206 教国軍の精鋭部隊
教国軍と、帝国軍遠征部隊。その決戦の場になるだろうイドリアの街の郊外に到着した俺達は、まず部隊を丘の陰に隠し。状況偵察に出る。
俺とシーラとキサ、メルツとメーアに仲介者さんの6人で少し離れた小高い丘に登ってみると、一面に広がる畑の中を、大きな川が曲がりくねって、南北に流れている。
ここまで幾つも川を越えて来たけど、こんなに大きな川を見るのは初めてだ。
教国人商人の仲介者さんによると、この川はそのまま『イドリア川』と言って、教国で最大の川らしい。
川の流域は教国でも有数の農業地帯で、川は南北を結ぶ水運の大動脈。
そしてここより下流は川幅が広すぎて橋を架けられないので、陸路で東西を結ぶ大動脈でもある重要な街。
さらに、街の北西に見える山には鉄鉱山があるという、教国にとってとても重要な街だそうだ。
俺が立っている丘の上からは、川を中心に左右それぞれ半円状の街壁と、川に浮かぶ10隻ほどの船。
そして東側の街壁外に帝国軍。西側に教国軍が布陣しているのが見える。
数は……帝国軍の方が多いかな? 報告にあった四万人強からどれだけ減ったかは分からないけど、かなりの大軍である。
今の所大きな戦闘が行われた形跡はなく、帝国軍は周辺から木材を集めて、攻城兵器を作っているようだ。
投石器みたいなのと、櫓と、ハシゴ。長距離をわざわざ運ぶのは大変だから、現地で作るらしい。
見る限りかなり完成に近付いているので、攻撃開始の日は近そうだ。
陣形もちゃんと攻城兵器と本陣を守るように部隊が配置されていて、指揮官がプロの軍人である事が分かる。
望遠鏡を使って一通り観察し、みんなに回して情報の共有を図っていると、西側に陣取っている教国軍の一角を見て、仲介者の人が『――あれは聖都の聖光教会親衛隊です!』と、興奮した声で教えてくれた。
そこにはたしか、全身白く光る白銀の鎧を身に着けて白馬に乗った、とても目立つ一団がいたと思う。
詳しく訊いてみると、聖光教会親衛隊というのは教国の首都である聖都にある、ロムス教総本山の守護部隊だそうで、エリート中のエリートしか入れない超精鋭部隊だそうだ。
商人であり、教国人としては信心が薄い方らしい仲介者さんが、『めったにお姿を拝見できるものではありません。ありがたい事です』と言って拝んでいるくらいなので、相当なレアキャラなのだろうけど、望遠鏡で改めて確認してみても、数はせいぜい100人ほどだ。
数万単位の部隊がぶつかる戦場で、どれだけ活躍できるだろうか?
うちにもシーラ率いる少数精鋭部隊があるので、参考にしたい所である。
そんな事を考えていると、案内人の人が興奮した様子で言葉を続ける。
「聖光教会親衛隊は全員が教皇様から直々の洗礼を受け、聖油で清められた鎧を纏って白馬を駆り、その進む所、常に神のご加護が降り注ぐと言われています。
あの方々が出てきたのなら、もう帝国軍など恐れるに足りませんよ!」
――お、なんかヤバそうなワードが出てきたな。
一応エルフがいたり、重傷が一瞬で治る上級傷薬とかある世界だけど、魔法の類はまだ見た事がない。
神のご加護……あるのだろうか?
