173 俺専属護衛
馬繁殖所で一泊し。翌朝キサに声をかける。
「キサ、休暇をあげるから両親に会ってきたら? 何日くらい必要?」
「――そんな、この重要な時期に休暇などいただけません!」
おっと、すごい勢いで拒否されてしまった。
「でも寂しくない? ご両親もキサに会いたがってると思うよ」
「アルサル様の所で友人が沢山できましたし、私ももう一人立ちする歳です。寂しくなんてありません。
立派になった姿を見せる方が両親も喜ぶでしょうし、今は少しでも多くのお金を送ってあげたいのです」
……なるほど、この世界には有給休暇なんて概念はないから、休暇イコール収入減になる訳だ。
俺がこの世界で初めての有給休暇を導入してもいいけど……この様子だと、キサは望まないだろうね。
乗馬の訓練を通じて兵士の子達ともかなり仲良くなったみたいだし、シーラにもよく懐いている。キサはもう反乱軍の一員なのかもしれないね。
公式には俺が個人的に雇用している、馬術訓練ならびに馬の世話担当という事になっているけど、正式に反乱軍に迎え入れてもいいかもしれない。
遊牧民が反乱に協力しているとバレたら帝国が遊牧民を攻める可能性もあるから、バレないように引き続き後方任務になるとは思うけど……シーラとも相談してみようかな。
そんな事を考えながら遊牧民の集落を辞し、アルパの街へと戻る。
道中で馬に二人乗りしながらシーラに相談してみると、『……私に考えがあるのでお任せ頂けませんか?』と言われ。
『いいけど、遊牧民と俺達の関係を帝国に気取られないように、最前線任務とかはやめてね。捕虜になると大変だから』『承知しました』とのやり取りの後、その日の夜に『キサをアルサル様の専属護衛にしたいのですが』という話をされた。
キサ本人も隣にいて、目を輝かせてやる気満々といった感じである。
戸惑う俺に、シーラは言葉を重ねてくる。
「実は以前から気がかりだったのです。いざ戦いとなれば、私は前線で戦うためにアルサル様のお傍を離れなければいけません。そうなると、アルサル様を隣でお護りする者がいなくなってしまいます。
今までは本陣を突かれるような状況はありませんでしたが、この先戦いが激しくなればその危険は増すでしょう。
アルサル様の身に万一の事があれば反乱軍は立ち行かなくなってしまいますから、御身はわが軍の生命線とも言える重要なものです。ですがアルサル様は自身の安全にはあまり気を使われないので、正直不安に思っていたのです。
ティアナ殿にお願いしようかとも考えましたが、あの方には北の拠点との連絡という重要な任務があります。兵士達の中から数人選抜する事も考えましたが、彼等は貴重な前線指揮官であり、帝国兵に対する敵愾心が強いので、護衛に徹する任務には向きません。
その点キサであれば帝国兵との間に遺恨はなく、護衛任務に徹する事ができるでしょうし、アルサル様を裏切るような真似はしないという信用もあります。
そしてなにより。乗馬の技量に優れていますから、いざという時アルサル様を抱えて逃げるのに、これ以上の適任はいません。弓を扱えますから戦う事も、逃亡中に食料を調達する事もできます。
護衛に必要な他の技術や知識は私が責任を持って教え込みますし、キサの同意もすでに取り付けてあり、意欲も十分です。ですからどうか、キサを専属護衛としてお傍に置いて頂けませんか?」
シーラはそう言って頭を下げ。隣でキサも頭を下げる。
――普段無口なシーラが、こんなにしゃべるのは珍しい事だ。
そしてその内容が、俺の身を心配してくれてというのがとても嬉しい。
……『反乱軍を心配して』である可能性もあるが、多少は俺個人も心配してくれていると思いたい。
それはともかく、確かにシーラの言う通りで、言われてみれば俺は反乱軍のウイークポイントであり、その事にちょっと無頓着だったかも知れない。
色々考えているつもりでも、自分では気付けない事ってやっぱりあるよね。
助言者と言うか、副官の重要性が身に沁みる。そしてシーラは、副官としても優秀だ。
ますます惚れ直してしまうと同時に人を見る目も確かで、発覚したウイークポイントを守るのに、キサは最適の人材だ。
戦闘能力もあるし、馬を駆っての機動力もある。前線に出せないという都合上、常時俺に貼り付けておいても戦力の低下に繋がらない。
そしてなにより、信用が置けるという護衛として得がたい資質を備えている。
兵士の子達を信用していない訳じゃないけど、彼等は帝国に家族を殺された孤児達で、俺は帝国の元皇帝なのである。
打ち明けて納得してもらったとはいえ、全くわだかまりがないかと言うと、そんな事もないと思う。
その点キサなら、帝国に対する遺恨は何もない。俺とはキサの家族ぐるみで仲がいいし、乗馬の師匠としてシーラによく懐いている。
俺に専属護衛をつけるとしたら、本当にこれ以上ない存在だ。
「――わかった。じゃあキサ、俺の護衛お願いできる?」
「はい!」
改めて俺からお願いすると、キサは嬉しそうに。元気一杯の返事を返してくれる。
やる気十分なようで、頼もしいね。
……その後、具体的な案件を話し合い。
・キサは可能な限り俺の傍にいる事
・俺は可能な限りキサが傍にいられるようにし、離れた場所への用事などは極力頼まない事
・キサは俺の命を最優先にし、本当に危ない時は俺がなにを言おうと、抱えて逃げる事
・そのための馬一頭を、可能な限り近くに備えておく事
などがシーラ主導で決められ、俺も了承させられた。
一つ目と二つ目はともかく、三つ目は状況次第でとても辛い事になるよね……。そうならないように努力しよう。
一方で雇用条件の方は、キサは正式に俺の配下になり。肩書きも専属護衛となった。
そして給料は変わらないが、もしキサが俺をかばって死ぬか重傷を負ったら、10年分の給料5760万ダルナをキサの両親に払う事を、俺主導で決めた。
元の世界で言う所の生命保険か、あるいは労災保険に当たるものだろうか?
そんな感じで契約を交わして、キサを正式に反乱軍に迎え入れながら。
俺達はアルパの街への道を急ぐのだった……。
帝国暦168年5月28日
現時点での帝国に対する影響度……0.5822%(±0)
資産
・7952万ダルナ(-5万)
・エリスに預けた反乱軍運営資金 5849万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(部下・専属護衛・遊牧民 月給48万)




