167 偽装工作
帝国軍の騎兵隊が俺達の方に向かってくるかも知れないという情報を得て、俺は急いで北へと戻る。
道中色々対策を考えた結果、馬を操るシーラに志願兵の訓練所に向かってもらうようお願いし、到着したら迅速に反乱軍隊長であるメルツと副隊長のメーアを呼び出す。
シーラも加えた四人で緊急会議だ。
ちなみに内緒の会議なので。隠し事が苦手なエリス父には秘密である。特に今回は、エリスにも知られたくない話だからね……。
そんな訳で、人に聞かれないよう見晴らしのいい草原の真ん中に出向き、シーラに周囲を警戒してもらう。
大空の下の開放的な空間で、あまり密談をする雰囲気ではないけど、人が近付いて来たらすぐ分かるという意味では、密室とかより内緒話に向いていると思う。
そんな訳で見た目は完全にピクニックな中、雰囲気は真剣に帝国の騎兵隊が来るかも知れないという話をし、対策を話し合う。
とりあえず警戒態勢を取って来襲に備えてもらうとして。それ以外に俺の提案としては、ここに食料があるから奪いに来るのだから、それをなくしてしまう。少なくとも、ないと思わせるのが有効だと思う。
食料に余裕があるなら比較的簡単に奪う事ができるけど、余裕がなくて命に関わる状況なら、今教国軍が旧王国西部で直面しているみたいに奪われる方も命がけで抵抗するので、苦労と損害が多い割に成果が上がらない事になる。
帝国軍本隊がやるならともかく、機動力が売りの精鋭部隊である騎兵隊がやるのは、あまりに非効率だ。
だから食料を奪うのが難しいなら積極的に攻めてくる理由はないし、放っておけば自滅すると思ってくれる可能性すらある。
このタイミングでの攻撃を回避できれば、あとは今までの計画通り、いつでも滅ぼせる俺達よりも強敵である教国に注意を向けるように工作すれば良いのだ。
問題はここに食料がないと思わせる方法だけど、支店長さん経由の情報では弱いと思う。
と言うか、支店長さんも裏取りくらいするだろう。
なのでもっと信頼性のある手段で情報を伝えるべく、俺はメルツに視線を合わせて言葉を発する。
「メルツ、訓練所に捕虜にした帝国兵が100人ちょっといるじゃない。彼等の食事を半分に減らす案についてどう思う?」
俺の言葉に、隣にいたシーラが一瞬視線を険しくし。メーアは悲しそうな表情を浮かべたが、メルツはじっと考え込み、落ち着いた様子で言葉を発する。
「捕虜達に北部地区に食料がない事の証人になってもらおうという事ですね。ですがそれをやるなら、彼等の監視役にも同じ境遇を味わってもらう必要があります。でないと捕虜達はただ自分達の待遇が悪いだけだと思うでしょう」
おお、さすがメルツ。謀略にも通じるようになってきたね。反乱軍隊長として実に頼もしい。
「うん。だから空腹に耐えて、実際に痩せて見せるくらいの体を張った演技ができる人を選抜して欲しい。そしてできれば、私情を捨てて捕虜に優しくできる、精神面でも演技派な人だともっとありがたい」
「なるほど、捕虜を逃がす時の事も考えてですか……わかりました。志願兵の中には前職が劇団員だった者もいます。彼等を中心に選抜しましょう」
「ありがとう。帝国の騎兵隊は旧王都から偉い人達を救出した後、近くの街で一旦休んでから後方拠点の街に戻って。来るならその後態勢を整えてからだと思う。
偉い人達の護衛をほったらかして北に向かって来る事はないだろうから、日数的にはちょっと余裕があるはずだ。
ざっくりだけど、解放まで20日間くらいの予定でやってみてくれる」
「承知しました……解放方法はどうしますか?」
「外が見えないようにした馬車を用意して、それに乗せて帝国の支配圏まで運んで解放でいいと思う。
