160 移住と志願
旧ジェルファ王国東部を回り、残存帝国兵の排除と反乱軍への協力。俺達が管轄する北部への移住呼びかけを終え、一か月以上ぶりにアルパの街へ帰ってきた。
……のだが、あまり人口が増えている感じはしない。と言うか、むしろ減っている気がする。
もしかして移住希望者全然いないのだろうかと不安になりながらエリスの元へ行くと、エリスは机に山と積み上げられた書類の山と格闘中だった。
「――あ、アルサルさんお帰りなさい!」
俺の姿を見るや忙しそうな仕事の手を止め、立ち上がって駆け寄って来る。
相変わらず懐いていてくれて嬉しい限りだけど、ちょっと恥ずかしいね……と、そんな場合じゃない。現状を確認しないと。
「可能な限りの街を回って移住を呼びかけてみたんだけど、もしかして人集まってない?」
「いえそんな事は……ああ、街の様子を見てそう思われたのですね。大丈夫です、反乱軍に志願した人達が別の場所で訓練を受けているのと、移住者の受け入れ準備に向かっている人が多いので減って見えるだけです。
移住希望者は大勢来ていますよ。少なくとも北部領に近い街からは100パーセントに近い数になると思います。
反乱軍の人気はすごくて、子供やお年寄り、女の人まで続々志願してくるくらいです。生産に当たってもらう人員を確保するのが大変だって、クレアさんが言っていました。
そちらに報告書をまとめてありますから、お時間のある時に読んでみてください」
そう言ってエリスが指差す先にあったのは、分厚い辞典くらいある紙の束。
ちょっとたじろいでしまうが、エリスが処理している書類の山に比べたら可愛いものなので、がんばって読む事にしよう。
そう覚悟を決めて一番上の一枚を手に取ると、背後からエリスの声で『あ、紙を節約するために裏表両方に書いてありますから気をつけてくださいね』と、読む量が一気に倍に増える魔法の言葉が聞こえてきた。マジか……。
一瞬心が折れかけたものの、報告書は丁寧にまとめられていて読みやすく、親切な事に目次までついていた。
細かい几帳面な字で描かれているのがなんともエリスらしく、ちょっと和んでしまう。
もっとも、細かい字なのは『紙とインクがもったいないから』というリアルな事情だと聞いた記憶があるけどね……。
エリス、俺と出会わなかったら優秀な宿屋の女主人になれたんだろうな……と思ったけど、そういえばエリスは母親であるティアナさんの影響で半分エルフの血が入っていて、エルフ特有の緑色の髪をしているせいで街の人達から距離を置かれていたんだったね……。
今はそれなりに馴染んでいるようだし、遠くの街の人はそもそもエルフの存在自体を知らない事が多いので、ただの珍しい髪色だと思われているみたいだけどね。
念のためこれからも気をつけて見ていようと思いながら、ともかく報告書を読み進める。
それによると、現時点での移住者は2万7568人。反乱軍への志願者と生産に当たってもらう人に分かれ、前者は後方参謀であるエリスが、後者は民政担当であるクレアさんが担当してくれている。
それぞれを更に特技や年齢などで分け、軍志願者はアルパの街から西に行った草原に訓練キャンプを作ってそこに収容し、訓練をはじめている。その数1万4377人。
生産に当たってもらう人は本人の希望や前職によって各街や村に分かれ、新しい開拓村の建設にも着手しているらしい。
移住先。特に村では以前からの住民との間で多少の軋轢や問題も生じているようだけど、そこはクレアさんの調整能力と、とにかく全員帝国と教国が嫌いという一点で折り合いをつけて、それなりに上手く回っているようだ。
以前のジェルファ王国民は基本反教国で、帝国には概ね好意的だったらしいのに、侵攻と二年間の占領でずいぶん変わったものだ。
……まぁ、やった事を考えれば仕方ないのだろう。
そんな事を考えながら報告書にざっと目を通し終え。詳しくは時間がある時に読む事にして、とりあえずエリスとクレアさんは死ぬほど忙しそうなので、全員を集めての会議は見送る事にした。
代わりにクレアさん宛にねぎらいとこちらの報告を書いた手紙を送り、エリスには時間を取ってもらって話をし、同じくねぎらいの言葉をかけると、満面の笑顔を浮かべて喜んでくれた。ホントにかわいい。
