16 西の隣国
逃亡生活二日目以降は、順調に事が進んだ。
シーラは本当に乗馬が上手で。俺を前に乗せ、自分は荷物を背負った状態で巧みに馬を操って見せる。
長距離移動なので早駆けはせず、馬のペースで歩かせるだけだが、それでも俺の早歩きよりもかなり速いし、体力を消耗しないのがありがたい。
若い体になったとはいえ、この体はあまり体力がないようだからね。
シーラは定期的に水場を見つけて馬を休ませ、自分は弓を手に狩りに行ってくれる。
狩りの成功率ってあまり高くないイメージだったのだが、シーラは5回に4回は鳥か小動物を狩って来てくれ、水に漬けておいた麦と野草も一緒に煮て、スープのような、雑炊のようなものを作ってくれる。
この世界でも生水を飲むのは危ないらしく、ごはんの時に多めの水分を摂っておくのが旅の知恵だそうだ。父親と行軍の訓練をした時に覚えたらしい。
ちなみに本人いわく、『後宮暮らしで弓の腕が鈍った』との事だ。
以前なら外さなかったような獲物を射ち漏らしたそうで、本気で悔しがっていた。
俺としては悔しがるシーラもかわいいし、年相応の少女らしい感情を見せてくれるのが嬉しくもある。一日中復讐の事ばかり考えているのは悲しすぎるからね。
獲物が獲れなくても料理には干し肉が入るので、ちょっと硬くなるだけで特に問題はない。
元々シーラの料理は、この辺りでは貴重らしい塩を贅沢に。他の香辛料も適宜使っているので、そこらの街の食堂よりも美味しいくらいだからね。
……そんな感じで旅は案外快適に進み、野営もしたがシーラが手際よく準備を整えてくれたのと、寒くない季節だったのも幸いして、ちょっとしたキャンプ気分で過ごす事ができた。
念のため道中ずっと女の子の格好をして過ごしていたので、ちょっと女装癖が芽生えかけた以外は特に問題のない旅を20日ほど続け、俺達は無事隣国へと脱出する事ができたのだった。
国境の関所みたいな場所はちょっと緊張したけど、街の入口を大きくしたようなもので、通行料さえ払えば問題なく通過できた。
通行料が高かったのと、両方の国に払わないといけないのが微妙だったけどね……。こんな制度だから地元の産物以外が高価になって、みんな塩分控えめの味が薄い料理を食べないといけなくなるのだ。
全くこの国の王はなにをやって……はい、ちょっと前まで俺でしたね。
王宮の更に奥の後宮にいては分からない事が、こうして実際に旅をして街を巡ってみるとよく分かる。貴重な経験だよね。
……逆に王宮で政務とかしていると、財源不足で逆の事を考えたのかもしれない。俺は政務に関わる事はなかったけどさ。
そして財政以外にも、途中で幾つもの街や村を通ったが、領主の統治能力のせいなのか、あるいは元々の環境によるものなのか、栄えている場所もあれば貧しく寂れている場所もあって、色々考えさせられた。
治安の悪い街もあって、荷物を盗まれかけたり、一度は5人組のチンピラみたいなのに囲まれた事もあったが、その時はシーラが剣を振るって、あっという間に全員を地面に転がしてしまった。
本当に頼りになるし、カッコイイ。
そんな訳で、西の隣国。ジェルファ王国と言うらしい場所にたどり着いた俺達は、一息ついて今後の方針を考える。
究極の目的は宰相の打倒だけど、いきなりそれは無理なので、まずは生活基盤と財源の確保。次に仲間を集めて軍を組織と、段階を踏まないといけない。
屋台で買ったあまり美味しくない料理を食べながら、人気のない所で密談をする。
「とりあえず隣国への脱出には成功したけど、これからの行動についてシーラはなにか意見とか希望とかある?」
「そうですね、まず本拠を置くのに国境の街は危険すぎます。いずれ前進拠点を構えるにしても、本拠はもっと奥まった場所を選定するべきでしょう。
次に財源ですが、持ち出した宝石は大きな資金源となりますが、継続性がありません。定期的な収入を得られる手段の確保と、人材も集めたいですね。
具体的な手段としては、冒険者をやるか商会を運営するかでしょうか」
おおう……道中ずっと考えていたのだろうか。思いっきり具体的な話が出てきた。やる気満々だな。
「冒険者ってそんなに儲かるの?」
「程度によりますが、大きなパーティーであれば貴族からの依頼も受けますし、戦いの時には軍の一部として協力を求められる事もあります。私の父も、領内の有力パーティーの長とは懇意にしていました。資金・人員・人脈と、必要な全てを集める事が可能ではあります」
おお、なるほど。それはいいかもしれない。
でもシーラ自身が『可能ではあります』と表現したからには難易度は高いのだろうし、それだけで宰相と戦う力を蓄えるのは難しいだろう。
だけど、当面の目標としてはいいと思う。
もう片方の商会の運営は、俺も考えて道中なにか商材になりそうなものを探していたのだが、中々難しそうだった。
この世界の文明度はどうやら江戸時代後期くらいあるようで、高価ではあるけど石鹸もメガネもあったし、千歯こき的な脱穀機もあったし、麦の輪作も行われていた。
ちょっと違ったけど将棋みたいなゲームもあったし、『元の世界の知識でこの世界にないもの作って大儲けだぜひゃっはー!』みたいな事はできそうにない。
糸や布は高価だったので、紡績機や織り機みたいな物は需要があると思うけど、そこまでいくと俺が構造を知らないからね。
一応なんか特殊能力とかないかなと思って、シーラが狩りに行っている間に『ステータスオープン!』とか言ってみたけど、何も起こらず。近くで草を食べていた馬に、かわいそうな奴を見るような目で見られただけだった……。
ちなみにこの馬はシーラによって『シルハ』と命名され、かわいがられているし、よく懐いている……シーラにだけね。
俺の事は『シーラが頼むから仕方なく乗せてやっている』という感じで、シーラがいない時には触らせてもくれない。
まぁそれはいいんだけど、とりあえず現状、商会を開ける当てはないという事だ。
どちらかと言うと冒険者はシーラ向きで、俺が役に立つとしたら商会の方だと思うので、これからも商売のタネを探しつつ、当面はシーラのお世話になるしかない気がする。
「うん、わかった。じゃあもう少し国境から離れた街に移って、冒険者を始めようか」
「はい」
話はすぐに決まり、俺達は旅を再開する。
地図を買って場所を検討した所、王都は帝国からの使者が来るかも知れず。万一使者が俺やシーラの顔を知っていたら困るので、王都からも国境から王都への道からも外れた、北部の街を選ぶ事にした。
幾つか街を巡って治安や景気がいい場所を選ぶ事にし、俺達は進路を北へ向けるのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・209万6580ダルナ(+38万2980)
・宝石を散りばめた犬のぬいぐるみ(ちょっとハゲてきた)
配下
シーラ(部下)