180 ジェルファ王国解放作戦会議
ジェルファ王国解放と新生ジェルファ王国建国作戦について説明し、質問タイムに移行すると、最初に解放軍総司令官のメルツが手を上げた。
「旧王都……いえ、王都の奪還に関してなのですが、アルサル様が直接乗り込むという説明に聞こえたのですが、危険ではないでしょうか?」
お、さすがメルツ。今まで使っていた『旧王都』という言葉を使わなくなったのを、敏感に察してくれたようだ。
今はジェルファ王国がなくなってしまっているし、王都は帝国の西方新領州都に変わってしまったので、『旧ジェルファ王国・旧王都』と呼んでいるけど。王国を再建する以上、もはや『旧王都』ではなくなるのだ。
ジェルファ王国については新生ジェルファ王国を立てる予定なので、旧ジェルファ王国という概念は残るけど、遷都の予定はないので、王都なのは変わらない。
細かい呼び方の違いのようにも思うけど、みんなの意識を。帝国軍を追い払って新生ジェルファ王国を建国するのだという意識を高めてもらうためには、重要な事だと思う。
――そして、メルツが口にした心配。
帝国軍が立て篭もり、教国軍が包囲している場所に乗り込んでいくのは、確かに危険だろう。
だけど、これは必要な事だと思うんだよね。俺を心配してくれるのは嬉しいけど、成功した時に得られる物があまりに大きい。
王都を囲む教国軍との戦いが楽になるのはもちろん、一年近くも実戦経験を重ねた部隊は、強力な戦力になるはずだ。
そして重要なのは、その部隊が帝国兵だという事である。
……今の戦いが終わってジェルファ王国の解放に成功したら、王国民志願兵達は戦う理由がなくなってしまう。
もちろん対帝国の国境防備はやってくれるだろうし、志願者を募れば、帝国との戦いに参加してくれる人もいるかもしれない。
だけど、自分達の祖国を取り戻す戦いとはどうしても熱量が違ってくるだろうし、復讐のための志願だったら、それはそれで微妙だ。
なので帝国との戦いには、帝国人兵士が主力になるのが望ましい。
そのための基幹要員として、ぜひとも仲間に取り込みたい所だ……。
「確かに危険はあるだろうけど、俺が行く事で寝返り工作が成功する確率が上がると思うんだよね。
寝返りが成功したら得られる効果はすごく大きいから、ぜひとも挑戦してみたい。もちろんいきなり会いに行ったりはせずに、まずは王都に潜入して、様子を窺いつつ接触を試みる形にするつもりだよ」
「……わかりました」
メルツの表情は微妙に冴えないが、目が悲しそうなので、不満と言うより心配してくれているのだろう。
教国軍陣地の突破、帝国軍との直接交渉と、二回危ないからね。
メルツが納得してくれた……かは分からないが、とりあえず分かってくれた所で、次は内政担当のクレアさんが小さく手を上げて口を開く。
「街や村を解放したら、順次住民を帰還させるという事でよろしいでしょうか?」
「うん、基本はその方向で。解放軍に加わっている人は戦いの終わりまで部隊にいて欲しいけど、どうしても帰りたい事情とかがあったら、その街の警備隊に配置するとかで対応して欲しい。
幸い内政班の人達が頑張ってくれたおかげで初夏の小麦は豊作で、食料には多少の余裕があるから、当面の食料を持って帰還させて、故郷の復興に当たって欲しい。
そこでの生産が解放軍を支える力になるし、将来的には新生ジェルファ王国の国力になるからね。
クレアさん、大変な仕事で申し訳ないけど住民の帰還と復興の手配、お願いできますか?」
「――もちろんです! ジェルファ王国民として、これほど名誉でやりがいのある仕事はありません。一度は人生を諦めた私がこのような大役をお任せ頂けるなど、まさに新たな命を得た思いです!」
「う、うん。よろしくお願いしますね……」
「はい! この身に代えましても」
――なにやらクレアさんの力の入りようがとんでもない。
クレアさんは魔物に襲われて攫われ、故郷の街に帰る事ができなくなってしまった上に、今でも事情を知らない人の前では身元がバレないように仮面をつけているし、クレアという名前も偽名である。
一生人から隠れ、日陰で生きていく覚悟を決めていただろう所に、国の再建という特大の活躍の場がやってきた。
顔や本名を出せない事は変わらないにしても、生きる目的という意味では最高の物を得る事ができて、張り切っているのだろう。
弟さんと再会が叶った事と合わせて、喜んでもらえたようでなによりである。クレアさんには色々お世話になっているからね。
……感極まった様子のクレアさんの横で、次に手を上げたのはメルツの恋人で補佐役のメーアだった。
「あの、王国西部についてなのですが、ロムス教国との国境に近い街にはすでにロムス教の聖職者が派遣され、布教活動などのロムス教国化が始まっていると聞きました。
将来講和を結ぶ時に、ロムス教国がそういった街の割譲を要求してくる事はないでしょうか?」
その言葉に、メルツの表情も険しくなる。
二人の出身はまさにその王国西部の国境沿いなので、自分達の故郷の事が心配でたまらないのだろう。
――そしてこれは、中々難しい問題である。
「一応、領土を譲り渡すのは可能な限り避けたいと思ってる。
でも教国との講和が成立しないと、俺達は負けてしまう。帝国と教国に挟まれて、両方と戦えるほどの力はないからね。
これは交渉次第になるから今の時点ではなんとも言えないけど、俺達に利するかなと思う点は、異教徒討つべしと叫んでいた狂信的な信者ほど戦いの前面に出てきて帝国との戦いで戦死しているみたいだから、残っている人とは話がしやすいかもしれない……くらいかな。
その証拠に、これだけ戦いが長引いているのに、教国本土から大規模な援軍が送られた様子はない。
帝国との戦いに賛成派と反対派がいて、賛成派から消耗しているなら、残った反対派とは話がしやすくなるんじゃないかなって期待してる」
……実際、初期に聞いた命を顧みず捨て身の突撃をしてくる人達の話は、開戦からしばらくして聞かなくなったからね。
メーアが不安気な表情で『分かりました』と答えた所で、各隊指揮官代表のララクが手を上げる。
「一ついいですか? 王都に立て篭もっている帝国軍の寝返りに成功した場合なんですけど、志願兵のみんなにどう説明しましょう?
俺達はアルサル様やシーラ教官が以前帝国の偉い人だったって知ってますから納得しますけど、それを知らないみんなは疑わしく思うでしょうし、そんな状態で帝国兵と肩を並べて一緒に戦うなんて、無理ですよ。
ただでさえ、帝国軍には強い恨みを持っている者が多いですから……」
うん……他ならぬララク自身も、両親を帝国兵に殺されて強い恨みを持っている一人だもんね。
「その点に関しては、王都を包囲している教国軍を挟み撃ちにする戦いは別にして、現実的には一緒に戦ってもらうのは不可能だと思ってる。
表向きには命を助ける条件で降伏させた事にして、志願兵達とは離れた場所に駐留してもらって、別編成の別部隊として扱うつもりでいるよ」
「そうですか、安心しました……」
本当にホッとした表情のララク。
元孤児の指揮官達の中で、俺達と一番付き合いが深いララクでさえこうなのだから、帝国に対する恨みは相当なものなのだろう。気をつけないといけないね……。
改めて帝国軍の侵攻が残した傷の深さを実感しつつ、作戦会議は短い休憩を挟んでさらに続くのだった……。
帝国暦168年 7月12日
現時点での帝国に対する影響度……1.0822%(±0)
資産
・5501万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 2640万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)




