19 冒険者生活の始まり
試験試合を終え、無事飛び級でD級冒険者に昇格したシーラは、ギルマスと握手をしてお礼を言う。
「お手間を取らせました、ありがとうございます」
「なんの! それより本来ならC級でもいいのだが、規則でD級までだ。すまんな!」
「いえ、それ以上は経験も必要な領域でしょうから」
「うむ、その通りだ……老婆心ながら忠告しておくと、クエストで死ぬ者の半数は敵の姿にさえ気付く事なく、不意を突かれて殺されると言われている。
特に護衛任務の時の弓使いと、森の中で死角からの魔獣に気を付けろ。命のやり取りをする場で、ずるいも卑怯もない。
多数で一人を囲むのはもちろん、どんな汚い手でも使ってくる。そして手段など関係なく、最後に立っていた者が勝者になるのだ。ルールに則った試合とはそこが根本的に違う。その事を覚えておけ」
「はい。ご忠言、しかと胸に留め置きます……」
試合ではシーラの方が押していたけど、やはり何十年という実戦経験がある人の言葉は重いのだろう。
大声からとても真面目な声になってのギルマスの言葉に、シーラは神妙に頷き、頭を下げる。
どうやらシーラにとって、ギルマスは敬意を払うに値する相手と認識されたらしい……。
「……シーラ、ギルマスと戦ってみてどうだった?」
冒険者ギルドからの帰り道、なんとなく感想を訊いてみる。
「そうですね、部隊指揮官として優秀だと思います。可能ならいずれ仲間に迎えたいですね」
おっと……予想外に真剣な返事が来た。ギルマスがシーラを評価する試験だと思っていたけど、シーラの方でもギルマスを見ていたんだね。
「手合わせしただけで指揮官向きとか分かるものなの?」
「他からも情報を取りましたよ。まず、ギルドが秩序正しく運営されていて、職員からの人望もある。これで必要な資質の一つを満たしています。
加えて本人の戦闘能力も高く、経験も豊富。声も大きい。参謀や将軍が務まるかを判断するにはまだ情報が足りませんが、部隊指揮官であれば問題なくこなせるでしょう」
……シーラはホントに、反乱する気満々だよね。
「声が大きいのって関係あるの?」
「もちろんです。戦場というのは叫び声や悲鳴、武器がぶつかる音、馬や人の足音でとても騒がしいのです。
通常は太鼓やラッパの音、旗などを使って指示を出しますが、細かい指示は伝令に頼るしかありません。
声が大きいというのはそれだけで、部隊を指揮する上で得難い能力なのです。声が届く範囲の部下には即時に正確な命令を発する事ができますからね。その範囲は広ければ広いほどいい。
私も大声を出す訓練をした事がありますが、あそこまでの声量には至りませんでした」
なるほど……考えてみればスマホはおろか、無線機もない世界だもんね。
魔道具の無線機っぽいものは宰相が持っていたけど、国宝クラスの貴重さだった。戦場で何十何百とは使えないだろう。
シーラの声もわりと通る方だと思うけど、たしかにギルマスに比べると声量が足りない。……演劇みたいに、腹式呼吸を鍛えたりすれば声量増えるだろうか?
今度教えてあげようと思いながら、俺は宿への道を歩くのだった……。
翌日から本格的に冒険者として働く事になり、ギルドへ行くと冒険者カードがもらえた。
名前と所属ギルドが書いてあるだけの簡素なもので、俺のは木の板、シーラのは鉄の板である。
ランクによって素材が変わるそうで、S級の白金から、金・銀・銅・鉄・青銅・木と変わるそうだ。
F級の木だけ金属ではないのが気になるが、訊いてみると冒険者の大半はF級なので、コストを抑えるためだそうだ。
なるほど登録するだけで金属板がもらえたら、それ目当てに登録して転売する人がいそうだもんね。この世界は金属の価値が高いみたいだし。
……そんな訳で早速仕事を受けるのだが、冒険者の仕事は荷運びから護衛、討伐から採取まで色々ある。
この中でF級ができるのは、街の中での荷運びや近隣での採取など。
だけどD級冒険者と一緒なら、相応の討伐依頼や森の中での採取依頼も受注できるらしい。
護衛は信用が必要なので、新参の俺達は無理との事。
……という訳で、平和に近所で薬草採取……となる訳はなく。俺達は森に魔石の採取をしに来ている。
魔石は魔獣の体内に存在し、元の世界の電池みたいにエネルギーを蓄積していて、魔道具に組み込む事で照明や熱源として利用できる。
電池と違うのはエネルギーを供給するのではなく、魔石そのものが光ったり熱を発したりする所だ。
さすがに水を生み出したりといった魔法的な事はできないが、この世界では高額で取引される貴重品である。
実際俺達も逃避行の途中で買ったコンロと懐中電灯的な物を持っているけど、魔道具だけで各250万ダルナと、D級冒険者の年収くらいした。
俺達にとっては沢山ある宝石一つ分だったけど、普通はよほどのお金持ちでないと所有できない代物なのだ。
……そんな訳で、自分達で使う用の魔石補充もかねて魔石採取に来た……と言うのは半分嘘で、俺が寝坊したせいで常設の依頼しか残っておらず。その中で稼ぎが良さそうなこれが選ばれたのが本当の所だ。
――いやだって、日の出と同時に依頼掲示とか早くない?
