150 総攻撃
帝国軍総司令官のグラファス総督自ら率いた迂回奇襲隊を逆に奇襲して撃退し、様子を見ていると、総督が部下に抱えられるようにしながら本陣に戻ってくる様子が見えた。
天幕に入ったので以降の様子は見えなくなったけど、矢を受けたのは肩と足。シーラが死なないように気をつけたはずなので、致命傷にはなっていないと思う。
とはいえ一人では歩くのも難しそうだったので、一旦退くかな……と思っていたら、大きな太鼓の音が響いたかと思うと、全軍が一斉に前進し始めた。
天幕を守る100人ほどの兵士だけを残して、他は全員。森の中での戦闘には不向きだろう長槍兵や重装騎兵まで、全軍である。
――これはいかん、総督怒りの総攻撃だ。森の中での戦いに長槍兵や重装騎兵を投入するなんて非効率だけど、俺達にとって一番困る戦術でもある。
なにしろ数で圧倒的に負けているので、損害無視の力押しで来られると対処のしようがないのだ。
仕方がないので『ゆっくり撤退』の笛を吹き、退却の準備にかかる。
『全力撤退』ではないので可能な限り罠は発動させるだろうし、最後の大物として残っている小川を堰き止めたダム決壊攻撃も実行可能だと思う。
それでどれだけの損害を与えられるかは分からないけど、全軍が波のように森に入って行った様子を見ると、与えられる損害は限定的だろう。
……まぁ、今回の目的は勝つ事ではないのでそれでいい。
――撤退の笛を吹いてしばらく。三人一組の兵士達が一組、また一組と戻ってくるのを確認し、同時に怪我の確認もするが、何人かがちょっとしたかすり傷を負っているだけで、戦闘による負傷と言うほどの物はない。
安全優先で、ちょっと突ついてすぐ逃げる戦法を全員が徹底してくれたおかげだろう。
みんな感情に任せず理性的に戦ってくれたようで、何度も繰り返しお願いした事がちゃんと伝わっていてなによりだ。
最後にシーラも帰ってきたが、補充していった矢も含めてしっかり全部使い切っている辺り、一番積極的に攻撃した気配がするね。
……まぁ、無事に帰ってきてくれればそれでいい。総督を逆奇襲した時の引き際を見ても、シーラの状況判断はかなり正確だしね。
そんな訳で帰還してきた人数を数えると、ちゃんと37人全員が無事に戻ってきて、今は滝の上から下に向かって矢を射ている。
だけどこの場所は左右から回り込まれたら挟み撃ちにされてしまうので、全員の無事を確認した所で仮本拠へと引き上げる。
とはいえ仮本拠もマトモな防御設備がある訳ではなく、本格的な篭城戦なんてできないし、する気もないので、倉庫や住居に自分達で火をつけて焼き払ってしまう。
追撃の拠点にされたら厄介だからね。
一日で負けてしまうのはちょっと悔しいけど、総攻撃をかけられたからには仕方がない。ここらが潮時というやつなのだろう……ん? そういえば潮時って『一番いいタイミング』って意味なんだっけ? 元の世界で釣りが趣味の同僚がそんな事を言っていた気がする。
……まぁ、一人の犠牲も出さずに所定の目的を達して退く事ができるのだから、ある意味一番いいタイミングだろう。間違ってない。
そんな事を考えながら荷物をまとめ。キサとティアナさんには先に出発してもらい、俺達は残していく物と持ち帰る物を選別する。
まず絶対に持ち帰らないのいけないのは、エルフの傷薬。
貴重な物だというのもあるけど、敵の手に渡ったらエルフさん達に迷惑がかかりかねない。
後は可能な限りの武器や私物を持ち、残していくのはメルツが西のロムス教皇国から仕入れて来てくれた武器だ。
武器の出所が判明すれば、俺達の背後にロムス教皇国がいると誤解して、攻撃を決意する一助になってくれるだろう。
……そんな訳で荷物の整理を終え。持てない分の食糧なんかは敵に渡すのも面白くないので、火の中にくべてしまう。
この辺もあらかじめ段取りを決めて訓練してあったので作業は順調に進み、敵が攻撃してくる前に全員仮本拠を離れる事ができた。
数ヶ月を過ごした場所なので名残惜しくはあるが、最初からこうなる予定だった場所で、だからこそわざわざ『仮』本拠と呼んでいたのだ。
……最後に燃える仮本拠を一瞥して、シーラと共に最後尾で拠点を離れる。
