154 遅い情報
西部国境近くの街でロムス教国軍の奇襲があってから11日。俺達はやっとの思いで中州の拠点に帰り着いた。
幸い戦闘に巻き込まれる事はなく。メルツとメーアの馬も含めて全員無事に帰還できたけど、正直気が気ではない日々だった。
なにしろ情報が全くなかったからね。大きな事態が進行しているのに、状況が全く不明だったのだ。
そんな訳でとにかく今の俺は、情報を渇望している。
中州の拠点の主であるクレアさんに訊いてみるが、教国侵攻の情報はまだここまで届いていなかった。
西部国境からはかなりの距離があるからね……俺達は遠回りして道以外を通ったとはいえ、かなり急いだので民間レベルではまだ情報が広まっていないのだろう。
とりあえず教国が侵攻してきたので、万一の場合にはここを引き払って北の拠点に逃げる準備をお願いし。それまでは今まで通り訓練を続けてもらう事にして、俺とシーラは一番新鮮な情報が取れそうな場所。塩を卸している商会の支店長さんの元へと向かう。
道中様子を観察してみたが、街の様子はおおむね平穏。西へ向かう帝国軍の部隊も見かけた。
とりあえず差し迫った脅威はないような気もする……けど、油断はできない。
帝国がジェルファ王国に攻めてきた時の事を思い出すと、俺達が帝国軍が攻めて来るという情報を知ったのは前日の事で、それまでは何の変化もない平和な日常だったのだ。
あの時は帝国軍の侵攻速度が速かったのと、領主は情報を得ていたけど、それを一般に公開しなかったのだ。
今回も奇襲だったので最初の内は侵攻速度が速いだろうけど、さすがにどこかで鈍ると思うし、あの時のアルパの街は比較的帝国との国境に近かったけど、今回は遠いので、さすがに直前まで気付かない事はないと思う。
だけど、情報が一般に公開されずに秘匿されている気配は今回もする。……そりゃまぁ、『奇襲を受けて大損害です』なんて情報を、占領軍がわざわざ発表する訳ないんだけどさ。
そんな訳で危機感は消えないまま、支店がある街に到着して支店長さんに面会を申し込むと、しばらくして現れた顔には寝不足と焦燥の色が漂っていた。
どうやら状況はあまりよくなさそうだ……。
俺は挨拶もそこそこに、早速本題に入る。
「ロムス教皇国が攻めてきたそうですね」
「――ご存知でしたか。はい、五日前に第一報が入った所ですが、相当大規模な侵攻であるようです」
「状況はどんな感じですか?」
「……これは他言無用でお願いしたいのですが、現在入っている情報ですと国境付近にいた部隊はほぼ壊滅。西方遠征軍副司令官を命じられていたグラファス総督は行方不明。
他にも西方新領駐留軍の主だった将軍達も、ほとんどか戦死か行方不明だそうです……」
「それは……大損害ですね」
「はい、今まで築いてきた人脈がほとんどパァですよ……」
――お、そっちの意味で取ったか。
俺は帝国軍の戦力という意味で言ったんだけど、さすが商人だね。
「それで、教国軍はどこまで攻めてきていますか? 私としては西部で商売ができなくなると困るのですが」
「10日前、開戦五日目の状況として聞いている範囲では、北路・中央路・南路全てで大規模に国境を突破し、相当奥深くまで侵攻してきているようです。
前線は大混乱で、正確な前線の位置は多分帝国軍でも把握できていないでしょう。
西部国境は遠いのでどうしても情報は遅くなりますが、少なくとも当面西部での商売など、思いも寄らない事でしょう……」
おお、負けている情報までちゃんと取れているんだね。これはすごい。
「それは困りましたね……改善の見込みはありますか?」
「全く立ちませんね。実は帝国の方でも教国を攻めるべく、戦力を集めていたのです。
ですが敵に先手を取られ、国境に集結していた第一陣は奇襲を受けて撃破され、集めていた装備や食料も奪われたようです。
さらに悪い事に、帝国本土からの増援部隊は一旦帝都に集結してから派遣されて来る形ではなく、指定された西部国境の街に現地集合の形だったようなのです。
そのせいで領主軍は相当数が小部隊のまま各個に撃破され、かなりの損害を出しているようです。
旧王都に兵力を集中させ、そこで敵を迎え撃とうとしているようですが、部隊の掌握さえ満足にできていないのが現状であるようです」
「帝国本土からの援軍がどのくらい来るかって分かります?」
「西方新領ではそれなりの情報網を築いたつもりでいますが、帝国本土に関してはまだ親しい有力者はほとんどいません。
例の帝国本土で塩を売っている新商会も、まだ地元の領主と関係を持ち始めた所ですから、有力な情報はほとんど取れません。
西方新領の将軍から、『総司令官のクシュル侯爵以下、数万の援軍』と聞いているのが精々です」
そうか……そういえば、西方新領のグラファス総督は、西方遠征軍の副司令官だって言ってたね。総司令官は別の人か。
反乱軍に手を焼いたせいで評価が落ちていると聞いたけど、その影響だろうか?
