203 帝国本国の様子と再び前線へ
塩を卸している商会の支店長さんがまだ帝国と通じている事を確認し、気をよくした俺は更に情報を集めにかかる。
「帝国内に出した支店との連絡は取れていますか?」
「それが、新しいジェルファ王国が建国されて以来国境の警備が厳しくなったので、全くです」
「全然ですか? どんなに警備が厳しい所でも、密輸密行の手はあるものではありませんか?」
例えば王都に地下通路を通って出入りするとかね。
「まぁ普通はそうなのですが、今度の内務大臣はその手の事に詳しいようで。取締りが非常に的確で、すり抜けるのは大変困難であるようです」
おおう、さすがミリザさん。餅は餅屋というやつだね。
だけど帝国の情報が全く入ってこなくなるのは困るので、ちょっと手心を加えてもらうようお願いしておこう。
「帝国本土から新しく、ジェルファ王国討伐隊みたいなのが送られてくる可能性もあったりしますかね?」
「可能性はありますが、すぐには難しいでしょう。
先だってのロムス教国討伐軍の編成は、かなり力が入ったものでした。
そもそも最初の西方遠征軍が教国軍の先制奇襲を受けて壊滅し。次のロムス教国討伐軍も帰らないのに、さらに新たな遠征軍を編成するのは、いかに帝国といえどすぐには難しいです。
早くて秋の麦蒔きが終わった後に兵士を集め始めて、形になって動き出すのは年の末か、来年になるかもしれません」
おお、これはいい情報が聞けた。
なんとなくそうだろうなとは思っていたけど、具体的な期日付きで裏付けを取れたのは大変ありがたい。
「そうですか、ではまたの戦争に備えて準備をしておく事にします。有益な情報をありがとうございました」
「いえこちらこそ。これからもアルサルさんとはいい関係を保っていきたいと思っています」
そう言葉を交わして握手をし、メルツ達と合流するべく西へと向かう。
……そして道中の宿屋で、シーラにちょっと訊きにくい事を訊いてみる。
「ねぇシーラ。帝国軍にいる貴族を捕虜にしたら、身代金的なもの取れると思う?」
俺の言葉にシーラは一瞬眉を寄せたが、少し考えて口を開く。
「……家によるでしょうね。当主だったり、溺愛されている子弟であれば相当な額を払うかもしれませんが、厳しい家であれば、一族の恥だと切り捨てるでしょう」
なるほど……元の世界の中世ヨーロッパの戦争とか、捕虜になった騎士や貴族は身代金で解放されるのが一般的だったらしいけど、それに近い感覚は一応あるらしい。
8万人もの遠征軍であれば相当数の貴族がいるだろうから、期待できるかもしれないね。
なんか考えている事が皇帝じゃなくて盗賊みたいだけど、帝国と戦うにはなにもかもが足りないから、利用できる物はなんでも利用しないといけないのだ。
汚いとか卑怯とか言っていられない。
清廉潔白に戦っても、負けてしまったらなにもならないからね。
特に俺の場合、敗北は愛する人の死に直結するので、なにがなんでも回避しないといけないのだ。
そのためにはなんでもやる。たとえ誇り高い武人である好きな人にちょっと軽蔑されても、勝ってシーラの命を守るのがなにより優先だ。
そんな決意を新たにしつつ、俺は戦場となる教国領へと向かう……。
ジェルファ王国と教国との国境の街で、メルツ率いる王国軍と合流できたのは、約束より1日早い9月の29日だった。
早速報告を受けた所によると、王国軍は特に戦闘らしい戦闘なくここまで来れたそうだけど、途中で数人の帝国兵の集団と多数接触したのだそうだ。
偵察部隊かなと思ったら、どうも脱走兵であるらしく。メーアが尋問して得た情報を、紙にまとめて渡してくれる。
それによると、
・ジェルファ王国が独立し、後方が遮断された事実を一般兵達は知らない
・帝国軍の食糧事情はよくない。麦粥が1日2回与えられるだけで、量も十分ではなくみんなお腹を空かせている。肉は教国領に入ってから一度も食べていない
・それでいて行軍速度は速く、戦いも強引で乱暴だから損害が多い
・教国軍は決して降伏せず、最後の一人まで戦うのでこちらの損害は多い
・怪我をしたり病気になって歩けなくなった兵士はその場に置き去りにされ、帝国に恨みを持つ教国人によって惨殺されてしまう
・それなのに貴族達は毎日いい物を食べているし、負傷しても馬車で運んでもらえる上に、美人の看護兵までついている
・そんな状況なので、動けなくなって置き去りにされるよりは動けるうちにと、軍を脱走する兵士は多い。総数は不明
・脱走兵達はとりあえず西方新領まで辿り着こうと東を目指すが、教国人に見つかると殺されるので、森の中などに潜みながら移動している
・教国人の方も脱走兵狩りみたいな組織があって、それに殺される兵士も多い
……という話だ。
帝国軍は苦戦しているようだけど、一部俺のせいな気がして心がズキリとする。
――だけど、帝国軍が弱体化しているというのはいい情報だ。
そして教国人の間で帝国兵への反発はかなり強いようで、そりゃ異教徒な上に侵略者だから当然なんだけど、ずいぶん悲惨な事になっているようだ。
帝国軍は教国内で食料を調達しながら進んでいるはずだし、ジェルファ王国が侵略された時の事を思い出せば、当然住民との間に軋轢が生じただろうからね……。
思わず陰鬱な気持ちになってしまうが、そんな俺のテンションなどお構いなしに、他の報告も次々にやってくる。
主なものは、
・帝国軍が国境を越えたのは、50日ほど前。ここから南に行った中央路を通って
・教国軍が帝国軍を追って国境を越えたのは、15日ほど前
・旧ジェルファ王国内はおおむね王国軍が制圧を完了した
・帝国軍の逃亡兵がやってくるので、可能な限り捕らえている。現在328名
などだ。
帝国の逃亡兵。8万人の中から328人と聞くと少なく感じるけど、無事教国領を脱出してジェルファ王国に辿り着いた数と考えると、元の数はかなりいそうだ。
そういえば捕虜からの情報、かなり的確に取れてるなと思ってメルツに訊いたら、『メーアがやってくれました』との事だった。
そしてメーアいわく、『できるだけ顔が怖い者を連れて来て威圧した後、私が優しく訊きました。緩急をつけるのがいいと、アルサル様に教わりましたから』との事である。
そんな事教えたかな……と思うが、とりあえず上手くいったのならそれでいい。
メーアは優しそうな外見だし、声も穏やかだ。メルツがベタ惚れするほどなので、捕虜の警戒を解く効果は絶大だったのだろう。
思わぬ所で人材が育っているのを嬉しく思いながら、俺は情報を一通りまとめて、これからの方針を決める会議を開くのだった……。
帝国暦168年 9月29日
現時点での帝国に対する影響度……2.7422%(±0)
資産
・2403万ダルナ(-31万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×55
配下
シーラ(部下・ジェルファ王国軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏稼業三代目)




