195 頼もしい味方
帝国軍の西方新領州都守備隊の寝返りを取り付け。街の裏社会を取り仕切るボスであるミリザさんを仲間にして、一仕事終えた満足感に浸っていると。セラードとリーズが慌しく部屋に戻ってきた。シーラも一緒だ。
治療を終えるには早いので、もしかしてエルフの傷薬が効かなかったかなと身構えるが、シーラの様子が落ち着いているのでそこは大丈夫そうだ。
シーラは俺を見て、軽く頷いて見せる。
これは『ここの兵士達は信頼できます』という意味だろう。
それは良かったと安堵していると、セラードとリーズはおもむろに床に片膝を突き、深々と頭を下げる。
「聖女様がお作りになったという傷薬、素晴らしい効果です! 上級傷薬を上回る、まさに奇跡の薬だと軍医も申しておりました!」
「それはなにより。数はあと幾つくらい必要だ?」
俺の問いに、セラードは言いにくそうに口を開く。
「それが……全員を戦力として復帰させるには、2200本ほど必要という見立てでして……」
おおう、すごい数出てきたな。
でもそうか。兵力を訊いた時に『総数で7400ですが、戦闘に耐えられる者は軽傷者を含めて4000ほどです』って言ってたもんね。
つまり、重傷者だけで3400人いるという事だ。そう考えると2200本という数字はむしろ少ないくらいだし、軽傷者にも回すならもっと必要になるだろう。
……改めて、本格的な戦いをした時の損害の大きさを思い知らされるね。
「1000本はすぐにでも用意できるが、残りの調達には時間がかかる。
差し当たり、その1000本で戦力を最大化できるように調整してくれ」
「――よろしいのですか? 上級傷薬1000本と言えば、100億ダルナは下らない価値があります。
私の立場でこのような事を申し上げるべきではありませんが、戦力をお求めなら、その資金で1万人の傭兵を雇った方が実効性が高いかと……」
顔を上げたセラードの表情には、喜びよりも困惑の色が強い。
うんまぁ……理屈の上ではセラードの言う通りかもしれないけど、それ多分机上の空論なんだよね。
まず、エルフの傷薬に1000万ダルナ以上の価値があるのは間違いないだろう。だけど問題はそれを現金化する方法。1000万ダルナ出して買う人が何人いるかだ。
1000万ダルナって、庶民の年収5年分だからね。
これが高額商品の難しい所で、欲しい人がいて需要があっても、買える人がいなければ商品は売れないのである。
そして1000万ダルナの上級傷薬1000本を売りさばくのは、現実的に考えて不可能だろう。
さらに言えば、仮に現金化できたとして。100億ダルナあれば傭兵一人100万ダルナで1万人雇えると言うのも、理屈の上での話である。
実際は多分、ジェルファ王国全体で募集をかけても1万人も集まらないと思う。
無報酬の解放軍に3万人近く集まったのは、帝国の圧政と教国の脅威とを強く実感した上で、それから国を。もっと言うなら故郷と家族を救うという切実な願いがあったからで、そういうのなしに100万ダルナの報酬で命を賭けて帝国軍と戦おうという人が1万人もいるとは思えない。
俺達も一時期やっていた冒険者には傭兵的な仕事を請け負う人達もいて、ああいう人達なら可能性あるかもしれないけど、1万人もいるとは思えない上に、100万ダルナで雇えるのは数か月か、長くて半年くらいだ。
帝国との戦いがそんなにすぐ終わるとは思えないので、傭兵はむしろとても効率が悪いと思う。
おまけにバラバラの傭兵をイチから部隊に編成して訓練する手間と時間も考えれば、すでに部隊として完成していて、十分な戦闘経験がある上に優秀な指揮官との信頼で結ばれた兵士達の方が、遥かに戦力として頼もしい。
それに加えて、上級傷薬を供給する事によって皇帝に対する好感度まで上乗せできるのだから、リソースを注ぐなら間違いなくこちら側なのだ。
……解放軍の軍師ならそういう事情を正直に言ってもいいけど、せっかくなのでここは、皇帝としての好感度を上げる方向でいこう。
「傭兵を雇えと言う貴官の言にも一理あるが、余としては雇われの傭兵集団1万人よりも、帝国兵としての誇りを持つ忠勇の精兵1000人を頼もしく思う。
臆病で無能な上官が自分達だけ逃げたせいで帝国に対する信頼は損なわれたであろうが、それでも貴官らが残って防衛戦を指揮し、帝国軍人たる誇りを示してくれた。
そしてそれに従って圧倒的多数の敵と戦った兵士達も、帝国兵の模範として讃えられるべき存在であると思っておる。
そんな兵士達がいてくれるのに、どうして傭兵などを頼る必要があろうか。
100億ダルナは確かに大金だが、それを費やす先は雇われの傭兵集団ではなく、勇敢な我が精兵達にしたいし、そうするべきであろう。
