169 敵と敵を争わせる方法
季節は帝国暦168年の春を迎え、戦雲はいよいよ俺達の上を覆いつつある。
帝国本土からは新たに、『ロムス教皇国討伐軍総司令官』の肩書きで、ケルマン公爵という人が八万の兵を率いて派遣されて来るそうだ。
シーラによるとこれはかなりの大部隊で、帝国軍の主力と言ってもいい規模だそうだ。
……つまりこの部隊が重大な損害を受ければ、帝国の屋台骨が揺らぐという事。
夢のある話だね。
一方で俺の方は、雪が融けて大山脈を越えられるようになってすぐ。元冒険者で現隊長の子達の内半数を連れて山を越え、メープルシロップと持てるだけの塩を運んできた。
志願兵の人達から連れていく案も考えたけど、不慣れな山道に手間取りそうだったのと、北の拠点についてはあまり公にしたくないので、見送った。
なので一大隊1000人を率いる部隊長として忙しい所、申し訳ないけど手を借りて山越えに同行してもらう。
北の拠点では、去年の秋に帰るはずだったので給料を昨年分までしか払っておらず。今年分は未払いになっていたのに、そんな事を気にせず塩の生産もメープルシロップの採集も。建物の増築や、魔獣の襲撃に備えた防御設備の整備。ビンの生産や船のメンテナンスまで、完璧にこなされていた。
メープルシロップも、去年は四樽の収穫があって一樽はみんなで食べてもらったのに、今年は五樽の収穫があって全部そのまま保管されていた。
俺の了解を得るまで、勝手に去年の事例をそのまま適用しなかったのだ。
とても誠実な対応で、ありがたい事である。
そして、メープルシロップの需要が増えたので全部持って行きたいという申し出も、快く了解してくれた。貴重な甘味なのにね……。
今は余裕がなくて代わりの品とか用意できないけど、丁寧にお礼と給料が遅れた事へのお詫びを言い。送れていた分の給料を払った後『これからもよろしくお願いします』と言って頭を下げたら、女の人達と怪我をしている孤児達には『こちらこそです』と恐縮され。
船運航員の兵士達や、クレアさんの実家の街から来ているガラス職人さんや船大工さんは、いよいよ帝国との本格的な戦いが始まろうとしている事に興味津々な様子で、給料の事は二の次くらいな感じだった。
元々給料の大半を反乱軍に寄付してくれているくらいなので、力の入り方が違う。
とりあえず手持ちの資金との兼ね合いもあって、今までの未払い分の他に先払いで六月分までの給料を支給しておき、これからの運営方針についても話をする。
――と言っても大きく変わる所はなく。今まで通り塩の生産と春先のメープルシロップ採取に当たってもらい。塩は一定量の備蓄を残して船で東へ送り、代わりに食料や日用品を仕入れてもらう。
本当は塩を北部解放区に送れるといいんだけど、大山脈を越えるにはシーラかティアナさんの護衛が必要だし、東の拠点は帝国領経由になるので、そこから北部解放区に送るのは難しい。
旧王国東部は人がいないから自由に行き来できるけど、元々の帝国領との国境は警備が厳しいのだ。
……志願兵の人達から結構な人数が森での食料調達に出られるようになったので、ティアナさんには山越えの塩輸送任務に戻ってもらう事にしよう。
エリス父と会える頻度は減ってしまうけど、タイミングを合わせてエリスに訓練所に行ってもらうようにすれば、親子三人の時間が取れるようになって、喜んでもらえると思う。
中州の拠点との往復が六日周期だったので、七日周期くらいになるだろうか?
