170 青田刈り作戦と三文芝居
帝国軍の敵意を教国に向けるために。俺達は教国軍を装って帝国の勢力圏内で畑を荒らす作戦を実行する。
100人編成の部隊を20組作り、それぞれ兵士の子一人を隊長にして、二日間連携を取るための訓練を行った。
部隊は基礎訓練の時から一緒の仲間で気心が知れているので、行動の確認と作戦目的の徹底がメインになる。
準備を整えて、留守中の防衛をメルツにお願いし。俺達は西に移動して、北部解放区・帝国勢力圏・教国勢力圏の三点が交わる付近に陣取った。
境界警備の兵士に訊いてみると、最近は帝国の偵察隊が一日に一度、ほぼ決まった時間に見回りに来るけど、教国の偵察隊は見た事がないそうだ。
なので帝国兵をメインに警戒する事にして、偵察隊が来た少し後。後を追うようにして境界を超え、南へ向かう。
……この付近に派遣されている帝国軍はきっと、兵士としてしっかり訓練された部隊なのだろう。
だから真面目に、雨が降ろうが風が吹こうが毎日の巡回を欠かさない。……だけどそれは、見慣れてしまえば隙を突きやすいという事でもある。
俺達は一隊100人の20隊で、総数2000人。結構な大部隊だが、巡回の隙を突いた事で発見される事なく境界を超え、一直線に南下する。
最初は一団となって南へ急ぎ、二日目の昼に五隊、三日目の朝に五隊、三日目の昼に五隊を分離して、周辺の畑からまだ青い麦の穂を収穫する。
敵襲に注意しながら可能な限りの青麦を収穫し、一番南まで行った隊が戻ってくるのに合わせて帰還の予定だ。
俺とシーラは一番南まで進む隊に同行し、到達した場所は旧王国を東西に三本走っている道の、中央路付近。
西に行けば旧王都があり、東へ行けば帝国軍の後方司令部がある、支店長さんがいる街だ。
結構中央部だけど、ここに来るまで敵に出くわす事はなく。住民の姿も見かけなかった。
住民は北部解放区に移住してくれたのだろうけど、敵に出会わなかったのは運がよかったのと、帝国軍が一部の境界警備隊の他は、全軍を一か所に集中させているせいだと思う。
食糧を本土からの輸送に頼っている現状、分散させると補給が面倒になるし、食料を現地調達できないなら兵力を分散する意味もない。……だけどそれ以外にも、兵力は集中している方が強いという用兵上の大原則がある。
移動は小部隊の方が速いけど、戦いとなると密集しすぎて動きが取れなくなるみたいな残念な例を除けば、戦力はとにかく集中しているのが強い。遊軍は可能な限り少なくすべしと、俺が読んだどの兵法書にも書いてあった。
それを意識して兵力を集中させているなら、今度の総司令官は侮れないかも知れない。
シーラに訊いてみたら『当主個人はよく知りませんが、ケルマン公爵家は帝国でも名の知れた武門の名家です』と返事がきたので、なんか強敵の予感がするね。
とりあえず今回戦う事はなさそうだけど、気をつけよう。……と思いながら、まだ青い麦の穂を刈り取っていると、突然『ピーッ!』と、鋭い笛の音が聞こえてきた。
――これは見張りに出していた兵士からの知らせで、続けて『ピッ!』と短く一回鳴ったのは、『敵少数』の意味。更に『ピーー ピーー』と長く二回は『敵こちらに向かう』の意味だ。
連絡に確実を期すために、笛の音は二回繰り返して吹き鳴らされる。訓練通りの、落ち着いた対応だ。
そして俺の周りでは、シーラが最初の笛で弾かれたように動き、馬に飛び乗って音の方に走っていく。
数の都合で馬は各隊五頭ずつしかいないけど、それを任されている隊長と志願兵達も、シーラよりは一瞬遅れたが、すぐに馬を駆って後を追う。
実にいい反応で、訓練の成果が見て取れるね。
……一方で俺の周りには他の兵士達が集まってきて防御態勢を取り。続報を待つ。
『状況不利逃げろ』か、『防御態勢固めろ』か、『敵撃退』か。
防御態勢を取りながら固唾を飲んで待っていると、聞こえてきた笛の音は『敵撃退』だった。