朝ごはん食べて準備して、ギルドまで来る時間を考えたら、起きるの夜明けの一時間前とかになるよ?
……まぁでも、みんなそのくらいの時間に起きるのが普通みたいで、宿の食事も夜明け前に準備可能だと言っていた。
この世界では照明が貴重で、魔石ランプは超高価。ロウソクはハチミツを固めた蜜蝋というやつで、食べ物と被る上に貴重な甘味なので超高価。
動物の脂肪を使ったロウソクもどきもあるが、これも食料と被るから安くはない上に、臭いと煙が出るし、光は暗くて安定しないしで、あまり使われる事はない。
なのでみんな、暗くなったらさっさと寝てしまい。そうすると必然、夜明け前に目が覚めるらしい。
健康的だな異世界人……俺は下手に照明が使えてしまう立場なのもあって、馴染むまでにもう少し時間がかかりそうだ。
そういえば後宮には、照明の魔道具が沢山あったね……。さすがは大帝国の宮殿だったのだろう。
……そんな訳で、出遅れた俺達は魔石採取だ。シーラは早起きして行く気満々だったみたいなのに、本当に申し訳ない。
そしてもう一つ申し訳ない事に、俺あんまり役に立っていない。
シーラは森の中でも鋭く気配を探り、魔獣より先に相手を見つけて弓を撃ち込む。
ギルマスが言っていた、『死ぬ者の半数は相手を見る前にやられる』の逆バージョンだ。
魔獣は弓の一撃では倒れないものも多いので、最終的には槍での直接攻撃になるが、初撃でダメージを負っているので、わりとあっさり倒す事ができるようだ。
この依頼、一応D級でも受注可能だったけど、本来はC級以上向け。D級の場合は5人以上のパーティー推奨という難易度で、受付のお姉さんが渋い顔をしていたけど、ギルマスの後押しを貰って受注できた。
山に出るという上位魔獣だとどうか分からないけど、この辺りの魔獣ならシーラの腕をもってすれば、危なげなく対処できるようだ。
なのでシーラの強さは、実質C級。もしかしたらB級くらいあるかもしれない。
……そんなこんなで俺達の冒険者生活初日は、中小サイズの魔石3個と魔獣の素材多少で、23万2000ダルナという上々の成果を挙げた。
普通のD級冒険者の月収を超えるくらいの稼ぎだそうで、受付のお姉さんもビックリだった。
そもそも上級の冒険者でも、一日三体も魔獣を狩れない。そもそも出会わないそうで、どうやらシーラが優れているのは戦闘能力以上に、気配察知能力であるらしい。
普通は向こうが先に気付くので魔獣に先制攻撃とかできず、向こうの攻撃を防いで反撃で仕留めるのが定石らしい。
シーラさん、ホントに優秀……。
ともあれ、いきなり宿代と生活費を賄っても余りある額をゲットして、生活の安定が確保できてしまった事になる。
魔獣の肉も少し確保してエリスに渡した所食事も豪華になり、言う事なしだ。
俺は荷物持ちくらいでしか役に立っていないが、もっと多くの人員がいれば魔獣の素材や肉を沢山運べたので、これからは人員の増強が目標になるだろう。
シーラも仲間……というより一緒に反乱を起こしてくれる同志が欲しいようだしね。
上々の滑り出しに安心して、俺は穏やかな気持ちで眠りにつくのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・221万680ダルナ(+22万7500)
・宝石を散りばめた犬のぬいぐるみ(ちょっとハゲてきた)
配下
シーラ(部下・D級冒険者)