210 教国軍対帝国軍
夜襲に出発するシーラを見送った後。俺はメルツとメーアに会って、シーラと精鋭部隊の一部が夜襲に出た事を伝える。
戻ってきた時に同士討ちにでもなったら目も当てられないからね。
警戒部隊への伝達をお願いして、俺も仮眠を取ろうとしたが、緊張と心配で中々寝付けず。
ジリジリと時間を過ごしていると、大分時間が経った頃。不意にとなりで寝ていたキサが目を覚まし、『――アルサル様』と俺を呼んで、警戒を促す。
キサ自身も短剣を構えて、気配がするらしい方向に向かって身構えるが、しばらくしてふっと緊張を解き。『お帰りなさい、シーラさん』と言葉を発した。
どうやら、シーラが戻ってきたらしい。
暗闇で目を凝らすと、しばらくしてシーラの姿が現れ。『9割方気配を殺していたのに、よく気付きましたね』と、キサを褒める。
キサが嬉しそうに『シーラさんが鍛えてくれたおかげです』と答えるのを待って、『夜襲どうだった?』と訊くと、シーラはめったに見せない嬉しそうな表情を浮かべる。
「大成功でした。投石器2台と櫓1基を炎上させ、保管されていた武器や食料の一部を焼き、敵兵にも損害を与えて、こちらの被害は皆無です。
アルサル様に教えて頂いた火矢はとても役に立ちましたよ。
敵陣近くで馬を降りて物陰に身を潜め、火矢を放ったら、闇夜を飛ぶ火の玉に敵の見張りが動揺し。突入が容易になりました。
投石器や櫓も効率よく燃やせましたし、夜襲以外にも使えそうです」
……シーラの。好きな人の嬉々(きき)とした表情。
それを見るのは俺としても嬉しいんだけど、今の所シーラにこの顔をさせる事ができるのは戦いに関する事だけというのが、俺としてはちょっと悲しくもある。
いつか違う事でもこの表情を見る事ができたらいいなと思いながら、大まかな報告を聞いて『ご苦労様』とねぎらいの言葉をかけ。明日の戦いに備えてゆっくり休むようにと言う。
それは俺にとっても同じなので、眠ろうと横になって目を閉じたら、大きな心配事が一つなくなったおかげか、今度はスムーズに眠りに落ちる事ができたのだった……。
翌朝。キサに起こされたのは、東の空がうっすら明るくなり始めた頃だった。
ちょっと寝不足感があるが、大きな戦いを前にした緊張感が俺の頭を活性化させてくれ。メルツとメーアの元に向かって今日の行動を打ち合わせた後、昨日の丘に登る。
――と、頂上付近に人影が見えた気がして、俺はとっさに茂みに身を隠す。
誰だろう? ここは今日の戦場がよく見渡せる場所だから、教国軍の偵察隊か?
いや、教国軍なら街壁の上からもっとよく見渡せるし、帝国軍にしても昨夜の夜襲で焼けた櫓は一つだけだそうだから、他の櫓から戦場を見渡せばいい訳で、わざわざ距離があるこの場所に偵察隊を置く必要はない。
だったら誰が……と考えていると、丘の上から『アルサル様、私です』と、シーラの声が聞こえてきた。
あれ? シーラは夜襲に行ったので長めに寝ているはずでは? と思ったが、声は確かにシーラだったので茂みから顔を出すと、そこにはちょっと気まずそうな表情を浮かべたシーラが立っていた。
「シーラ、夜襲に出たから今朝はゆっくり寝るんじゃなったの?」
「それが……どうにも気が逸って目が覚めてしまいました」
なるほど……。寝付けなかった俺と早起きしてしまったシーラ、似たもの同士……ではない気がするな。俺は心配で寝付けなかったけど、シーラは楽しみで早起きした気配がする。
戦いが楽しみなバーサーカーではなく、目的に少しでも近付くのが楽しみだからだと信じたい……。
――そんな訳で丘の上から眺めてみると、帝国軍の陣地に焼け落ちた投石器や櫓の残骸が見える。
シーラ達の夜襲の成果だろう。そして帝国軍は注意を前後に振り向けながら、残りの投石器や櫓の完成を急いでいるようだ。
一方で、イドリアの街からはなにも聞こえない。
もう教国軍が街に入って橋を渡り、東門周辺に集まって攻撃準備をしているはずだけど、昨日親衛隊が出撃した時のような大歓声は起こらないみたいだ。
それでも街寄りの帝国軍が警戒態勢に入っているので、なにかしらの気配は放っているのだろう。
