208 ロムス教国の軍人
ノックもなしに乱暴に部屋に入ってきた俺を『何者だ!』と一喝したおじさん。
一瞬ビクッとしてしまったのを隠して平静を装いつつ、俺は姿勢を正して頭を下げる。
「失礼しました。私はジェルファ王国軍主席参謀、アルサルと申します」
一応シーラに礼儀作法を教えてもらったので、それなりに形にはなっていると思う。
だけどおじさんは立ち上がって腰の剣に手をやったまま、厳しい表情でこちらを睨んでいる。
みんな魂が抜けたようになってしまっているこの場所で、いいねこの闘志……。
こちらもシーラとキサが、武器を構えてこそいないが臨戦態勢で身構えているので、まずはそれを手で制し。こちらに敵意がない事を示した上で、口調は強く言葉を発する。
「我々は帝国の支配を打ち破り、ジェルファ王国を復興させました。そしてその独立を安定させるために、共に侵略者である帝国軍と戦おうとこちらに参った次第です」
こちらが臨戦態勢を解いた事で、おじさんも警戒を緩めてくれたのか、腰の剣からは手を離したけど、表情は厳しいままだ。
「そのジェルファ王国の参謀殿が、どうしてこのような場所に?」
「それが……」
と俺が話を始めようとした瞬間。おじさんの顔が驚きに染まり、ピシッと姿勢を正して敬礼をする。
何事かと思ったら、途中で置き去り状態になっていた東部地区大司教様達が追いついてきたらしい。
わりと高齢だし、親衛隊全滅のショックで足取りがおぼつかなかったのだろう。
だけどその権威はとんでもないようで、おじさんはカチコチになって石のようだ。
そしておじさんの敬礼、すごく板についていて慣れた感じだ。多分そうじゃないかと思ったけど、本職の軍人なのだろう。教国にもいたんだね。
……せっかくなので、大司教様の権威を利用させていただこう。
「実は先だって、大司教様の仲介で枢機卿様にお目通りするはずだったのですが、なにやら別件でお忙しいようなのです」
そう言って様子を窺うと、大司教様は相変わらず気まずそうにしているし、多分軍人のおじさんは、納得いったような表情をしている。
いい感じだ。
とにかく教国軍に動いてもらわないと話にならないので、向こうの状況は知らないふりをして、必要な約束だけ引き出そう。
幸い多分軍人のおじさんは親衛隊壊滅の報を知っても心が折れていないようなので、上からの命令さえあれば戦えると思う。
「貴国側の状況は分かりませんが、我々共通の敵である帝国軍はすでに街の外に布陣し、攻城兵器を完成させつつあります。
このままでは数日中。早ければ明日にも攻撃が始まるでしょう。
この街が帝国に蹂躙され、占領されてしまうのは我々双方にとって望ましくない事態であるはずですし、帝国の遠征軍を撃退するのは、我々双方にとって望ましい結果であるはずです。
であれば、協力して帝国軍を討つべく、力をお貸しいただけませんか?」
なるべく相手のプライドを尊重し、事情に配慮した言葉を選んでそう言うと、多分軍人のおじさんはじっと大司教様を見る。
う~ん、こんな場面でも教国の軍人には作戦に関する発言権がないのだろうか? めんどくさい国だね……。
そんな事を考えてしまうが表には出さず、俺は視線を大司教様に向ける。
「貴国の事情は存じませんが、今はともかく、明日にも攻めて来るだろう帝国軍への対処を考えるべきです。
我々は帝国軍を国から追い出した精兵3万以上を連れて来ていますから、貴国の部隊と挟み撃ちにする事ができれば、帝国の大軍といえども打ち破る事ができるはずです。
幸いな事に、当時の帝国西方新領に攻め込んでいた貴国の部隊が、本国の危機を知って我々と講和を結び、反転して帝国軍の後背を攻撃して甚大な被害を与えてくれました。
おかげで、帝国軍は弱体化しています。
今の好機を逃してしまっては、帝国軍にこの街を占領され。拠点として立て篭もられたらその撃退は困難なものとなり、後々まで禍根を残すでしょう。
ここ数日が重要な分岐点なのです、どうか部隊を動かすだけでもやっていただけませんか? 正面から攻撃していただければ、我々が背後を突きます。その準備は万全に整えてありますから。
目の前の帝国軍さえ撃退できれば、他に問題があってもゆっくり対処する時間が得られます。ですが今動かずこの街を占領されてしまったら、取り返しのつかない事になりかねません。
とにかく今、今が大事なのです。すぐにでも軍を動かしていただく事はできないでしょうか?」
熱っぽく、訴えかけるように大司教様に迫る。
商業ギルド長は直接大司教様と話をするのは恐れ多いらしく、司祭様経由で話をしていたけど、俺は一応他国からの正式な使者なので、許されると思う。
それにチャンスが今しかないのは本当だ。親衛隊全滅の報が全体に広がってしまえば、教国軍は戦うどころではなくなってしまうだろう。
大司教様は目を閉じ、しばらくの間じっと考え込んでいたが、やがて決意が定まったように目を開けた。
「ヤズド第一軍団長。総司令官が体調不良につき、私が一時的に軍の指揮を取ります。
ただちに可能な限りの兵力を集め、神の敵たる帝国軍に全力で攻撃をかけなさい。具体的な方法は任せます」
「――はっ!」
大司教様の言葉に、おじさんがまた敬礼をして、力強い声を発する。
……て言うかこのおじさん、第一軍団長だったの? 教国軍の編成は知らないけど、街の西に集まっていた教国軍はかなりの大軍だった。
その第一軍団長の部屋にしては、この部屋は粗末に過ぎるし、副官や従兵の一人もいない。
どうやら教国は商人だけじゃなく、軍人の地位も低いらしい。……と言うかこれはもう、聖職者以外全部地位が低いんじゃないだろうか?
――まぁ、それは他国の事情だからそっとしておく事にして、とにかく今は帝国軍への対応だ。
大司教様が『私は戦勝祈願を行っています』と言って司祭様と一緒にどこかへ行ったのは、逃げたのではなく俺達を自由に行動させるための配慮だと信じて、さっそくヤズド第一軍団長と話をする。
まずは情報のすり合わせをすると、親衛隊が壊滅した事はなんとなく雰囲気で察していたけど、公式の報告は受けていない。
帝国領に向かった遠征軍が反転してきて、帝国軍の背後を攻撃した話は知らないとの事だった。
事実上現場で部隊を指揮する最上位者にさえ情報が降りてきていないとか、教国軍はどうなっているんだろうね?
現場で戦う者達は、ただ命令にだけ忠実であればいいという考えなのだろうか?
それは兵士に限れば一面その通りな部分がなくはないけど、指揮官までそれはどうなんだろうね?
とはいえ今はそんな事を考えていても仕方がないので、できるだけ早く帝国軍に対して反撃に出るべく。
俺はヤズド第一軍団長と、大急ぎで打ち合わせを始めるのだった……。
帝国暦168年 10月30日
現時点での帝国に対する影響度……2.7422%(±0)
資産
・1947万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×55
配下
シーラ(部下・ジェルファ王国軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)




