189 帝国軍部隊長への手紙
王都を占領している帝国軍と接触するに当たり、まずは手紙を書いてはどうかというミリザさんの提案に、俺は身分を明かす決意を固め、いつも持ち歩いているカバンから紙とペンを取り出す。
紙は以前、偽の勅令状を作る時に試作した高級品を使う。思わぬ所で再び出番が回ってきた。
おもむろに手紙を書き始めた俺を見て、ミリザさんが困惑交じりの声を発する。
「ここで書くのか?」
「はい。別の部屋で書いてもあまり変わらないと思いますし」
暗に『どうせこっそり開封して中身読むでしょ』と言うと、ミリザさんは少し気まずそうに黙り込んでしまう。
嫌味ではなく、読まれる事を承知で書くんだよという信用の証と受け取って欲しい所だ。
「――相手の隊長さんの名前って分かります?」
「……セラードだ。元子爵らしいが、今は平民の身分らしい。爵位を剥奪された理由や元の家名などは知らない」
「なるほど、了解です」
元子爵か……なにか事情がありそうだけど、俺達の目的から見てどっちに転ぶだろうか?
そんな事を考えながら、サラサラとペンを走らせていく。
『アムルサール帝国第26代皇帝、アムルサール26世の名においてこの書を記す。
帝国は今や奸臣の跳梁によって政治は乱され、皇帝の地位は有名無実と化してしまっている。
上は宰相から下は下級官吏、悪徳商人や地主まで、私利私欲にまみれた連中が権力を欲しいままにし。忠臣は排され、良民は塗炭の苦しみを味あわされている。
余は斯様な状況を憂い嘆き、ついに帝国を脱出して、奸臣共を討つべく革新の軍を起こす決意を固めるに至った。
帝国軍西方新領州都防衛隊長、臣セラードよ。貴官にもし真の忠誠心と、国家並びに臣民を思う心があるのなら、貴下の部隊をまとめて余の下に馳せ参じよ。
突然こんな事を言った所でいきなり信用する事はできぬであろうから、まずは会って話がしたい。すでに街に潜入しておるので、可及的速やかに会談の場を設けよ』
……うん、こんな所だろうか?
堅苦しい文章になってしまったけど、この場合はその方がいいだろうからね。
なにしろ皇帝からの手紙なのだ。
一通り書き終えて顔を上げると、ミリザさんが目を見開いて固まっていた。
うん、気持ち分かるよ。
とりあえず手紙を封筒に入れ。封蝋などはないので、部屋の照明に使われていた蝋燭の蝋で適当に封をして、ミリザさんに差し出す。
「これ、帝国軍の守備隊長さんに届けて頂けませんか? できれば返事も貰って来て頂けるとありがたいです」
俺が差し出した封筒を、ミリザさんはしばらく呆然とするように眺めていたが、しばらくして搾り出すように言葉を発する。
「……本気か?」
「わりと本気です。先に口にした帝国軍を降伏させる策というのも、実はこれだったりします」
「…………一つ確認したいのだが、これはセラードを揺さぶるための虚言か? それともお前は自分が帝国の皇帝だと思っている狂人か?」
失礼な事言うな……でもまぁ、気持ちは分かる。
「どちらでもなくて、手紙に書いてある事がそのまま真実ですよ。
あ、俺は帝国がジェルファ王国に侵攻する前に帝国を脱出しましたし、向こうでは死んだ事になっているので、王国への侵攻を命じたのは俺じゃありませんよ。
そもそも帝国の実権は完全に宰相が握っていて、皇帝はお飾り。生殺与奪の権利さえも宰相に握られていて、気に入らない事があるとすぐに殺されて次代に交代。俺の前40年で21人皇帝が代わっていたくらいの使い捨て皇帝でしたから、帝国の実質上の権力者は宰相です。
だから、帝国軍の侵攻に関する恨みを向けるなら、宰相にしてくださいね」
「……仮にそれが本当だとすると、お前は解放軍の参謀と言うが実は帝国のスパイで、ここの帝国軍を味方に付けたら裏切って解放軍を罠に嵌めて潰し。ジェルファ王国を自分の物にする気ではないのか?」
「そんな事しませんよ。そもそも解放軍を作ったのは俺ですし、俺の目的は宰相を討つ事なんですから。
疑うなら解放軍の総司令官であるメルツでも、解放軍の後方参謀で新生ジェルファ王国の国王候補であるエリスでも、内政担当で宰相候補のクレアさんでも、誰でもいいので訊いてみてください。
俺達を地下通路に案内してくれた人に頼めば、手紙でも使者でも送り届けてくれるはずですから」
そう断言するが、ミリザさんの疑いの視線は晴れない。
「解放軍はそうでも、俺達はどうだ?
