177 旧ジェルファ王国西部の状況と訓練所を襲う謎の病
メルツ達を偽の勅令状を届ける任務に送り出し。俺は近くの森の中で野営をしながら、みんなの帰りを待つ。
シーラによると『戦地とはいえ、皇帝からの勅使です。宴席を設けてもてなすくらいはするでしょうから、帰りは早くて明日でしょう』との事で、落ち着かない気持ちで夜を明かす。
なにしろ、敵の本陣に直接乗り込んでいる訳だからね。
――俺は一応元皇帝なので、メルツ達が届けるのはある意味皇帝からの勅令状と言えなくもないんだけど、現実的には偽の勅令状だ。
もしバレたら、処刑は避けられないだろう。
気が気じゃない思いで時間を過ごしていた翌日の昼。帝国軍の様子を見に行っていたシーラが『慌しく出立して行きます』と報告してくれた。
慌しく……という事は急ぎの指示が出たという事で、つまり偽の勅令状が信用された可能性が高い。
ちょっと安堵しながらさらに待機を続けていると、もう一晩経った翌朝。メルツ達が帰ってきた。
シーラの報告で俺も迎えに出ると、メルツは嬉しそうな笑顔を浮かべて馬を降り。報告をしてくれる。
「無事任務を果たす事ができました。公爵によると『必ず宰相閣下の生誕祭に朗報をお届けしますので、よろしくお伝えください』だそうです」
おお、宰相の誕生日の日付を入れたの、効果バツグンだったみたいだね。
作戦の成功に安堵して全員の無事を祝い、労いの酒宴を催す。
持参してきたお酒を開け、『公爵様の宴席で出た物には及ばないだろうけど』と冗談を飛ばすと、メルツは『正直緊張して味なんて分かりませんでしたよ』と苦笑いだった。
一方でメーアは『あんな美味しいお酒初めて飲みました。ジェルファ王国では王宮でないと出ないレベルだったと思います』との事だったので、こちらはお酒の味を楽しむ余裕があったらしい。
メルツの事を信頼していたんだろうね。
同行した元劇団員の人達も、『生きた心地がしませんでした』『この先の人生でどんな大舞台に上がっても、もう緊張しません』『公爵様に頭を下げられるなんて経験、後にも先にもこれっきりでしょうね』と、かなり消耗した様子だった。
元皇帝の俺がさっき『お疲れ様でした』と言って頭を下げたけど、現役の公爵様に頭を下げられるのとどっちがレアなんだろうね?
……まぁそれはいいとして。作戦は大成功だったようで、帝国軍の主力を教国本土に向ける事ができた。
この成果はかなり大きくて、この先の戦略を左右する大戦果だ。
これで、今年中には大規模な反抗作戦に出られる可能性が出てきた。
こちらが採れる作戦もかなり種類が増えた事になり、軍師としてはとてもありがたい。能力を問われるという事でもあるから、プレッシャーはかかるけどね。
上々の戦果に満足し、副次目的だった旧ジェルファ王国西部の様子を見ながら帰路につく。
……旧ジェルファ王国西部を周ってみた感想としては、教国軍の配備はかなり薄いようだ。
旧王都の包囲に集中しているらしく、ほとんどの街で教国軍兵士の姿を見かける事はなく。街の人に訊いてみると、用がある時だけ。具体的には食料や物資を徴収しに来る時だけ、大勢でやってくるらしい。ほとんど略奪だね。
いくつか街や村を回ってみたけど、どこもかなり荒れていて、完全に廃墟になっている村もあった。
北部解放区に移住したなら、無人であっても廃墟になっている理由はないので、おそらく食料を巡って教国軍と戦ったのだろう。
どうやら教国軍は、広く浅くではなく特定の場所から集中的に食料を収奪しているらしい。
満遍なく収奪して満遍なく抵抗されるよりは、いくつかの村を滅ぼして全ての食料を収奪する方法を選んだようだ。
食料の蓄えが乏しく、住民から命がけの抵抗を受ける状況にあっては、それが一番効率的だったのだろう。
……理屈は分かるけど、破壊されつくして廃墟になった村を見ると、心が痛むね……。
そして村ばかりではなく。街もかなり疲弊していて、教国軍に対する恨みはかなり深い感じがした。
一部には帝国軍を解放者として歓迎する空気すらあったが、元をただせば帝国軍が西方遠征のために食料を集めたのが大元の原因なので、結論を言えば『どっちも嫌い』になっている。俺達からするといい状況だ。
ちょっと南寄りに大回りして、旧王都を囲む教国軍の端っこも偵察してみたが、教国兵はみんな痩せていて、冬越しがかなり過酷だった様子が見て取れた。
装備もかなり消耗していて、服も武器もボロボロだし、まっすぐ飛ぶのか心配になるような手作りの弓矢を持っている兵士もいる。
それでも士気が高いのはさすがという感じだけど、満足な補給を受けられずに半年間も攻城戦を続けて、相当消耗している様子だ。
北で帝国軍の主力が境界を超えた事は知らない様子だったので、それを知った時にどんな反応をするかは興味があったけど、それを確認している時間はなく。俺達は帰路を急ぐ。
旧王国東部に入った所でメルツ達と別れ、支店長さんの所に寄って情報を収集したが、やはり軍事作戦に関する具体的な情報はなく。
『北の反乱軍支配地域では食料が不足している』という、どこかで聞いたような情報を入手して、アルパの街に戻った。
みんなには秘密だから発表はできないけど、上々の成果を挙げて意気揚々と凱旋……した俺達を迎えてくれたのは、浮かない表情をしたエリスだった。
「アルサル様、志願兵訓練所で疫病が発生しました。次々に患者が増えている所からして、伝染病である可能性が高いです」
重苦しい口調で発せられた報告に、顔から血の気が引くのを感じる。
急いで報告書を読むと、病の症状は倦怠感と脱力感、体の痛みなどから始まって、歯茎の腫れと出血、皮膚の荒れと痣の出現、毛穴から血が滲む、傷が治りにくくなる、古傷が開くなど。
初期症状は以前からあったが、最近急に重症者が増えてきたらしい。
志願兵には医者や薬師だった人もいるが、みな一様に『初めて見る症状だ』と口を揃え、当然治療法も不明。
ティアナさんにも見てもらったが、『エルフには見かけない病気だね……力になれなくてゴメン』との答えだったらしい。
せっかくエリスに頼られたのに役に立つ事ができず、シュンと凹んでいる姿が目に浮かぶようだ。
――だけど、そんな姿を思い浮かべて和んでいる場合ではない。
俺は大した医療知識は持っていないけど、それでもなにかできる事はないかと。大慌てで志願兵訓練所へと向かうのだった……。
帝国暦168年6月26日
現時点での帝国に対する影響度……1.0822%(+0.5)※帝国のロムス教国討伐軍を教国本土へ誘導に成功
資産
・7536万ダルナ(-112万)
・エリスに預けた反乱軍運営資金 2729万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)