ホッと息をついて緊張を解き。しばらく待っていると、シーラ達が戻ってくる。
見ると、帝国兵なのだろう捕虜を一人連れていた。若くて、精悍な顔立ちをした青年だ。
話を聞かれないよう、捕虜から少し離れて報告を聞くと、襲ってきたのは騎兵五人だったそうで。向こうは俺達を山賊の類だとでも思ったのか、油断して攻撃してきたらしい。
急行したシーラ達が逆襲を加えて、シーラが三人、隊長が一人、志願兵達が一人を倒したそうだけど、シーラの三人目だけ手加減して馬から叩き落すだけにし、捕虜にして連れて来たのがあの青年らしい。
……せっかくだから、利用させてもらおう。
まずは部隊内で一番顔が怖いおじさんを選んで、捕虜から『名前・所属・ここにいた目的』を聞き出してもらうようにお願いする。
その間に俺は白い布を頭から被り、フード状にして教国の聖職者に変装する。
教国の聖職者がどんなのか知らないけど、多分向こうも知らないだろうから問題ない。
――顔の怖いおじさんから少し遅れて捕虜の元へ行くと、捕虜の青年は木に縛り付けられていて。おじさんが聞き出した名前と所属、ここにいた目的を教えてくれた。
名前は、多分偽名だと思うどこにでもよくある名前。所属も本当かどうか分からないし、正直わりとどうでもいい。正規軍っぽく見せるための、形式的な質問だ。
ここにいた目的は、『ここから西に行った場所に教国軍の動きを見張っている偵察部隊がいて、先日教国軍と小競り合いがあって負傷者が出たので、その補充要員として派遣される途中』らしい。
……小競り合いがあったかどうかは教国軍も把握しているだろうから、これは本当かな? 嘘だったらすぐバレるもんね。
そんな事を考えながら、俺は顔が見えないようにちょっと俯きがちに、捕虜の前に立つ。
「貴方が信じている神はなんですか?」
その質問に、捕虜の青年は一瞬ギクリとした表情を浮かべて目を泳がせたが、すぐに『ロ、ロムス神様です……』と答えた。
絶対嘘だと思うけど、中々機転が利く子だ。そして今はそれがありがたい。
「それは素晴らしい! 邪教徒ばかりだと思っていた帝国にも、敬虔な神の信徒がいたとは!
よろしい、では貴方に偉大な神の名の下、一つの使命を与えましょう」
我ながら酷い三文芝居だと思うが、向こうは命がかかっているだけに必死で、コクコク頷いている。
「貴方はこれから帝国軍に戻り。この事を帝国の将軍に報告しなさい。
そしてその場で、一番地位が高い相手と刺し違えるのです。
見事やり遂げれば神はお喜びになり、貴方の魂を天国にお迎えになる事でしょう」
……かなり無茶苦茶な事を言っていると思うけど、俺のイメージする教国ってこんな感じだ。
捕虜の青年もお口半開きでポカンとしているけど、俺が『わかりましたね?』と念を押すと。『は、はい! 神のために必ずやり遂げて見せます!』と、取って付けたような返事を返してきた。
酷い茶番だし、この青年が神の使命を実行する事なんてないだろう。
帝国軍に戻ったら、ここであった事をそのまま報告するに決まっている。
――だけど、俺にとってはそれでいいのだ。
ここにいたのが教国軍で、食料に困ってまだ若い麦を採りに来ていたと報告してくれれば、この作戦の意図する所にピッタリ嵌る。
俺は志願兵の一人に命じて捕虜の縄を解いてやり。走って逃げる後ろでわざとらしく、『さぁ、麦を集める作業に戻るのです』と言葉を発するのだった……。
帝国暦168年4月29日
現時点での帝国に対する影響度……0.5821%(±0)
資産
・5500万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 849万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