スラムの裏組織なんざ、貴族連中にとっては使い捨ての駒だろう」
「そう考える人もいるかもしれませんけど、俺は最初に言った通り、協力してくれた人を悪く扱うつもりはありませんよ。たとえ相手が貴族だろうが、スラムの裏組織だろうが変わりません。
俺達の目標には多くの人の協力が必要で、それを得るためには信用が大切ですからね。
そして俺がジェルファ王国を解放しようとしているのは、それが俺の目的に。宰相を討って、帝国の政治を正すという目的に適うからです。
そして多くのジェルファ王国民も、祖国を取り戻したいと願っているでしょう?
つまり宰相と今の帝国は俺達にとっての共通の敵であり、俺達は同じ目的を持っているから協力し合えるのです」
「……敵の敵は味方というのは、俺達の世界でもよく使われる理屈だ。だがな、それだけにその危うさもよく知っている。
一つの敵を相手に結んだ協力関係は、その敵を倒したら。目端が利く奴なら、倒す見込みが立った瞬間に消え失せてしまう。
そうなったら、昨日の友は今日の敵だ。
いかに先に裏切り、油断している昨日までの仲間の背中を刺して、勝利の甘い果実を独り占めするかを考えるようになる。
軍師ってのはそういう商売だろう?」
おおう、さすが裏稼業の人。考え方が非常に厳しくていらっしゃる。ある意味俺より軍師に向いているんじゃないだろうか?
そしてこれは、経験に基いていそうなので下手な事言えないな。
裏切る気がないのは本当なので、純粋なシーラやメルツなら、『俺の事を信じて欲しい』って言ってじっと目を見れば分かってくれそうな気がするけど、ミリザさんには通じないと思う。
殺伐とした世界で生きてきたんだろうなぁ……。
「……おしゃる通りそういう事を考えるのも軍師の仕事ですが、そういう事に備えておくのも軍師の仕事です。
裏切りの危険があるとお考えなら、それに備えておいてください。そうすれば少なくとも、油断している背中を刺されるような事はないでしょう。
こちらも備えておきますから、お互い警戒していれば適度な緊張関係が保たれて、案外上手くいくんじゃないかと思いますよ。隙がない背中は刺しにくいですからね。
そういう訳で、信用してくれとは言いませんから、同じ目的のために力を貸して頂けませんか?」
そう言ってじっとミリザさんの目を見る……と、しばらくの間厳しい表情でこちらを見つめ返していたミリザさんが、急に大声を上げて笑い出した。
「ふっ、あはははは、なるほど、『そっちも裏切るかも知れないから、お互い背中を刺されないように気をつけましょう』か。面白い事を言うじゃないか。
これで『絶対に裏切りませんから信じてください』なんて言う頭ん中お花畑だったら信用しなかったが、いいだろう、アンタの事を信用しようじゃないか皇帝陛下」
――本当に信用してくれたのか微妙な感じもする軽い調子だけど、ともかくミリザさんは俺達への協力を約束してくれ。手紙を必ず届けると請け負ってくれた。
しばらくの間はお屋敷に泊めてもらえる事になり。俺は手紙への反応を待つ落ち着かない時間を過ごすのだった……。
帝国暦168年 7月25日
現時点での帝国に対する影響度……1.1022%(±0)
資産
・2490万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 5640万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・解放軍精鋭部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・解放軍総司令官・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・解放軍総司令官補佐・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・解放軍後方参謀・将来の息子の嫁候補 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・解放軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・解放軍部隊長 月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・アルパの街の物資管理担当・C級冒険者 月給30万)(弟も同職 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)




