152 予期せぬ事態
遊牧民の集落に来たついでに、来年分の馬繁殖所の運営費1200万ダルナを払い、馬32頭を馬具付き4480万ダルナで購入して、キサの誘導で中州の拠点に連れ帰る。
来年には冒険者養成所三期生。クレアさんの故郷の街の孤児達63人が兵士として一人前になる予定なので、その子達のための馬だ。
さすがに一度に63頭はキサでも面倒見ながら移動するのは辛いと思うし、そもそもまだそれだけの数が揃っていないようなので、今回は半分となった。
キサ父が他の遊牧部族からも馬を買い集めてくれているそうで、結果として遊牧民全体の生活安定にも貢献しているらしく、お礼を言われてしまった。
そしてそれがキサ父の影響力拡大にも貢献しているらしいけど……もしかして、草原の遊牧民を統合する一大勢力になっちゃったりするのだろうか?
頭の中に『チンギスハン』という名前が浮かんでくる……うん。仲良くするように努力をしよう。
そんな事を考えながら中州の拠点に帰還し、二段階目の作戦に向けた準備にかかる。
二段階目の作戦は大まかに言うと、
・帝国軍を西のロムス教皇国に攻め込ませる
・双方が疲弊した所で帝国遠征軍の後方に当たる旧ジェルファ王国領で再び反乱軍を起こす
・遠征軍の後方を遮断して補給や援軍を断ち、孤立弱体化させつつ、今度は大々的に仲間を集める
・戦力が増えたら遠征軍を教国と挟み撃ちにする形で背後から攻撃し、殲滅する
・消耗している教国と和平を結んで後ろの安全を確保し、帝国本土と対峙する……
という計画だ。
どこまで予定通りに行くかは分からないけど、戦力で圧倒的に劣る俺達が、なんとか帝国と戦う事ができる可能性がある作戦だと思う。
そんな訳で作戦の準備に取りかかり、兵士のみんなには来年以降戦力化予定の冒険者養成所三期生のみんなの教育と訓練に当たってもらい、俺とシーラはメルツとメーアと一緒に西部国境を見に行く事にする。
次に事が起こるのはこの場所の予定だし、可能なら教国の様子も見ておきたい。
冬の間に偵察に行ってもらったメルツによると、元々帝国との仲は険悪だった所に、緩衝地帯の役割を果たしていたジェルファ王国に帝国が侵攻して占領してしまったので、帝国に対する警戒と反感はかなり強いとの事だった。
せっかく宰相を倒して国を取り返しても、次は教国との戦争になったら目も当てられないので、帝国が敵の間に潰し合ってもらうのは一石二鳥だとも言える。
……戦争をこんな風に損得で考えるようになるなんて、元の世界でサラリーマンをやっていた頃は考えもしなかったね……。
平和だった昔を懐かしみながら。今の俺はシーラをはじめとして、多くの人の命を預かっているのだという現実に意識を戻す。
今までは犠牲者なしでやってこれたけど、次の戦いでは死者が出るかもしれないし、重傷者が出るかもしれない。そしてそれは俺本人だったり、シーラである可能性もあるのだ。
……はやく、『給料日まであと五日あるのに財布からお札が消えた』とか『カードの利用明細が来て個別の利用は全部覚えがあるけど、総額に覚えがない』とかで頭を悩ませていたような、平和な日々になれるといいね……。
当時はあまり平和だとは思っていなかったけど、人が死ぬ心配をするよりはずっと平和だ。
そんな事を考えながら西への旅を続け、国境の街の一つ手前に到着した。
ここから馬で半日進んだ距離にある国境の街には、すでに帝国軍が集結を始めているらしい。
元々旧ジェルファ王国領に駐留していたグラファス総督の兵力と、帝国本土からの先遣隊も到着しているとの事だ。
数とかはまだ不明だけど、塩を卸している商会からの情報ではかなりの規模で食料が集められているらしく、数万人規模だろうという話だった。
食料の値段が高騰している他、一部では農村からの強引な徴収も行われているそうで、旧ジェルファ王国西部を中心に住民の不満が高まっているのだそうだ。
来る途中にクレアさんの故郷にも寄って弟さんと会ったけど、『輸送隊から奪った麦があるのでなんとかなっていますが、あれがなければ危ない所でした』と言っていた。
この『危ない所』と言うのは、『飢え死にする人が出たかもしれない』という意味である。平和とは程遠い、シビアな現実がここにもある。
他の街ではそこまでではなかったけど、生活が苦しくなっているのは間違いない。
