202 元皇帝の仕事と軍師の仕事
中州の拠点に馬を預け、俺・シーラ・キサで背負えるだけの塩を背負って、大山脈にあるエルフの村を目指す。
正確に言うとエルフの村は警戒が厳しくて入れてもらえないので、その手前にある交易所的な場所だけどね。
草原を北上して森に入り、大山脈に入ると生息する魔獣が段違いの強さになるが、そこはシーラがいるし、最近はキサも弓の腕が上達して、かなりの距離から正確に魔獣の急所を狙い打てるようになった。
ティアナさんから教えを受けた成果なのだろう。
乗馬の腕前も相当なものになっているようだし、すごく優秀な弓騎兵になれそうな感じがするね。
……その才能を、主に徒歩で剣装備の護衛として浪費しているのはどうなんだろう?
いつかそのうち、弓騎兵として華々しい活躍ができる日が来るといいような。そんな危ない日は来ないで欲しいような複雑な気持ちで歩いていると、シーラが不意に足を止め。しばらく待っていると、男のエルフさんが姿を現した。
懐かしいね、この光景。
「お久しぶりです。塩と傷薬の取引をお願いしたいのですが」
「……久しぶりと言うほどではないと思うが、いいだろう。付いてこい」
俺の記憶だと一年以上ぶりなんだけど、何百年も生きるエルフにとっては一年なんて大した時間じゃないのだろうか?
だけどこんな何気ない会話をしてくれるようになったの、実はかなりの進歩だと思う。
エルフはとにかく人間が嫌いで、最初はまともに話もしてくれなかったからね。
そしてこのエルフさん。実はテイアナさんの弟なので、交易所まで歩く間。お姉さんは元気にしていますよ的な話を相槌もないまま続けていると、表情がちょっと嬉しそうな感じがした。
多分、喜んでくれているのだと思う。
ティアナさんの方は、村の掟に反して人間と関係を持った事で追放されたものの。今は旦那さんと娘であるエリスを溺愛して幸せそうに暮らしていて、村への未練なんて欠片もなさそうだけど、この人はまだ心配しているらしい。
だけど俺の話を聞いて、ちょっと安心した表情になっている気がするので、その心配も解消されつつあるのだろう。
必要ならもう一回手紙を運ぶ事も考えていたけど、必要ないくらいかもしれないね。
俺が一方的にティアナさんについての話をしているうちに交易所に着くと、中には傷薬がギッシリ詰まった箱が山積みにされていた。
沢山用意しておいてくださいとお願いしたけど、ホントに沢山用意してくれたんだね。
わりと本気で、この機会に1000年分の塩を備蓄するつもりなのかもしれない。
俺にとってはありがたい事なので、塩3キロくらいが入った袋一つで傷薬3本という恒例のレートで取引をし、傷薬50本を受け取る。
……レートに不満はないんだけど、セラードと約束した負傷兵全員を回復させるには、あと1200本ほどの傷薬が必要なので、24往復分。
ここは大山脈でも比較的浅い部分とはいえ、中州の拠点との往復は丸一日かかる。
そしてそもそも、中州の拠点に1200キロも塩の在庫なかった気がするよね……。
――という訳で、エルフさんにはしばらくの間毎日塩を届けに来ますと言って山に通い詰め。
11日間で中州の拠点にあった塩の在庫を全部運び出して、傷薬550本を手に入れて、内500本をセラードの所に届けた。
時間的にもこれが限界なので、『ごめん、これから教国領での戦いに行かないといけないから、残りの700本は追って届ける』と言って謝ったら、『いえ、ここまでして頂けるだけで十分です……』と、なぜか感動されてしまった。
……セラードの経験上、上位貴族が下級貴族や平民とした約束なんて果たされなくて当たり前という感覚があったのか、あるいはエルフの傷薬は上級傷薬を上回る性能で、とてつもない価値があるからの反応だったのか。
どちらにしても、俺としては一度約束した事だし。兵士達が回復するのは帝国と戦う時の戦力が充実するという事なので、残りもちゃんと届けるつもりだ。
でもそれはしばらく待ってもらう事にして、次の行動に移る。
ティアナさんと会って、エリスが王都で元気にしている事を報告し。預かった手紙を渡す。
ティアナさんはやはり人間が多い王都へ行くのは抵抗があるようで、当面エリスと離れて暮らす事になってしまうけど、手紙のやり取りはできるし、エリス父が解放軍訓練所改め帝国兵一時収容所の管理人としてここに残ったので、北の拠点から塩を運んでくるたびに一晩を共に過ごして、とても幸せそうだ。
エリスの弟か妹が生まれる日は近いかもしれないね……。
そんな事を考えながら、ティアナさんが運んでくる塩の内半量を中州の拠点にプールしておいて貰うようにお願いし、俺は南東へ。塩を卸している商会の支店長さんの所へ向かう。