なにやら熱っぽく語る仲介者さんを不安気に見ていると、シーラが『教国軍が動き出しました』と知らせてくれる。
さすがシーラ、裸眼視力もかなりのものだ。エルフであるティアナさんには敵わないみたいだけど、人間だとトップクラスだと思う。
……キサとメルツもある程度見えているみたいなので、俺の視力が悪いだけの可能性もあるが。それはそれとして、教国軍は仲介者さん大絶賛の親衛隊を先頭に、街の中に入っていく。
防衛戦をするなら騎馬隊が大挙して街に入る必要なんてないので、攻撃を仕掛ける気なのだろう。
帝国軍の攻城兵器が完成間近な今は、攻撃を仕掛けるには悪くないタイミングだと思う。
ここからは見えないけど、街の中には川を渡る橋があるらしいので、それを渡って街の中を進めば、東の門を開くまでは敵に姿を見られる事はない。
警戒されているので完全な奇襲にはならないだろうけど、いい形での強襲攻撃をかける事が可能になるだろう。
(絶好のタイミングで到着したな……)と思いながら様子を見ていると、かすかに歓声のようなものが聞こえてきた。
……教国軍は今街に入ったばかりなので、攻撃が始まるにしては早過ぎる。
おかしいなと思いながら見ていると、これはどうも、街の住民の歓声らしい。
仲介者さんが言っていた、とてもレアな聖光教会親衛隊の姿を見て、住民が沸き立っているのだろう。
……気持ちは分かるけど、これ作戦としてはとてもまずいよね。
街の歓声に気付いて、帝国軍の動きが慌ただしくなっている。間違いなく防備を固めているだろう。
奇襲どころか、敵が準備を整えて待ち構えている所に突っ込む事になりかねない。
ハラハラしながら見ていると、しばらくして東の街壁から白銀の鎧を纏った騎兵の一団が勢いよく飛び出していき、その後にかなりの数の騎馬隊が続く。
――そしてあろう事か、今まさに迎撃準備を整えた帝国軍の陣地に向かって、正面から突っ込んでいった……。
教国軍は前から戦略戦術面で危ない所だらけだったけど、まさか本国の最精鋭部隊でもダメなのだろうか?
それとも本当に神のご加護とやらがあって、神様の力で一見無謀に見えるこの正面突撃が成功するのだろうか?
…………そんな俺の考えは、先頭を行く白銀の騎士の一人が帝国軍の矢を受けてあっさりと落馬するのを見て急速に薄れ。後続の騎士たちも次々と矢に倒され、迎撃の長槍隊の槍に貫かれる光景を見て、『あぁやっぱり……』に変わっていく。
仲介者さんが目を輝かせて『どうなっていますか?』と訊いてくるのに返事をする事もできず。黙って望遠鏡を渡して、俺はシーラ・メルツ・メーアと話をする。
緊急会議は3人も俺と同じ意見で、教国軍の戦術はあまりに酷い。そして、悲しい事に神のご加護も幻だった。
このままでは、イドリアの街の陥落も時間の問題ではないだろうか?
見た限りイドリアの街の街壁はかなり堅牢そうなので、帝国軍に立て籠もられたら相当厄介な事になる。
そして教国軍が攻城戦を苦手とするのは、王都の戦いを見ても明らかだ。
このままでは帝国の遠征軍を撃破できないまま、帝国本土から新しい遠征軍が送られてきて、ジェルファ王国は滅ぼされてしまう。
それを防ぐためには、できるだけ早く教国軍と連絡を取り、協力関係を取り付けて、教国軍の強みを生かせる野戦で帝国遠征軍を撃破しないといけない。
俺の意見にシーラとメルツも同意してくれ、このまますぐに教国軍の元へ向かう事にする。
仲介者さんに視線を向けると、望遠鏡を覗いたまま。声もなく地面にへたり込んで、呆然としていた。
……その視界には、神のご加護を受け。無敵だと信じていた白銀に輝く聖光教会親衛隊の騎士達が、白銀に輝く死体となって地面に転がっている光景が映っているのだろう。
シーラによると、後続の部隊も大きな損害を受けて、街へ逃げ戻っているらしい。
そしてそこに帝国軍の騎馬隊が追撃をかけて、相当酷い事になっているようだ。
……今まで士気が高い事には定評があった教国軍なのに、撤退するというのは親衛隊の壊滅がよほどショックだったのだろう。
今まで信じてきたものが、足元から崩れ落ちようとしているのかもしれない。
教国人の中では信心が薄い方らしい仲介者さんでさえ、呆然としてまだ立ち上がる事ができないでいるからね……。
――とは言えいつまでもこうしてはいられないので、仲介者さんに手を貸して立ち上がってもらい。メーアに本隊への伝令に向かってもらって、俺達は丘を降り。教国軍と連絡を取るべく、川へと向かうのだった……。
帝国暦168年 10月30日
現時点での帝国に対する影響度……2.7422%(±0)
資産
・1950万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×55
配下
シーラ(部下・ジェルファ王国軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)




