182 胸に秘めた想い
「エリス、新生ジェルファ王国の国王やってみる気ない?」
その言葉を発した瞬間。すごい勢いで真っ先に反応したのはティアナさんだった。
「反対! 反対反対絶対反対! 今の話聞いてたら好きでもない相手と結婚させられるんでしょ、うちの可愛いエリスをそんな目に遭わせる訳にはいきません! 絶対反対!!」
――おおう、とんでもない剣幕だ。
「お、落ち着いて下さいティアナさん。政略結婚は形式的なものですし、本当に好きな人がいればその人とも結婚できますから」
「でも――『お母さん、少し私に話をさせて』
立ち上がって荒ぶるティアナさんだったが、エリス本人が静かに言葉を発すると、喉まで出かかっていた言葉を飲み込むように一瞬動きを止め、スッと黙り込んで座ってしまう。
二人でいる所を見た事はないけど、娘に頭が上がらないタイプの母親なのだろうか?
そんな事を考えていると、エリスは落ち着いた声で。どこか悲しそうな様子で口を開く。
「まず前提として、私は王に向かないと思います。この緑色の髪は人から嫌われるでしょう?」
「ああそれね。色々調べてみたけど、アルパの街とその周辺だけみたいだよ。
そもそも山の民ことエルフと多少でも交流があるのがその辺りだけだから、他所ではエルフの存在自体がほとんど知られてない。
緑色の髪はたしかに珍しいだろうけど、珍しいだけで嫌う対象ではないから、特に問題ないと思うよ。
アルパの街とその周辺なんて、王国全体で見たらごく一部だからね。王都へ行って王になるには、なんの問題もないよ。そうだよねメルツ、クレアさん」
「はい。私はそもそもエルフというものの存在自体を知りませんでした。ですから当然、好きも嫌いもありません」
「私は伝承に近い感じで存在自体は知っていましたが、髪が緑だなんて知りませんでしたし、緑髪だからと言って特別どうという事はありませんね」
「ほら、王国西部ではそもそも知られていなくて、北西部でも否定的な印象はないってさ」
そう言ってエリスの様子を見る……が、どこか悲しそうな様子は消えていない。
かと思えばチラリとティアナさんを見て、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべた。
……考えてみれば、北部解放区で移住者を受け入れるようになってから、大勢の人と接してきたエリスである。
緑髪が嫌われているのが地元周辺だけという事には、とっくに気付いていただろう。
だとすればこれは、ティアナさんに向けての小芝居だったのだと思う。エルフとの混血であるせいで娘が辛い目に遭っていないか。ティアナさんはずっと心配していたのだろう。
実際辛い目にも遭っていたけど、それはアルパの街周辺だけの事で、他の街に行けば、人生においての障害にはならない。
その事をティアナさんに伝え、少し安堵した様子の母親を見て、エリスも嬉しそうな表情を浮かべたのだろう。
……そしてそれはつまり、国王を引き受けて王都へ来てくれる気があるという事でいいのだろうか?
――だけどそれにしては、表情が冴えないのが気にかかるよね……。
色々な事を考えながらエリスの次の言葉を待っていると、エリスはじっと俺に視線を向け。覚悟を決めるように小さな一呼吸を置いて、言葉を発した。
「アルサルさん。国王になっても政略結婚とは別に、本当に好きな人がいればその人とも結婚できるとおっしゃいましたよね?」
「うん」
「私、アルサルさんの事が好きです」
「…………はい?」
エリスの口から出たのは、全く想像していなかった言葉。
たしかに懐いてくれているなとは思っていたけど、それは上司としてや、後方参謀の仕事を教えた教師としてだと思っていた。
とっさに『好きって、お兄ちゃんみたいな存在として?』とはぐらかしそうになるが、先に結婚の話をされているのであまりに無理すぎる。エリスが言っている『好き』は、間違いなく恋人としてだろう。
――エリスが、俺の事を好き……?
