207 教国上層部との接触
教国軍と接触するべく、丘を降りた俺達はイドリア川の岸辺へと向かう。
丘の上から小舟がある場所を見つけてあったので、そこへ行って川漁師だというおじさんにお金を払い、西岸に渡してもらった。
この辺の交渉は、商人である仲介者さんがとても頼りになる。
目の前で神聖視さえしていた聖光教会親衛隊があっさり壊滅したショックはまだ癒えていないようで、青白い顔をしているけど、それでも仕事はきっちりこなしてくれるのは、さすがプロの商人である。
西岸を北上してイドリアの街に向かうが、途中で教国兵の警備隊に呼び止められる事もなく、普通に街に到着した。
大軍が駐留しているのに、警戒部隊とか置いていないのだろうか?
ホントに心配になるね。これは本国軍も、軍人ではなく聖職者が指揮官をやっている気配がする。
そうなると話の持って行き方が変わってくるので、心構えを整えつつ。仲介者さんの先導でイドリアの街に入る。
さすがに街の入り口は警備が厳しかったけど、仲介者さんの通行証で無事通過し。
街に入ってからも、迅速にこの街の商業ギルド長と会う事ができた。
ちなみに街の雰囲気だけど、早くも『聖光教会親衛隊全滅』の一報が広まりつつあり、人々が真偽を確かめようと、教会に集まっていた。
その顔はどれも不安気で、弱々しい。。
これでは教国自慢の軍の士気も維持できず、攻められたらあっけなく負けてしまうのではないだろうか?
それでは困るので、仲介者さんが『私が話を通せる中で最も高位の人物です』と言うこの街の商業ギルド長と会い、話をする。
商業ギルド長も親衛隊全滅の報にかなり動揺している様子だったが、そこはさすがに現実主義者の商人だけあって、商会の資産を他所に避難させる準備を始めさせていた。
それはつまり、この街の陥落を予想しているという事だけど。ともかくこの冷静さがあればちゃんとした話ができそうだと安心し、仲介者さんに紹介してもらって、すぐ本題に入る。
「今の話にあった通り、我々は帝国の支配に立ち向かって独立を勝ち得た、新生ジェルファ王国軍の者です。
つきましては我等共通の敵である帝国軍を打ち破るために、ロムス教皇国と同盟を結びたいと考えています。
しかるべき有力者にご紹介を願えませんか?」
俺の言葉に、ギルド長は驚きの表情を浮かべて仲介人さんを見たが、仲介人さんが深く頷き。
俺が力強く『我々は帝国軍を打ち破った、3万を越える精兵を率いてきています。教国軍の協力を得る事ができれば、必ずや悪しき帝国の軍勢を打ち破る事ができるはずです』と言うと、すぐに『――分かりました、一緒に来て下さい』と言って、商会の馬車に乗せてくれた。
さすが商業ギルド長、決断が早くてとても助かる。
外はすでに夕暮れが迫る時間だが、馬車はこの街で一番大きいという教会に着き。
不安に駆られて集まっている大勢の住民を横目に、裏口から中に入れてもらう。
そしてそこで、ギルド長が面会を求めたそこそこ偉い司祭様を経て、東部地区総大司教という、この街と教国東部で一番偉い聖職者に面会が叶い、その人の同行の元、ようやく教国軍の本部に行く事ができた。
東部地区最大の街の商業ギルド長の紹介があってなお、多くの段階を踏まないといけなくて、最初に会った司祭様の時点でギルド長は平身低頭。
以降は司祭様経由でしか教会の偉い人と言葉を交わせなかったのを見ると、ホントにこの国では商人の地位が低いんだなと実感させられる。
――と言うかむしろ、聖職者の地位が高過ぎるのかもしれないね……という分析はともかく、これでようやく交渉に入る事ができる。
教国軍の本部は教会のすぐ隣にあり、高級な宿を丸ごと借り上げたものらしい。
おかげで移動はすぐで、もうすでに辺りは真っ暗な時間だけど、なんとか今夜中に話をまとめたいな……と思っていると、帝国軍指揮官に話を通しに行ってくれた東部地区総大司教様が浮かない顔で戻ってきて、司祭様経由で『枢機卿様はお会いにならない』と伝えられた。
やっぱりこの部隊の指揮官も軍人じゃなくて聖職者なんだね……というのはこの際置いておくとして、会わないとはどういう事だろうか?
帝国軍はすでに街の郊外に陣を張って、攻城兵器を完成させつつあり。それを攻撃に向かった教国最精鋭のなんとか親衛隊は全滅し、他の部隊も手痛い損害を受けたのだ。
この状況で強力な援軍が来たのは、まさに天の助け。それこそ神のご加護だと思ってもよさそうな物なのに、まさかこの期に及んで『異教徒の助けなど借りない』とでも言うつもりなのだろうか?
いくらなんでもそこまで愚かではないと思いたい……けど、実際面会を拒否された。
この街の聖職者で一番偉くて、東部地区を管轄する大司教様は自分の地元の事なので危機感が強いだろうけど、指揮官の枢機卿様は聖都から来たから危機感が薄いとかだろうか?
