162 常在戦場内政官
志願兵訓練所に泊まった翌日。メルツとメーア。兵士の子達を教官として訓練所に残し、俺とシーラは川沿いを北上する。
お昼前には目的地である中州の拠点に到着し。早速クレアさんに会いに行くと、エリスの机の三倍くらいの書類の山に埋もれたクレアさんが顔を上げ、殺気立った視線がこちらに向く。
目の下には濃いクマができていて、ちょっと痩せたように見える。
「ただいま戻りました……クレアさん、大丈夫ですか?」
思わずそう声をかけると、クレアさんは立ち上がって頭を下げた。
「お疲れ様です。ご無事のお戻り、お喜び申し上げます」
「はい……て言うか、クレアさんの方がお疲れじゃないですか?」
「前線で敵と戦う苦労に比べたら、これくらい物の数ではありません」
おおう……なんかあれだね、こういう時にやっぱりクレアさんもあの街の出身者なんだなって思うよね。
戦うとなったら全力投球で、少しの妥協もない。
戦闘民族とまでは言わないけど、激しい気性の血が流れているんだなと実感する。
頼もしくはあるけど……。
「クレアさん、戦いはまだまだ先が長いですから、最初からそんなに飛ばすと倒れちゃいますよ。
のんびりやりましょうとはさすがに言えませんが、持続可能な体力配分でやらないと。クレアさんが倒れちゃったら、それこそ戦力が低下しますから」
「…………」
お、珍しく不満そうな表情だ。
頭のいいクレアさんが理解できないはずはないと思うけど、納得できるかは別の話なのだろう。
「……それは、手を抜けという事でしょうか? 失礼ですが、そんな余裕がある戦いとは思えませんが?」
「言い方は悪いですけど、その通り。手を抜けという話です。
たしかに余裕のない戦いですが、だからこそ休み休み、体力を維持して戦う必要があります。
むしろ、全力疾走で一息に走り抜けられるほど甘い戦いではないとご理解ください」
――正直、クレアさんの気持ちはよく分かる。
強大な敵を相手に、圧倒的に劣る戦力で戦いを挑むのだ。当然全力を出して、全力さえ超えて120%の力で戦わなくてはと、気負ってしまうのだろう。
時にはその熱意も必要で、戦場に臨む兵士達にはそのくらいの気迫を期待したいけど。後方の内政官が常時それでは、さすがに体が持たない。
……多分、クレアさんには焦りもあるのだと思う。
故郷の街は今頃、教国軍の支配下に入っているはずだ。
一応北部解放区に移住を促す手紙は送ったけど、どう対応するかは分からない。
帝国軍侵略の時みたいに、街を挙げて戦うだけの力は残っていないだろうけど、一時的とはいえ街を捨てる決断をしてくれるかは未知数だ。
クレアさんは決断してくれるはずと言っていたけど、絶対の自信はないのだろう。
そしてもし移住してくれたら、それはそれで今度は故郷を解放して、街に帰還させる責任が生じる。
反乱軍の上級幹部をやっているクレアさんとしては、とてもじゃないけどのんびり休んでなどいられないのだろう。
――だけどこの戦いは、短距離走ではなく長距離走。それもとびっきり長くて険しい道なのだ。
マラソンでいきなり全力疾走する人がいないように、最後まで走りきるためには力を八分目に抑えないといけない。
全力疾走では到底もたない険しい道、過酷な戦いなのである。
……クレアさんはしばらくじっと考え込んでいたが、賢い人なので俺の言葉の意味を正確に汲んでくれたのだろう。
腰を下ろして持っていたペンを置き。しばらく天を仰ぐと、少し柔らかくなった声で言葉を発する。
「なるほどよく分かりました。少々気が逸っていたようです、お言葉胸に留めておきます」
「はい、適切に休憩を取るようにしてくださいね。帝国より先にクレアさんが倒れるようでは困りますから」
ちょっと発破をかけるような事を言うと、クレアさんは自分個人と強大な帝国が同列に語られた事に少し苦笑を浮かべ、『アルサル様には敵いませんね』と言うと、穏やかな表情になった。
どうやら説得に成功したようである。ちょっとは軍師らしい仕事ができただろうか?
うちのメンバーは基本血気盛んな人が多いから、俺が手綱を引かないとあっという間に暴走暴れ馬になってしまう。
その代表格みたいな存在であるシーラを横目でチラリと見てから、クレアさんとの情報交換に移る。
基本的な情報はクレアさんとエリスの間で共有されていて、それをエリスが報告書にまとめてくれていたので、改めて聞く事はそう多くはない。
報告書にまだ書かれていなかったここ数日の話を聞き、俺の方も報告をする。
クレアさん担当の内政面は、人員は反乱軍志願兵と同じくらい集まっているものの、子供や老人、軍に行くのは無理だったくらいに体が弱い人、あるいは病人や怪我人なんかもいるので、人数のわりに生産性は高くない。
食糧事情は移住してくる人達が持てるだけ持って来ている事もあって、この冬は越せるだろうけど、来年はどうなるかわからないそうだ。
クレアさんが一番心配しているのもそこで、相談を持ちかけられた。
この世界の主食である小麦は初夏収穫なので、収穫前の冬から春にかけて一番食料が不足する。
来年のその時期を越えられるかが危ういとの事なので、それまでに食料調達の目処を付けないといけない訳だけど……。
周りが全部敵で、しかも人口移動による焦土作戦モドキをやる都合上、外から運んでくるのは不可能だ。
そうなると北部領での生産量を上げるしかない訳だけど……。
ここはきっと、元の世界知識を豊富に持っている俺の活躍の場なのだろう。
『考えてみます』と言って一旦クレアさんの前を辞し、宿泊場所として宛がってもらった小屋に入って検討タイムだ。
クレアさんにも今夜はゆっくり休んでもらうようにお願いし、俺は前世知識を必死に掘り返すのだった……。
帝国暦168年1月12日
現時点での帝国に対する影響度……0.5821%(±0)
資産
・8840万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 7455万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