生活の苦しさは支配者である帝国への反感に繋がり、俺達が起こそうとしている反乱軍を利する事にも繋がる……のだけど、人の不幸で利益を得ているようで、気持ちはよくないよね。
こんな事で凹んでいたら軍師なんてできないのだろうけど、だからと言って人の不幸に無感情になる事が正解だとも思わないので、この先も悩んでいく事になるのだろう。
それで通るうちはそれでいたいし、できれば最後までそれでいけたらいいなと思う……。
宿の一室でそんな事を考えて微妙な気持ちになっていた昼下がり。突然ドアが慌しく叩かれ、息を切らせたメルツとメーアが飛び込んできた。
二人には先行して国境の街の偵察をお願いしていたけど、只事ではない様子だ。
一緒にいたシーラにも緊張が走る中、とりあえず水を差し出すと、大き目のコップ一杯の水を一気に飲み干して、メルツが口を開く。
「ロムス教皇国が攻めてきました! すぐに逃げてください!」
「――は?」
それはあまりに予想外の言葉だった……が、戦いを始めてから一つ。常に心に留め置いて、みんなにも言ってきた事がある。
『安全第一、危険を感じたらまず逃げる』だ。
「シーラ、大至急出立の用意を! そこに俺の財布があるから、高くてもいいから馬車が調達できないか探してきて!」
「はい!」
さすがシーラは想定外の事態にも動じる事なく、すぐに指示を実行に移してくれる。頼りになるね……。
「私達の事はいいですから、アルサル様だけでも早く逃げてください。敵は夜中に国境を越えて襲ってきました。圧倒的な数です。全力で馬を走らせましたが、どれだけ離せたか分かりません」
「落ち着いてメルツ。気持ちは嬉しいけど、馬を全力で走らせたのなら敵も早々追いつけないよ」
そう言ってなだめつつ、頭の中でこれからの事を考える。
とりあえず安全な場所まで逃げるのが最優先だけど、街道は敵の侵攻路になるだろうし、迎え撃つ帝国軍の進撃路にもなるはずだ。
そこに避難民も混じったら大混雑で大混乱になるに違いないし、商人に化けた教国の工作員が潜入していて、橋を破壊したりしている可能性もある。下手に巻き込まれたら身動き取れなくなって、戦いに巻き込まれてしまうかもしれない。
ならば逃げるのは後ろにではなく、横にだ。それも、より閑散としている北へがいい。
敵はせっかく奇襲に成功したのだから、なるべく奥深く。帝国の重要拠点を目指して侵攻するはずで、農村しかない脇道へ軍を向けるのは後回しになるだろう。帝国がジェルファ王国に攻め込んだ時もそうだった。
それに俺達は、森や山での行動経験が豊富である。そういう所に逃げ込む事ができれば、まず捕らえられる事はないと思う。その意味でも、大山脈が横たわる北に向かうのは正しいはずだ。
頭の中でそんな計算をしているうちにシーラが戻ってきて、『古い馬車ですが一台購入できました』と知らせてくれる。
まだ教国侵攻の一報が届いていないからだろう。やはり情報には価値があるね。
シーラの馬であるシルハくんを馬車に繋ぎ。一日中馬を走らせて疲労困憊のメルツとメーアを馬車に乗せる。
同じく疲労困憊の二人の馬は荷物を載せない身軽な状態にして、人間が歩くくらいのゆっくりしたペースで北に向かう。
いざとなったら二人の馬は見捨てる事になるかもしれないけど、頑張って二人を運んで来てくれたのだ。可能な限り連れて帰りたい。
やっぱり甘いかなとも思うが、今はまだ、そこまで感情は捨てきれない。
後ろを気にしながら、もどかしいくらいゆっくりと。俺達は大山脈の威容が迫る北への細い道を進むのだった……。
帝国暦167年10月27日
現時点での帝国に対する影響度……0.3921%(±0)
資産
・9558万ダルナ(-5020万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 1118万ダルナ(-816万)@月末清算(現在9月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
三期生63人(月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証 帝国暦167年5月分まで10万ダルナ分前払い)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