捕虜の世話担当の人に表向き捕虜と仲良くなってもらって、『食糧事情が悪くて捕虜を養う余裕がないから、近いうちに処刑する事になった。それはあんまりなので逃がす算段をした。見つかったら殺されるから馬車の中に隠れているように』とでも言ってもらえば、移動中も自分から外を覗いたりはしないと思う。帝国兵が嫌われているのは本人達もよく知ってるだろうからね」
「了解しました、ではそれで算段を整えます」
「うん、よろしくね。この事は最小限の人以外には内密に。クレアさんはいいけど、できればエリスにも秘密にしておいて」
「承知しました……が、エリス殿には話してもいいのではありませんか? あの方はまだ幼いですが、これくらいの謀略なら受け入れる度量をお持ちだと思いますが」
……うん、多分そうなんだろうけどね。
エリスは今年17歳になるので、この世界ではもう立派な成人だ。おまけに年齢以上に大人びているので、ちゃんとした理由があれば『捕虜を意図的に飢えさせるのはかわいそう』なんて言わないだろうし、目的も理解してくれると思う。
――ただ、どうもエリスは出会った頃のかわいい子供のイメージが抜けないんだよね……。内面はともかく外見上はあまり成長していなくて、実年齢に比べて幼く見えるのも影響していると思う。
あと、褒められるのが好きで甘えん坊な所もだ。
だけど、メルツからも敬語を使われるくらいに優秀な後方参謀と認められている訳で、これ以上子供扱いするのは失礼なのかもしれないね……。
「わかった、じゃあこの後アルパの街へ行って俺から話すよ。エリスも秘密共有枠に加えるって事で了解しておいて」
「はい」
そう打ち合わせを終え、俺はシーラと二人アルパの街へ向かう。
道中二人乗りの馬の上で、いつも俺を前に乗せて後ろから抱くようにして馬を走らせるシーラが、いつもより少しだけ強く。気持ち覆い被さるように俺を抱えてくれた気がしたけど、なにかあったのだろうか?
俺としては、ほんのり温かさを感じて心地よかったし。好きな人に抱かれて嬉しくない訳ないので、とても幸せないい時間だったけどね。
そんなこんなでテンション高めでアルパの街に着き、エリスと会う。
いつも通り嬉しそうに迎えてくれたが『ちょっと真面目な話があるんだけど』と言うと一瞬で表情を固くし、捕虜を使った食糧不足偽装作戦について話をすると、『了解しました。私の方でも食糧不足を装うよう手配をしておきます』と言ってくれた。
その表情は凛々しくて頼もしい後方参謀のものだったけど、目の奥にはどこか喜色が宿っているようにも見えた。
……捕虜を意図的に飢えさせるという、非道と非難されても仕方がない作戦。
参謀は清濁併せ呑めないと勤まらないそうだけど、その『濁』の部分だ。
個人的にエリスを巻き込むのには抵抗があったけど、エリスにとっては巻き込んでもらえて嬉しいという事だろうか?
共犯関係……はちょっと言い方悪いけど、一緒に罪を背負う仲間に加えてもらえたと。一人前の部下として、それ以上の存在となる腹心の部下として認めてもらえたと、喜んでいるという事でいいのだろうか?
――その後、『これからも難しい事とか厳しい事とか色々あると思うけど、エリスの事頼りにしてるからよろしく頼むよ』と伝えたら、目を輝かせて『はい!』と元気よく返事をしてくれたので、多分そういう事でいいのだと思う。
状況は厳しいけど。俺、人にはすごく恵まれているよね。
この仲間達とならどんな苦難も乗り越えていける気がする、実に心強い。
改めてこの世界での出会いに感謝しつつ。大切な仲間を失わないためにも全力を尽くそうと決意も新たに、俺は春に迫った帝国軍の動きに備えるのだった……。
帝国暦168年2月4日
現時点での帝国に対する影響度……0.5821%(±0)
資産
・8840万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 6157万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




