの死体だ。
もちろん積極的に触りたいものではないけど、戦場にでは見慣れたものでもある。
100人くらいに対応するのはそう難しくない。
俺達にとっては労少なく、教国にとっては益が大きい。いい取引だと思う。
あまり気は進まないけどね……。
大司教様はしばらくの間じっと考え込んでいたが、やがて『わかった、その条件を飲もう。遺体と装備は別々に回収して欲しい。棺はこちらで用意しよう』と言ってくれた。
そして『それと……』と言われて一つ条件を出されたが、飲めない物ではなかったので了解し。戦場に出ている教国兵を撤収させる事にも同意してもらった。
エリス国王から預かってきた親書も『しかるべき方に渡してください』と言って預け、それで話はまとまった。
エリスの親書は俺達の身元を証明するのが主目的で、内容は建国の挨拶と友好関係を望むと書いてあるだけの儀礼的な物なので、読んでもらえれば問題ないだろう。
話を終えた俺達は、まともに動ける数少ない軍人の一人に連絡係として同行してもらい。
昨日の戦いの現場を避けて遠回りしながら、前線の教国軍の元へと向かうのだった……。
帝国暦168年 11月1日
現時点での帝国に対する影響度……6.2422%(±0)
資産
・1947万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×55
配下
シーラ(部下・ジェルファ王国軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)




