21 治療薬
グレートベアをシーラが倒してくれたので、俺の視線は地面に倒れている冒険者へと向かう。
まだ若い、多分シーラより少し上くらいの、16歳か17歳くらいに見える女の子だ。
もう一人の男性冒険者も同じくらいの歳に見えるので、若手の冒険者が森に入ったら、運悪く上級魔獣に出くわしてしまったという所だろうか?
「メーア、しっかりしろ!」
男性冒険者が駆け戻ってきて、女性冒険者の手を取って叫ぶ。どうやらメーアという名前らしい。
メーアさんは男性冒険者の声に反応してわずかに顔を動かし、なにかを言おうとしたが、苦痛に顔を歪めて言葉にできない。
お腹の傷も右足太ももの傷もかなり深く、グレートベアの鋭い爪で抉られたのだろう、内臓や骨が見えてしまっている……。
男性冒険者が慌てた様子で荷物を探り、小瓶を取り出して中の液体を傷にかける……街の薬屋でよく売っている、低級ポーションだ。
……だけど俺が知る限り、低級ポーションの効果は軽い切り傷や打撲を癒す程度の効果しかない。
一時的に出血を抑えて治療所へ運ぶ時間を稼ぐ事はできるが、内臓が見えてしまっているようなこの怪我では、動かす事自体が難しいだろう。
実際男性冒険者の祈るような表情にも拘わらず、出血が少し減ったような気がするだけで、傷が治る様子はない。
と言うか、出血は元々少なかったのだ。グレートベアは獲物を生かしたまま巣穴に連れ込み、ゆっくり食べるという生態なので、獲物を死なせないために爪や牙に止血作用がある。
薬の材料として高値で取引される素材ではあるけど、攻撃を受けた冒険者はたまったものではない。
出血が少ないのですぐに死ぬ事も意識を失う事もないけど、傷が致命傷だったら助かる事はない。ただ苦しみが長引くだけなのだ。
初めに見た時の男性冒険者がやろうとしていたように、一思いに楽にしてあげる方がマシなのではないかと思えてしまう。
……グレートベアを仕留めた事を確認したのだろう。シーラが俺の隣にやってきて怪我人を見下ろす。
表情が険しいのを見ると、シーラの見立てでも助からないのだろう。このままでは……。
「……ねぇシーラ、上級傷薬あったよね」
俺の言葉に、絶望の表情を浮かべてメーアさんの手を握っていた男性冒険者がバッと顔を上げ、こちらを向いて跪く……この世界にもあるんだね、土下座ポーズ。
「――お願いします、上級傷薬があるなら譲ってください! お金は僕が奴隷になってでも、必ずお支払いしますから!」
必死の様子の男性冒険者さん。よほどメーアさんの事が大切なのだろう……恋人とかだろうか?
だけど俺が知る限り、奴隷の値段は健康な若い男でも500万から700万ダルナくらいだ。上級傷薬の値段は1000万ダルナだったので、正直足りない。
……だけど、ここで助ける手段があるのに見捨てるのは、あまりに後味悪すぎるよね。
「――シーラ、上級傷薬を譲ってあげたいと思うんだけど、ダメかな?」
ぶっちゃけ俺は現状あまり役に立っていない脛齧りなので、こういう事はお願いしにくいのだが、それを押して頼んでみる。
「…………分かりました、アルサル様がそうおっしゃるのなら」
シーラは少し悩む様子を見せたが、腰のポーチから上級傷薬を取り出すと、男性冒険者に渡ず。
「――ありがとうございます!」
顔いっぱいに喜びを湛えて大切そうに受け取り、すぐにメーアさんの傷に振りかける。慎重に、少しずつだ……。
――上級傷薬はさすが1000万ダルナもするだけあって効果はすごいもので、パックリと開いた傷口がみるみるふさがり、痕も残さず綺麗に修復されていく……。
さすがに服は直らないので、綺麗に治ったお腹が露になって目の遣り場に困るくらいだ。
意識はまだ戻らないようだが、呼吸も落ち着いて顔色も良くなってきた。この分ならもう心配いらないだろう。
男性冒険者さんが涙をぽろぽろ流しながら、俺とシーラに何度も何度もお礼を言ってくる。
……ひとまず回復したようで良かったんだけど、問題はこの後だ。
さすがに1000万ダルナもする代物なので、気にしなくていいよとはいかない。後宮から持ち出した宝石と、シーラの稼ぎがいいおかげで感覚が狂うけど、一般的なD級冒険者の年収4年分に相当するのだ。
一つの可能性はこの人を本当に奴隷にしてしまう事だけど、シーラが『うん』と言うだろうか? 俺としてもあまりやりたくない。
奴隷にはせず、単に借金という事にして少しずつ返してもらう手もあるけど、逃げられたらお終いだ。
メーアさんを担保として人質にとる手もあるけど、なんかやってる事が悪人っぽいよなぁ……。
そっと横目でうかがうと、シーラも対応に迷っているようで、困り顔だ。
最近分かってきたけど、シーラは逆境には強くて燃え上がる反面、褒められたりお礼を言われたりするのは苦手っぽい。
照れ屋さんなのだろうか?
なので今も、どうしていいか分からない様子だ……という事は、ここは俺が役に立つ数少ない機会なのだろう。
「ええと……とりあえず状況を話してもらえますか? あ、俺はF級冒険者のアルサル。こっちはD級のシーラ。一応俺がパーティーリーダーって事になってます」
その言葉に、男性冒険者の顔に戸惑いが浮かぶ。
グレートベアを倒したシーラがD級な事、F級の俺がパーティーリーダーな事など思う所があるのだろうが、その辺は口にせず質問に答えてくれる。
「失礼しました、僕はE級冒険者の『メルツ』と言います。こっちは同じくE級のメーア。最近二人共E級に昇格したので、この森に中級薬草の採取に来た所、グレートベアに出くわしたのです……」
男性冒険者の方はメルツと言うらしい。名前似てるな。
「二人は兄妹なの?」
――その質問に、メルツさんの視線が泳いだ。
俺は表情を読むのは得意な方なのだ。これはなにか訳アリかな……?
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・429万2080ダルナ
・宝石を散りばめた犬のぬいぐるみ(結構ハゲてきた)
配下
シーラ(部下・D級冒険者)