道中街や村の様子も見て回ったが、帝国の支配から解放された事で住民の表情は明るく、生活にも今の所不自由していない様子だ。
だけど男手が足りていない気配はあちこちで感じたので、ジェルファ王国の国力を保つためにも、やはり戦いはなるべく早く終わらせないといけない感じがする。
決意を新たに支店長さんの店がある街に向かい、久しぶりに支店長さんと顔を合わせた。
「お久しぶりです……お疲れの様子ですね」
思わずそんな言葉が出てしまったが、実際10歳くらい老け込んだと思う。
前会った時より痩せた感じもするし、苦労が多かったんだろうね……。
『いやもう本当に、この数ヶ月であまりにも色々な事があって大変でしたよ……』という言葉には、すごく実感が篭っていた。
「ご苦労なさったんですね……。でも、商売は続けられているみたいでよかったです」
「それはまぁ……新国王陛下の寛大な措置に感謝といった所ですが、アルサルさんが塩の融通を再開してくれていなかったら、潰れていたかもしれません」
そうか……まぁ、大のお得意様だった帝国軍がいなくなり、住民の反感も買っているだろうから、色々難しいだろうね。
「それは大変でしたね。……私としてはこのまま状況が安定してくれると助かるのですが、どんなもんでしょうか?」
――俺の言葉に、支店長さん視線がスッと鋭くなる。さすが、やり手商人としての感覚は鈍っていないようだ。
俺が世間話ような体で、帝国の情報を求めているのを察したのだろう。
少し顔を寄せて、小声で話し始める。
「……アルサルさんにだからお話ししますが、帝国の遠征軍とはもう1ヶ月以上も連絡が取れていません。
どうやら王都救援ではなく教国本土に攻め入ったようで、その隙を突かれてジェルファ王国に再独立を許してしまい、後方を遮断されて孤立状態にあるようです」
「――それはまた、なんともややこしい話ですね。遠征軍が反転してジェルファ王国に襲いかかってきたら、せっかく独立したのにまた占領されちゃいますね。せっかく状況が落ち着いてきたのに、また戦争でしょうか?」
「それなのですが、どうやら遠征軍はそのまま教国を攻める事を優先するようです。
大兵力なので相当の打撃を与える事は可能だと思いますが、後方を遮断された状態でどう戦おうというのか……。
王都を囲んでいた教国軍が背後を襲いに行ったという情報もありますし、本当にどうなる事やら……」
そう言って、頭を抱える支店長さん。
まぁ、常識で考えれば後方を遮断されたら、反転して後方との連絡線を回復するのが定石だよね。
まるでよほど切羽詰った事情があって、前進するしかないみたいだ……俺が作った偽の勅令状。大いに働いてくれているようでなによりである。
――そして、支店長さんはジェルファ王国が再独立してなお、帝国軍と関係を持っている事が分かった。
今更離れられないくらい深い関係ができてしまったし、帝国内にも支店を出しているので、いざとなればそっちに逃げればいいという考えなのだろう。
本来なら裏切り行為として糾弾する所だけど、帝国の情報が欲しい俺としてはとても助かる。
ミリザさんにこっそり手紙を書いて、この店は泳がせておくようにお願いしておこう。
そんな黒い事を。ある意味軍師っぽい事を考えながら、俺は更に情報収集を続けるのだった……。
帝国暦168年 9月24日
現時点での帝国に対する影響度……2.7422%(±0)
資産
・2434万ダルナ(-11万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×55(+50)
配下
シーラ(部下・ジェルファ王国軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・ジェルファ王国軍務大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・ジェルファ王国軍務副大臣・E級冒険者 月15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・ジェルファ王国国王・将来の息子の嫁候補 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・ジェルファ王国宰相)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・ジェルファ王国軍部隊長 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下・元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息)
ミリザ(協力者・ジェルファ王国内務大臣・王都を仕切る裏家業三代目)