そしてそれが結果として最大の戦力を得る方法だと、余は信じておるぞ」
――――俺の言葉に、途中からセラードは目を潤ませ。涙を流しながら、『ありがたきお言葉、みなに直接聞かせてやれないのが残念でたまりません……。必ず、陛下の御期待に沿う働きをして御覧に入れます』と、声を震わせて誓ってくれた。
……上官に見捨てられて、孤立無援で終わりの見えない包囲戦を戦っていたセラードにとって、とても心に響く言葉だったのだろう。
部下をちゃんと評価して、望む言葉をかけてあげるのは上司の大事な仕事なので、それができたならなによりだ。
本当は報酬も必要なんだけど、残念ながら今は渡せる物がないので、せめてもの傷薬だ。
傷を負っていない人には意味のないものだけど、それでも戦友の傷が回復して喜んでくれるなら、その部隊は団結力が強い、優秀な部隊なのだと思う。
そしてセラードが隊長を務める州都守備隊は、多分そういう部隊だ。
元は教国への遠征軍として集められ、予期せぬ教国軍の逆侵攻でとりあえず後方拠点に集められた寄せ集めの部隊だから、最初から団結力が強かったはずはない。
ここでの長く苦しい戦いを経て。そして指揮官達だけが逃亡するという本来なら軍が瓦解しかねない状況を乗り越えて、強い団結で結ばれるに至ったのは、やはり隊長が優秀だったからだろう。
実はこの戦いで一番の収穫は、セラードを配下にできた事なのかも知れないね。
ゴキゲンでそんな事を考えつつ、今後の事を話し合う。
とりあえず最初にするべきは、街壁の外にいる教国軍の排除だ。
セラードと調整して、二日後の朝に解放軍と挟み撃ち攻撃をかける事にする。
まずは解放軍が攻撃をかけ、教国軍が防戦体勢になった所を、帝国軍が背後から襲う段取りだ。
その後は街を明け渡してもらい、エリス新国王を立てて新生ジェルファ王国の建国を宣言する。
その後解放軍は準備ができ次第西に転進し。教国本土に攻め込んでいるはずの帝国軍の補給路を遮断しつつ背後を脅かし、教国に新生ジェルファ王国を認めてもらう交渉をする。
セラード達帝国軍も一緒に戦えるといいんだけど、まだ帝国兵達は帝国と戦う心構えができていないだろうし、解放軍の方も嫌がるだろう。
なので、解放軍が出撃して空いた志願兵訓練所で一旦休んでもらう事にする。
その間に、帝国に戻っても逃げた貴族の体面のために故郷に帰る事はできず、一生辺境送りか、最前線で死ぬまで戦わされるだろうという話を広めて、将来的に帝国と戦う下地を醸成してもらう。
これはセラードとリーズが上手くやってくれるだろうし、実際そうなる気がする話だから、問題ないはずだ。
そして西の教国との戦いが片付いたら東に転じて、いよいよ帝国との戦いに挑む事になる。
セラード達の出番はそこになるだろう。
……まずは差し当たり街壁外の教国軍との戦いなので、外に戻って解放軍とも打ち合わせをしよう。
教国軍はかなり弱っているように見えたけど、なにしろ士気だけは高い事に定評がある部隊だ。簡単に降伏するとは思えない。
解放軍の実質初陣としては重たい相手になるけど、こればかりは仕方がない。
できるだけ軽く済むようにと考えを巡らせながら、俺はまた地下道を通って街の外へと戻るのだった……。
帝国暦168年 7月26日
現時点での帝国に対する影響度……1.2422%(±0)
資産
・2490万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 5640万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1437
配下
シーラ(部下・解放軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・解放軍総司令官・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・解放軍総司令官補佐・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・解放軍後方参謀・将来の息子の嫁候補 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・解放軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・解放軍部隊長 月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)
セラードとその妹リーズ(部下 元帝国西方新領州都防衛隊長 元子爵家子息)
ミリザ(協力者 ジェルファ王国王都を仕切る裏稼業三代目)