あとは当初の計画通り。一旦西に向かってある程度進んだあと、大山脈の山の中を迂回して東へと戻る。
山には強い魔獣が出るので、シーラとティアナさんの護衛があり、大半が鍛え上げられた精兵。それも三人一組のチームワークで敵に当たる訓練を積んでいるこの部隊だからこそできる事だ。
帝国軍もそれなりの訓練は受けていると思うけど、一般兵士がバラバラで山の中を捜索するのは難しいだろう。
少数の精鋭兵士には可能だろうけど、数が少ないので広い山の中で俺達を探すのは難しいし、仮に追いつかれても、向こうが少数なら逆襲できる。
総督が負傷しているので側付きの精兵は追撃に加わらないだろうし、わりと安全に逃げられる……気がする。
そんな事を考えながら、シーラと最後尾を守って撤退するが、日暮れまで進んでも敵に追いつかれる事はなく。
厳重な警戒の下野営をしたけど夜襲を受ける事もなくで、山の中を大回りして全員無事に帰還する事ができた。
第一弾作戦は所定の目標を100パーセント達成して、大成功と言っていいと思う。
兵士のみんなには中州の拠点で英気を養ってもらい、俺とシーラは前回同様アルパの街に行ってエリスとティアナさんの面会を手配する。
ついでに兵士のみんなへ美味しいものの差し入れも送り、俺達はその足で情報を仕入れるべく、塩を卸している商会へと向かう。
支店長さんに会って話を聞いてみると、さすが情報が早いようで、『総督自ら率いた討伐隊によって、反乱軍の拠点は壊滅した』という情報を教えてくれた。
『反乱軍は壊滅した』じゃなくて『反乱軍の拠点は壊滅した』な辺り、とても正確と言うか、正直だね。
まぁ、反乱軍の兵士は一人も討ち取れなかった訳で、さすがに『反乱軍は壊滅した』とは言えなかったのだろう。
取り逃がしたという事は、またすぐどこかに出現するかもしれないからね。
……そしてその一方で、総督が負傷した事は極秘案件なのか、話には出てこなかった。
ただ、『反乱軍には西のロムス教皇国が関与していた証拠があり、総督は教国を討つべく、本国に増援を要請した』らしいので、それなりに元気で怒り心頭である事は想像に難くない。
それでこそ、俺が西に攻め込む要員として期待し、シーラに殺さないようお願いした甲斐があると言うものだ。
――シーラに二本も矢を射られたの。相当怒ってるんだろうね。
とはいえさすがに手持ちの兵力だけで大国であるロムス教皇国に攻め込むほど無謀ではなく、増援を待つだけの冷静さは残っているらしい。
増援、出してくれるといいなぁ……。
ちなみに討伐軍が受けた損害については非公開だそうだが、支店長はこっそり『討伐軍にも相当の被害があったそうですよ。特に最精鋭の重装騎兵が川に流されて、三分の一ほどを失ったとか』と教えてくれた。
小川を堰き止めたダムの罠、結構な効果があったようだ。
……まぁこれに関しては、重装騎兵を森の中に突っ込ませた総督のミスな気がするけどね。
少しでも通りやすい場所をと川沿いを進んだ結果、洪水に巻き込まれたのだろう。
こうやって確認できなかった戦果を聞けるの、とても助かる。
その後も戦いに対する話を色々聞き。
俺は『怖いですね』『物騒な話ですね』『街道の安全は確保されたって事でいいんですかね?』と他人事を装った適当な相槌を打ったり、ちょっとトゲのある質問をしたりしながら、たっぷりと情報を吸収させてもらうのだった……。
帝国暦167年9月19日
現時点での帝国に対する影響度……0.3121%(+0.2)※反乱軍の拠点を破壊するも、部隊は取り逃した上に総督の負傷以下損害187人
資産
・8842万ダルナ(+1560万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 1934万ダルナ(-820万)@月末清算(現在8月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
三期生63人(月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証 帝国暦167年5月分まで10万ダルナ分前払い)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




