161 束の間の穏やかな時間
エリスが運営してくれている志願兵訓練所。
案内されてその本部に行くと、見覚えのある人が居た……エリスの父親だ。
反乱軍の存在が公になった以上、もうエリスの関与を秘密にしておく必要はないので、元冒険者の経験と、宿屋経営の知識を生かして所長をやってくれているらしい。
考えてみれば、宿泊して食事を提供するんだから、訓練所はある意味大きな宿屋みたいなものかも知れないね。
提供しているのは食事じゃなくて食材だけど、調理指導もできるだろうし。
エリス父は俺の顔を見てちょっと複雑そうな表情を浮かべたが、なにも言わなかった。
大切な娘を危険な事に巻き込んだ件について文句を言いたい気持ちがあるのだろうけど、エリス本人がやる気満々だし、エリス父としても帝国に対する反感があるので、文句を口に出しにくいのだろう。
それにこの訓練所の中心を流れている川は、遡ると中州の拠点に繋がっている。
そこにはエリスの母親であり、エリス父の奥さんでもあるエルフのティアナさんがいて、森で狩った魔獣を筏で運んで、定期的に届けてくれるのだそうだ。
エルフだとわからないように頭に被り物をしているらしいけど、部屋に入ってしまえばそんなの関係ない。
ティアナさんはエリスとは定期的に会っていたけど。反乱軍の事が秘密だった都合上、エリス父とは最初の一回以来会う事がなかった。
それが今は定期的に会う事ができるようになり、魔獣の肉を運んできた日は訓練所で一晩泊まっていくらしい。
ティアナさんはエリスの事を溺愛しているけど、エリス父の事も、村の掟を破って追放覚悟で結ばれたくらいに好きなのだ。
一方でエリス父も、一時はもう二度と会えないと覚悟していたのに再婚を考えなかったくらいに、ティアナさんの事を愛している。
定期的にティアナさんと会えるこの状況を作り出したのはある意味俺の功績なので、余計に文句を言いにくいのだろう。
そして、相思相愛の二人が一晩一緒に過ごすとなると……これは近い将来、エリスに弟か妹ができるかも知れないね。
今は反乱軍と元ジェルファ王国民の運命がかかった大事な戦いの最中だけど、エルフのティアナさんにはそんな事関係ないし、関係ないのに協力してくれているんだから、見返りはあってしかるべきだ。
個人的には大いに応援するので、エリス弟か妹の誕生に期待大である。
殺伐とした戦いの中で、暖かい話にちょっと幸せな気持ちになれた事に感謝しつつ。エリス父から訓練所についての話を聞く。
エリスは基本アルパの街にいて、食料や物資の手配と志願してくる人員の把握、訓練や作業内容の計画と指示なんかをやっていて。ここではエリス父と馬不足で遠征に加われなかった兵士の一部が、運営と指導をやっているらしい。
ティアナさんは上流の森で魔獣を狩り、木を切って組んだ筏を複数作ってロープで繋ぎ、獲物と筏作りで出た枝を山と積んで、ここまで運んでくる。
陸揚げした後は魔獣は食料に、筏の木材は建築資材に、枝は燃料にと無駄なく利用され。ティアナさんはここで一泊した後、歩いて上流に帰っていくのだそうだ。
上流にある中州の拠点にいるクレアさんとの間で手紙も運んでいるそうで。志願兵達からは『来るたびに運営所長と夜遅くまで情報交換をしていく偉い人』と認識されているらしい。
実際なにをしているかは……訊かないでおこう。
――とりあえず訓練所の運営は上手くいっているようで、訓練の内容も見せてもらったけど、まずは基本の体力作り。そして行軍や野営の仕方、武器の扱い方や手入れ、騒々しい戦場での合図に使う、笛や太鼓の音と命令の意味なんかを教えていた。
訓練の様子を見るシーラがなにやらうずうずしている様子だったけど、シーラの出番になるだろう実戦想定の訓練はもうちょっと先になると思う。
とりあえず今は、メルツとメーア。一緒に遠征に行った兵士の子達に教官として加わってもらい、基礎を身につけてもらうのが先決だ。
ちなみに、訓練用の槍が意外と数揃っているなと思ったら。エリスがずっと前から、いつか反乱軍を起こすなら必要になるだろうと少しずつ買い溜めてくれていたらしい。
毎月貰っている支出明細にそんな項目はなかったと思うけど、もしかして報酬や宿を拠点として借りている代金から出してくれていたのだろうか?
だとしたら、もうホントにいい子だね……。
ちょっと涙が出そうになりながら、今度会ったら入念にお礼を言おうと心に誓う。
そんなこんなで訓練の見学を終え、反乱軍隊長であるメルツに挨拶をしてもらい、俺達の事も紹介してもらった。
シーラは身分を隠すために、C級冒険者でメルツの補佐として紹介され。俺は元帝国皇帝という事は全力で隠しつつ、反乱軍参謀として紹介された。
外見が子供である事に戸惑う様子を見せた人も多かったが、これはしょうがない。少しずつ実績を積み上げて納得してもらうしかない。
とりあえず指揮官組の権威付けと志願兵達の士気高揚のために、志願兵の中から希望者を募ってシーラと模擬戦をやってもらい、教官代表としてララクとシーラの模擬戦も披露した。
志願者からはなるべく見栄えするように腕自慢らしい大男を選び、一対一を二戦、一対二を二戦、一対三を一戦やったけど、全部シーラの完勝に終わった。
単純な力だけならシーラより上の相手も多かったと思うけど、子供の頃から軍人として鍛えられ、鍛錬を積み重ねて実戦も多く経験しているシーラ相手では、力だけの素人では到底太刀打ちできないらしい。
正直、俺もびっくりの圧倒的な戦力差だった。
シーラが華麗な槍さばきで大男をいともあっさり打ち倒したり、二対一や三対一でも鮮やかにあしらって勝利を収める光景は、単純にショーとしても見事なものだったし。一見弱く見え、数にも劣る側が強敵を打ち倒すという構図は、俺達反乱軍が強大な帝国や教国と戦う上で、とても勇気付けられるものだったと思う。
そして最後に行われたララクとの戦いは、一見子供のララクがそれまでの大男達以上に力強くシーラと打ち合って見せ。目を奪われるような見事な戦いは志願兵達を大いに湧かせ、少年兵達の教官としての技量に信頼を寄せてもらう効果も大きかったと思う。
信頼を得ると同時に士気も高まり、上々の成果を得て顔合わせを終え。俺に対する信頼だけ特に上がっていない事に目を瞑りつつ、その日は訓練所に一泊する事になった。
翌日は北に向かい、クレアさんを訪ねる予定を立てるが。シーラは夜遅くまで希望者相手に訓練をつけ、実に満足した表情で戻ってきた。
志願兵達はまだまだシーラが求める技量には届いていないだろうけど、溢れる熱意と向上心がシーラを満足させたらしい。
『この部隊は急速に強くなりますよ』と、満面の笑顔でお墨付きを頂いた。
嬉しそうなシーラの様子に俺も嬉しくなって、その夜は一時厳しい状況を忘れ。穏やかな気持ちで眠りにつくのだった……。
帝国暦168年1月11日
現時点での帝国に対する影響度……0.5821%(±0)
資産
・8840万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 7455万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