俺は中身がアラフォーである事もあって、今までエリスを娘のように見てきたので、正直戸惑いしかない。だけど面と向かって告白されたからには、答えない訳にはいかないよね。
エリスは解放軍の後方参謀で、重要な仕事をこなしてもらっているので、ここで関係を悪くする訳にはいかない……いや、そんな事を考えて答えるのは失礼だな。
でもなんと答えればいいのだろう? ……正直、改めて一人の女の子としてエリスを見ると、とても魅力的な子だと思う。
外見はまだ子供っぽさが残っているけど、文句なしにかわいいし、頭もいい。
よく気がつく子で気遣いもできるし、商才があって生活力もある。後方参謀として、わがままな要求をしてくるタチの悪い志願兵相手に一歩も退かなかったという武勇伝も聞いているので、胆力もあるのだろう。
結婚相手として、どこも文句をつける所がないような、完璧な子だ……。
……だけど俺の本心は、正直メルツに近い。
好きな人がいて、その人以外との結婚は考えられない。
察しのいいエリスは、多分その事に気付いているのだろう。だから告白前、どこか悲しそうな、沈んだ表情をしていたのだ。
――だけどそれを承知の上で、エリスは俺に告白をした。それがどんなに勇気のいる事だったか。いまだにシーラに思いを伝えられないでいる俺なんかより、よっぽど覚悟が据わっている。
そして俺は、このエリスの覚悟にどう答えていいか、考えあぐねているのだ。
基本的には断る方向だけど、なるべく穏便に。エリスを傷付けないように……。
「ええと……ロムス教国との関係上、俺がジェルファ王国の女王と結婚するのはまずい気がするんだけど」
「では私が女王をしっかり勤め、何十年か後に状況も落ち着いて、王座を他の人に譲った後なら結婚してくれますか?」
「いやそんな何十年後なんて……――あ」
否定の言葉を口にしようとして、とっさに一つの考えが頭をよぎった。
「エリス、もしかして成長止まった?」
「はい。止まったとは少し違いますが、人間とは違ってきたのを感じています。特にその……子供を作るための生理現象があるのですが、普通の人間は月に一回の所、私は半年に一回に……」
エリスはそう言いながら、顔を真っ赤にして視線を下げる。
子供を作るための生理現象……ああ、生理か。
俺は元アラフォーだからその手の話も特にどうという事はないけど、エリスは17歳だ。
一応この世界では16歳の俺相手に。しかも好きな人相手にそんな話をするのは、たとえ大男相手に一歩も引かない胆力の持ち主でも、そりゃ恥ずかしいだろう。
「――ティアナさん、失礼ですけどエルフはどんな周期ですか?」
「え、一年に一回だよ」
さすが年の功なのか、それとも娘の告白に居合わせてしまってそれどころではないのか。普通に答えてくれる。
普通の人間には一か月に一回起きる事が、エリスの体には六か月に一回。
そしてエルフの体には、12か月に一回。
……これはもう、答えは一つだよね。
エリスは人間の父親と、エルフの母親の間に産まれた。いわゆるハーフエルフだ。
そしてその体は、人間とエルフの特性を半分ずつ受け継いでいるのだろう。
つまりエリスが言った『何十年か後に』という言葉。
結婚を待つ時間として現実的じゃないと思ったけど、単純計算でハーフエルフの寿命が人間の六倍だとすれば、30年でもエリスにとっては五年相当。十分に待てる時間である。
一転話が生々しさを増してきて、これ以上はみんながいる前でするような話じゃない気もするが、エリスが敢えてこの場を選んで話を切り出してきたのは、二人きりだと俺が話をはぐらかして誤魔化すと思ったからだろう。
実際そうしただろうから、さすが付き合いが長いだけあって、俺の事をよく分かっている。
だからこそみんなが見ているこの場で。ジェルファ王国の王位という誤魔化せない問題を絡めて、告白をしてきたのだろう。
誰も立候補者がいないどころか、告白のダシにされるなんてどうなんだジェルファ王国の王位……と思うが、俺から告白の答えを確実に引き出すのに、これほど有効な手段もない。
ある意味見事な策略で、参謀としてとても優秀に育ってくれたんだなと嬉しくなる反面。まさかこんな形でこちらに向いてくるとは夢にも思わず、俺は複雑な気持ちで頭を抱えるのだった……。
帝国暦168年 7月12日
現時点での帝国に対する影響度……1.0822%(±0)
資産
・5501万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 2640万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)