その後は、アルパの街の西にあるという反乱軍の訓練所に向かう。
本格的に反乱軍を起こしたので、この先は戦力の拡充がなにより重要だ。
そしてその戦力の大半を占めるのは、これから会う志願兵達なのである。
帝国軍も教国軍も、兵数で見ればその大半を占めるのは徴兵された一般人だ。
こちらと質的には同じだし、士気が高い分こちらが有利でさえあると思う……教国軍の士気に関してはちょっと分からないけどね。
問題があるとすれば、志願兵達の指揮官になるのが一見まだ子供な兵士達という点だ。
一応この数年で指揮官ができるように鍛えてきたつもりだけど、志願兵達にとっては子供が指揮官というのはどうにも不安だろう。命令される事に反発する人もいるかも知れない。
そこをなんとか上手くまとめるのが軍師である俺の仕事な訳だけど……大変そうだよね。
そもそも、軍師である俺が外見上一番子供だし……。
あれこれ策を考えながら、シーラと同じ馬に乗って西へと向かう。
シーラはいよいよ本格的な軍を組織するというので、とても嬉しそうだ。
この期待を失望に変えないためにも、頑張らないとね。
そう決意を新たにし、訓練キャンプへと到着する。
志願兵の訓練所は、もう人目を憚る必要もなくなったので街道沿いに堂々と作られていて、川と道が交わる所に簡素な小屋とテントが、はるか彼方までずらりと並んでいた。
歩哨と言う、訓練所の入口にいる見張り兼受付みたいな人にエリスからの手紙を見せ、中を案内してもらう。
入り口と言っても訓練所全体が柵で囲われている訳ではなく、西と東に一か所ずつ設置されているだけみたいなので、メインの仕事は受付なのだろう。
訓練所の編成は実戦準拠で、志願者はまず男女に。そして年齢別、体力別に分けられていて、10人1組の小隊、10小隊100人の中隊、10中隊1000人の大隊と綺麗に編成されている。
パッと見た感じみんな元気そうで、食料も行き渡っているし、諍いも起きていないようだ。
各小隊ごとに警備・炊事・訓練所の設備建設・その他作業と役割がローテーションで回るようになっていて、中隊単位、大隊単位で成果を競い合うようになっている。
性別や年齢、体力で分けられているので、普通に考えれば女性や年長者は不利だけど、そこは全員戦いを志願してきているだけあって、『女だからってナメるな!』『若い者には負けんぞ!』『女や年寄りに負けていられるか!』と、いい感じに競争意識が働いて、作業は大いに捗っている様子だ。
小屋やテントを作る資材の調達、食料の供給と合わせて後方参謀のエリスにお願いしておいた事だけど、完璧な仕事……いや完璧を通り越して、120パーセントの仕事だね。
後方参謀としての勉強をしてもらっていたし、賢い子だと思っていたけど、まさかここまで完璧にこなしてくれるとは思わなかった。
エリスの思わぬ才能に感心しつつ。助かるなと思いながら、俺は訓練所の本部へと案内されるのだった……。
帝国暦168年1月11日
現時点での帝国に対する影響度……0.5821%(±0)
資産
・8840万ダルナ
・エリスに預けた反乱軍運営資金 7455万ダルナ(-1438万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍影の部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍名目上部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍副部隊長・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍後方参謀 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・反乱軍支配地内政担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の拠点運営担当 月給12万)
元孤児の兵士達103人(部下・月給3万 兵士97人 北の拠点の船舶担当5人 医療班1人)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