音楽を鳴らして歌を歌いながら前進するといいってアドバイスしたからね。
様子を観察していると、メルツがやってきて『出撃準備万端整いました!』と報告してくれる。
う~~ん……。
「了解、そのまま待機しておいて。待機長くなるかもしれないから、昼食を早目に用意して食べておいて」
と返事をすると、メルツはちょっと意外そうな顔をしたが、『了解しました!』と言って軍に戻っていく。
となりでシーラも不満そうだけど、ここは待つべきだ。
教国軍と俺達で同時に前後を攻撃するのも効果は高いだろうけど、一番効果が高いのは教国軍が前面を攻撃し。戦いが伯仲して、帝国軍がどんどん兵力を前面に注ぎ込んで後ろが薄くなったタイミングを見計らって、俺達が後方から襲い掛かるパターンだと思う。
そしてこの方法は最大の効果が見込める他に、教国軍の損害は大きくなるけど、俺達の損害は小さくなるという利点もある。
こんな事を言うと教国の人達に怒られそうだけど、一応効果最大の方法でもあるので許して欲しい。
そんな事を考えながら様子を見ていると。東門が開いて、小規模な騎兵隊を先頭にした教国軍が飛び出してくる。
教国軍は昨日親衛隊が壊滅した場所を避けて二手に分かれ、ヘビのようなうねりとなって、南北から帝国軍に襲いかかっていく。
街を出てすぐの場所から楔形に騎兵を配置し、兵士達をちゃんと南北に誘導する念の入れようだ。
親衛隊壊滅の事実を知られるのは士気の崩壊に繋がるから、慎重にしているのだろう。
先頭を行く騎兵はゆっくり進んで歩兵と速度を合わせ、誘導も兼ねて帝国軍に迫っていく。
今回はさすがプロの軍人が指揮しているだけあって、教科書通りの見事な用兵だ。
そして帝国軍は、最初騎兵迎撃用の長槍隊を並べたが、騎兵は少数で大勢の歩兵が後に続いているのを見ると、慌てて重装歩兵を前面に押し出してくる。
騎兵の突撃は長槍隊で、歩兵の突撃は重装歩兵で受け止めつつ、後方に配置した弓隊で戦力を削るのが、この世界での一般的な戦い方だ。
帝国軍の動きはその教科書通りなのだが、急な配置転換で重装歩兵の布陣が間に合わない隙を突いて、急に加速した騎兵隊が突進していく。
――不意を突かれる形で騎兵突撃を受け、帝国軍の前衛にはあっという間に穴が開いて、そこに歩兵の大群が津波のように襲いかかる。
こうなったら突撃力には定評がある教国軍の独壇場で、帝国軍の前衛はみるみるうちに教国軍の波に飲み込まれていく。
少数だった騎兵隊は捨て身の突撃になってしまったけど、効果は絶大だった。
このまま一気に、俺達の出番なんてなしで押し切れるのでは……と思うほどだったが、さすがに帝国軍も精鋭であり。元王都包囲の教国軍と戦って、その突撃の恐ろしさを体感しているからだろう。
二段目の防衛線が用意してあって、そこに並べられた重装歩兵が突撃を受け止め。なんとか教国軍を押し止める。
――北側の戦いはここからだとよく見えないけど、似たような感じになっているのだろう。
帝国軍が一気に崩れる様子はなく、戦場は次第に膠着状態になっていく。
こうなると陣形が整っていて弓隊を有効に使え、兵士の錬度も高い帝国軍に分があって、損害は教国軍の方が多くなっていく。
とはいえそこは、信じるものがある限り士気の高さには定評がある教国軍。倒れた味方を踏み越えて、突撃を繰り返す。
帝国軍の方も指揮官が有能なようで、上手に部隊を交代させながら防戦を続けるが、損害が積み重なるのはどうしようもないようで、後方に配置されていた部隊が次々と前線に回されていく……。
…………そろそろかな?
太陽が高く昇って、多分正午に差し掛かる頃。
俺は丘を降りてメルツ達と合流し、帝国軍の背後へと前進を開始するのだった……。
帝国暦168年 11月1日
現時点での帝国に対する影響度……2.7422%(±0)
資産
・1947万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×55
配下
シーラ(部下・ジェルファ王国軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)