エリスにとっても後方参謀の仕事の合間に、適度な息抜きになる……と思うしね。
そんな算段を立てて訓練所に戻ってきて、メープルシロップを持って支店長さんを訪ね。少しずつ供給しながら情報とお金を引き出す作業に当たる。
帝国の上級軍人からのお金で帝国軍と戦う資金を稼ぐとか、なんかとても効率がいい気がするね。
そしてより重要な情報の方だけど、帝国のロムス教国討伐軍は四月中には集結を終わり、行動を開始する予定らしい。
問題はその行動がどこに向かうかだけど、『ロムス教国討伐軍』という名前で油断はできない。
本格的に教国軍と戦う前に、まずは目障りな反乱軍を潰しておこうという判断をする可能性も十分あるのだ。
支店長さんを通じて工作を試みているが、悪い事に西方新領総督で西方遠征軍副司令官だったグラファス将軍をはじめ、総司令官だったクシュル侯爵など、旧王都から救出された上級軍人達は軒並み帝国本土に呼び戻されてしまったらしい。
多分敗北の責任を問われるのだろうけど、そのせいで軍の人事が一新されてしまい。支店長さんが今まで築いてきた人脈がほとんど役に立たなくなってしまったのだ。
メープルシロップを使って新しい人脈を作るべく頑張っているそうだけど、新しい総司令官は公爵様だそうで、帝国では皇帝と皇族、そして二人しかいない大公に次ぐ偉い人らしく。占領地の商人程度では、まだお目にかかる事すらできていないそうだ。
元皇帝の俺とはしょっちゅう会って、お茶を飲んだりしてるのにね。
――まぁそれはともかく、今帝国で実権を握っている。俺達にとってのラスボスである宰相も家柄は公爵だというくらい、とにかく偉い人らしい。
今回の作戦にかける帝国の本気度が伝わってくるね。
シーラは、父親の直接の仇であるグラファス将軍が帝国本土に呼び戻され、戦えなくなってしまったのを残念そうにしていたが、多分そのうちまた機会があると思う。
今は目の前の事への対応という事で、帝国軍の攻撃を教国に向けさせる方策だ。
志願兵訓練所に俺とシーラ以下、メルツとメーア、エリスとクレアさんという主要メンバーに、部隊長代表でララクと、キサも加わってもらって会議を開き。状況報告の後これからの行動について俺の意見を述べて、意見を貰う。
「…………状況はそんな感じで、帝国軍は四月中に集結を終えて、来月早々にも動き出す可能性が高い。
問題はどっちに向けて動き出すかだけど、こっちに来られたら正直勝ち目がないので、教国軍に向かわせないといけない。
なので、帝国と教国の勢力圏の境目くらいで、教国軍を装って麦刈りをしようと思う。
帝国軍は一応本土から食料を運んできているけど、量は十分じゃない。もう少ししたらこの辺りで小麦が実りはじめるので、それを当てにしている。
そんな状況で教国軍が畑の小麦を奪いに来たら、帝国軍も強めに反応すると思うんだよね。
後はそのまま戦闘状態に入ってくれれば、こちらとしては大成功なんだけど、どう思う?」
……俺の作戦に、最初に手を上げて意見を口にしたのはクレアさんだった。
「趣旨は分かりますが、時期が早過ぎませんか? 小麦は今やっと花が咲く頃です。今から行動に移っても、実行時には未熟な小さい実が入っているかどうかですから、教国軍がそんなものを奪いに来るのは不自然に思えます」
「確かにそうですが、教国軍は冬の間中ずっと食料不足に苦しめられていたのです。お腹を空かせた兵士が未熟な麦の実に手を出しても違和感はないと思いますし、戦術にも敵地に押し入って収穫前の畑を荒らすというものがあるのです。帝国の将軍達はそれだと認識するかもしれません」
勉強中に読んだ兵法書にそんな戦術が書いてあったし、たしか元の世界にも『青田刈り』っていう似たような戦法があった気がする。
戦いをする上で食べ物はとても重要で、それに手を出されたら中々黙っていられないものなのだ。
「なるほど、嫌がらせの要素もあるという事ですね」
「そうですね。帝国軍八万はかなりの大軍です。住民がいなくなった分収穫量には余裕があるかも知れませんが、世話をされていない分収量が減るので、実際の所は分かりません。
その不安は帝国軍も抱いているでしょうから、自分達の分として当てにしている畑を荒らされれば、過敏に反応するはずです」
そう説明して納得してもらった所で、今度はメルツが手を上げる。
「具体的な場所はどの辺りをお考えですか? あまり北部解放区に近いと我々も戦いに巻き込まれる事になりかねませんが、遠いと移動に困難が生じます」
「解放区の境界から、二・三日南下した場所を想定してる。
帝国軍は後方拠点になる街に大軍を集結させていて、まとまって動かすつもりみたいだから、国境……とは違うかな? 境界警備に部隊を配置したりはほとんど行っていない。
また奇襲を受けないように偵察隊を出している程度で、それだけかわせば潜入は難しくないと思う。
直接戦うのが目的じゃないから、敵に見つからずに畑だけ荒らして帰還して、後日その現場を偵察隊に見つけてもらうのが理想だね」
俺の言葉に、今度はシーラが手を上げた。
「この作戦は人選が難しいと思います。上手くいけば成功体験になって兵の士気も上がるでしょうが、農村出身の志願兵にはそもそも畑を荒らす行為に抵抗を感じる者も多いでしょう」
「そうだね……メルツ、メーア、ララク。その点を考慮して人選をお願いできる? 100人の部隊を20隊でいこうと思う」
「承知しました」
三人が了解の返事をしてくれた所で、他に意見がないか確認してみたけど誰も手を上げなかったので、この作戦でいく事が決定した。
準備が整い次第出発する事になり、全員が慌しく作戦準備に取り掛かるのだった……。
帝国暦168年3月15日
現時点での帝国に対する影響度……0.5821%(±0)
資産
・5500万ダルナ(-3340万)
・エリスに預けた反乱軍運営資金 849万ダルナ(-2921万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