そしてクシュル侯爵か……皇帝の記憶まで辿っても知らない人だ。て言うか、皇帝の記憶にある貴族なんて宰相くらいだけどさ。
シーラだったら知っているだろうか? 後で訊いてみよう。
……とりあえず、ここで聞ける情報はこれで全部だろうか? ……あ、そうだ。
「支店長さんはこれからどうするつもりですか?」
「答えにくい事をお訊きになりますね……せっかく商売の下地を築いたこの場所です。可能な限りはここに留まるつもりですよ」
「ここまで教国軍が攻めてきた場合は?」
「商人は戦えませんからね。帝国本土へ逃げるか、教国の支配下でやり直すか……どちらも難しそうですがね」
そうだよね……西方新領では有力者と深い繋がりがあったとはいえ、その有力者はほとんど戦死か行方不明。帝国本土にはあまり伝手もない様子だ。
帝国への亡命は難しいだろうし、教国の支配下でやり直そうにも、全てを失ってまた一からになる。おまけに、教国の支配下で今まで通りの商売ができる保証もない。
そりゃ表情も冴えないよね……と心の中で同情していると、支店長の方から言葉を発してきた。
「貴方はどうなさるのです? 商売の拠点を移したり、仕入れに問題が出たりしますか?」
おお、さすが商魂たくましいね。
そうだよね、可能な限りここで粘ると言っても、俺が卸す塩がないと利益大幅減だもんね。
俺がどこかに拠点を移すと答えたら、一緒についてくる事まで考えているのだろう。
「この辺りまで戦場になるとかでなければ、場所を移る事は考えていません。仕入れも今の所はできています。これから危なくなるようであれば、急いで可能な限りの量を手配しようと思っています」
「それは助かります。戦争となると物の値段が上がりますから、今より高い値段で買わせて頂きますよ」
俺の答えは多分、支店長さんが一番聞きたい言葉だっただろう。
帝国軍は奇襲を受けて集めていた食料の大部分を失ったという話だったから、当然塩も不足するだろう。
商人にとっては、ピンチもチャンスなんだろうね。本当に逞しいなぁ。
……とりあえず、現状の情報は入手できた。
この先毎日戦況の推移をエリスの宿宛に届けてくれるようお願いするが、この街からアルパまで馬で四日ほどかかるので、王都から支店長の元へ情報が来る時間も考えると、10日以上遅れての情報になってしまうだろう。
もどかしいけど、通信手段が未発達なこの世界ではいかんともしがたい。
ともかく情報を手に入れた俺は、これからの対応を検討するべくアルパの街でエリスを回収し、中州の拠点に戻って会議を開くのだった……。
帝国暦167年11月17日
現時点での帝国に対する影響度……0.3921%(±0)
資産
・9215万ダルナ(-23万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 303万ダルナ(-815万)@月末清算(現在10月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
三期生63人(月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)
誤字報告を沢山くださった方ありがとうございます。こっそり修正しておきました。
誤字脱字沢山でお恥ずかしい……。




