192 懐かしい再会
帝国軍の王都守備隊長との会談の席に現れた、女騎士さん。
シーラと同じく長身で凛々しいタイプで、歳は二十歳前後だろうか? 見覚えがある気がしてしばらく考えたが、ピンとはこない。
向こうも同じらしく、しばらく不思議そうな顔をして俺を見ていたが、思い出せなくて諦めたのか、隊長さんに向き直って『お呼びと聞いて参上しました』と言い、きれいな敬礼をする。
「うむ、まずはこれを読んでくれ」
そう言って隊長さんが渡したのは、多分俺が書いた手紙だ。
女騎士さんはそれに目を走らせると、顔いっぱいに驚愕の表情を貼り付けて俺に視線を向ける。
「どうだ、覚えはあるか?」
隊長さんの言葉に、女騎士さんはじっと俺を見つめて、自信なさげに言葉を発する。
「……似ていると言えばとてもよく似ています。ですが、自信を持って断言はできません……」
「そうか……」
困った顔をして考え込む隊長さん。この女騎士さん、皇帝時代の俺を知っているのだろうか?
俺はたまらず、言葉を発する、
「この者は? 余を知っておるのか?」
「私の妹で、リーズと言います。五年前宮廷におりました」
――その言葉に、思わず『あぁ!』と声が出た。
俺はおもむろにいつも持ち歩いているカバンを開き、隊長の後ろに並んでいる男の人達が警戒の態勢を取るのも構わず、中から犬のぬいぐるみを引っ張り出す。
「これに見覚えはないか?」
そう言って、ぬいぐるみを女騎士さんに向かって差し出す。
すっかりくたびれて、縫い付けてあった宝石をむしり取ったのであちこちほつれている古いぬいぐるみ。
そんなみすぼらしい姿の。ありていに言ってしまえば汚いぬいぐるみを見て、女騎士さんは目を見開き。次の瞬間には床に片ヒザを突いて頭を下げていた。
「――皇帝陛下、今までの無礼をお許しください」
その行動に、兄である守備隊長さんも慌てて椅子を降り、同じように頭を下げる。後ろの兵士四人もそれに続いた。
……懐かしいね。この犬のぬいぐるみは後宮からの逃走資金を確保するために、宝石をたくさん縫い付けてもらったものだ。
そしてその作業をやってくれたのが、他ならぬ今目の前にいるこの人なのだ。
宝石はほとんど使ってしまい、今はおでこに赤いのが一つ残っているだけだけど、いざという時に備えて。
たとえば盗賊や敵兵に捕まった時に、ワンチャン身代金の代わりにならないかなと思って持ち歩いていたのだ。
犬のぬいぐるみだからワンちゃんとワンチャンをかけた訳ではないけど、宝石が大粒だけに、お守りとしてのご利益はそこそこ期待できたと思う。
今までそっち方面では出番がなかったけど、予想外の形で役に立ってくれた。
このぬいぐるみには本当に助けられるね……もし俺が再び皇帝に返り咲く事ができたら、国宝として祀りあげようかな?
――と、今はそんな事を考えている場合じゃないな。
「リーズと言ったな、お主どうしてここにおるのだ?」
「はい。陛下がお隠れになったあと後宮を出され、家は取り潰されておりましたので、兄の元に身を寄せて騎士として身を立てるべく修行をしておりました。
そんな折ロムス教皇国討伐軍が編成されるという噂を耳にしましたので、手柄を挙げて家の再興をと、兄と共に志願したのです。
今はこの有様ですが……」
なるほど……色々詳しく事情を聞いてみると、後宮には『五年間皇帝のお手つきがなったら暇を出される』という規則があるらしく。家に力があればもう一度後宮入りしてチャンスを待つ事もできるけど、リーズの場合は実家が取り潰されていたので、そのまま後宮を出されたという事らしい。
――なるほど、隊長さんは元後宮の住人が身近にいたから、俺の手紙の信憑性を高く見てくれたんだね。
宰相が専横を極めている事も。もしかしたら俺が生死不明になった事も知っていたかもしれない。
……そうか、あの時宝石を縫い付けてくれたお姉さんがね……。
優しそうな人だったという記憶があるだけで、名前も知らなかった。
会った時に思い出せなかったのは、騎士としての修行のせいか凛々しい顔つきに変わっていたせいだろうか?
――あの時から、もう五年。
帝都を遠く離れた元隣国の王都で、帝国軍の守備隊長の妹と、王国を解放しようとする軍の参謀という形で再会するなんて。人生というのは本当に数奇なものだね……。
……思わず感傷的になってしまうが、それは後でもできるので、今は目の前の事だ。
隊長さんは多分、妹さんに俺が本物かどうかを見極めてもらうつもりだったのだろう。
妹さんは街壁北側の守備を指揮していたので、呼び寄せるのに時間がかかったらしい。
俺達も北から来たけど、馬車を使った分先に到着したらしく、そのせいで隊長さんの予定が狂ったみたいけど、俺としてはそれで分かった事もある。
それは、隊長さんが俺の計画にかなりの興味を示しているという事である。
実は今回の隊長さんの部隊を寝返らせて仲間に引き込む作戦。ここからがスタートだと言ってもいいくらいなのだ。
俺を皇帝だと。少なくとも元皇帝だとは認めてもらえたけど、それですぐに『はい分かりました寝返ります』となる訳ではない。
実質宰相の命令とはいえ、向こうも一応皇帝の命令で戦っているのだ。
そして形式上は、向こうが現皇帝で、俺は元皇帝である。
正直、ちょっと分が悪い。場合によっては俺を捕らえて、宰相に引き渡す選択肢もあるのだ。
それなのに、隊長さんは証拠がないと言った後も時間と手間をかけて俺が本物かどうかを探ってくれたし。接し方も不審者相手に問題ない範囲で、最大限の敬意を払ってくれていた。
これはつまり、隊長さんの側に俺が本物であって欲しいという願望があったのだと思う。
自分達を見捨てて逃げた上級指揮官達への恨みからか、あるいは取り潰されたという家の事情に関係するのか。
交渉材料にするためにも、もう少し探ってみよう。
そう考えて、俺は再び皇帝らしさを意識しつつ、言葉を発するのだった……。
帝国暦168年 7月26日
現時点での帝国に対する影響度……1.1022%(±0)
資産
・2490万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 5640万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・解放軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・解放軍総司令官・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・解放軍総司令官補佐・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・解放軍後方参謀・将来の息子の嫁候補 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・解放軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・解放軍部隊長 月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)