それにしても、自国の東部が帝国に飲み込まれようとしている時に危機感を覚えないはずはないし、負けたら自分の責任も問われるはずだ。
それなのになぜ……と、計画が思わぬ所で破綻の危機に直面して動揺していると、不意に。ここに来るまでの間に、力が抜けたように床にへたり込んでいる聖職者を見たのを思い出した。
まるで魂が抜けてしまったかのように、力なくうなだれていたあの人は、服装からして結構高位の聖職者だったと思う。
そういえばここは教国軍の本部のはずなのに、俺達は武器を持ったままだし、警備の兵士も見当たらない。
…………これはもしかして、神のご加護を受けているはずの親衛隊とやらが帝国軍に一蹴されてしまったショックで、みんな放心状態に陥ってしまっているとかだろうか?
一般兵士ならともかく、指揮官たる者がそんな体たらくとは、常識で考えればありえない事だけど、教国人のあまりに強い信心深さを考えると、あり得そうな気がしてくる。
強い感情はそれを失った時の反動もそれに応じて強くなるし、特に教国軍の指揮官は軍人ではなく聖職者。それも高位の聖職者である。
高位の聖職者であればあるほど、自分が寄って立つ神の権威が否定されてしまったら。信じていたものが足元から崩れ落ちる衝撃に見舞われたら、受ける衝撃が果てしなく大きいだろう事は容易に想像がつく。
――なるほど、東部地区大司教様の気まずい表情はそのせいか。
信念があって拒否されたのならともかく、『指揮官がショックで虚脱状態なので会えません』なんて、そりゃ言えないよね……。
……納得はいったけど、納得している場合ではない。現実問題として、帝国軍はもう街の外にいるのだ。
教国が滅びるのなら勝手にしてもらって構わないけど、そのせいでジェルファ王国が滅びるのは困る。
あそこはシーラの宿願を叶えるために。帝国の宰相を討って母と妹を助け出し、父親の仇を討つという目的のために必要な拠点だし、シーラの夢を叶えるのは、シーラと結ばれるという俺の夢にとっても必要な事なのだ。
それに、あそこには助けてもらった人や知り合いになった人達が大勢いる。
国王のエリスを初め、メルツとメーア、クレアさんに元孤児の子達。
セファルさんと弟くんにミリザさん、エリスの父親や母親のティアナさんもだ。
あんなにエリスを溺愛していたティアナさんは、ジェルファ王国が滅んでエリスにもしもの事があったら、どんなに悲しむだろう。
クレアさんの実家商会のみんなもいい人達だったし、利用し合う関係ではあるけど、商会の支店長さんも憎めない人だ。他にも長く住んだだけあって、数え上げればきりがないほどの知り合いがいる。
その人達がみんな不幸になるのは、到底受け入れられない事だ……。
「――付いてきて下さい」
誰にともなくそう言って立ち上がると、シーラとキサとメルツの他、仲介者さんと商業ギルド長。司祭様と大司教様という、地元出身者が立ち上がった。
俺は教国軍の本部を勝手に歩き回り、部屋を片っ端から覗いて回る。
ここは教国軍の本部。つまり教国軍でも地位の高い人達がいるはずで、普通ならあっという間に取り押さえられる行為だが、どの部屋の住人も大半が放心したように気が抜けていて、誰も俺を咎めようとしない。
大司教様が一緒なのを考慮しても、あまりに酷い有様だ。
その大司教様も俺を止めようとせず、ただ黙ってついてくる。
少し足元がおぼつかないのを見ると、この人も精神状態がかなり不安定なのだろう。
と言うかそもそも、みんな部屋にいるのがおかしい。
今のこの事態なら、主要な幹部が集まって対策会議の真っ最中であるべきなのだ。
――俺は次々に部屋を見て回るが、どの部屋にいる人も、ノックもなしに乱暴に入ってきた俺にぼんやりした視線を向けるだけか、椅子や床にへたり込んでうなだれたまま、顔さえ動かさない人もいる。
そういえば、廊下を歩いていても警備の兵士に全然出くわさない。
あの『士気だけは最強』と言われた教国軍が、神のご加護が否定されただけでなんという有様だろうか。
こんな事では祖国を守ろうと帝国軍に決死の戦いを挑んで全滅した、元王都包囲の教国軍が報われなさ過ぎる。
……俺が帝国軍に差し向けて全滅に追い込んだんだけど、彼等は普通に考えて勝機がない状況でも、自分達が信じる物のために命をかけて戦った。
教国東部の、各街の守備隊もそうだったと聞いている。
それなのにここの本国軍ときたら、たかが信じる物を失ったくらいで……いや、それがあったから今までの教国軍は強かったのかな?
自分でもよく分からなくなってくるが、とにかくやり場のない怒りのような物を覚えて、荒々しく部屋を回り、中を確認していく。
もう夜も遅い時間になり、普通なら寝ている時間かもしれないが、構わず次々部屋を巡る。
……だけどどの部屋も同じ状況で、さすがに絶望感が漂いはじめた頃。今までの部屋より一段粗末な、小さい部屋に足を踏み入れた瞬間、『――何者だ!』と俺の体を貫くような、鋭い声が響いた。
――思わずビクッとしてしまったのは情けなかったけど、この反応こそ俺が求めていたものだ。
こちらを警戒して腰の剣に手をかけている、40歳くらいのがっしりした体格のおじさんを。俺は想い人にでも出会ったような気持ちで、頼もしく見つめるのだった……。
帝国暦168年 10月30日
現時点での帝国に対する影響度……2.7422%(±0)
資産
・1947万ダルナ(-3万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×55
配下
シーラ(部下・ジェルファ王国軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)




