15 シーラの疑問
シーラが言った『皇帝陛下は本当に皇帝陛下ですか?』という言葉。
なんか哲学みたいだが、俺に関してはストレートに的を射ている言葉である。
……なんとか誤魔化せないだろうか?
「ええと、今はまだ皇帝だと思うよ。しばらくして行方不明が確定したら次期皇帝が即位するだろうから、そしたら皇帝じゃなくなるだろうけど」
「そういう話ではありません……貴方様は、本当に熱病に倒れる前の皇帝陛下と同一人物なのですか?」
「……別人に見える?」
「外見は全く変わっていませんし、私は以前の皇帝陛下をよく知っていた訳ではありません。ですが今日一日行動を共にして感じた所では、行動が全く皇帝らしくありません」
ああなるほど……そりゃ確かに、皇帝が物を売る時に値段交渉したり、買う時に値切ったりしないよね。
なんなら、着替えが自分で出来た事さえおかしかったかもしれない。後宮では傍仕えの人や、妃候補の人達にやってもらってたもんね。
そういえば濡れた服を乾かす時。シーラは手伝ってくれようとしたし、大丈夫だと言ったら意外そうな顔をしていた。
あの時からすでに、シーラの中には疑惑が生じていたのだろう。
……どうしよう? 正直俺としては、シーラになら秘密を明かしてもいいと思っている。
だけど、シーラの方はどうだろうか?
皇帝じゃないなら付いていけないとか、部下ではいられないとか言うだろうか?
まだ逃亡生活初日の夜だから、今なら俺に見切りをつけて後宮に戻る選択肢は十分に可能である。
俺の事は見逃してくれるかもしれないが、準備が整っているからといって一人で隣国まで逃げるのは、正直自信がない。馬にも乗れないしね。
でもここでシーラに嘘をつくと、この先ずっと嘘をつき続けないといけない事になってしまう。それは……苦しいよね。
俺は覚悟を決めて、ゆっくりと口を開く。
「――実は熱病で死にかけた時……いや、多分死んでしまった時に、別人の記憶を得て生き返った――と言ったら信じるか?」
俺の言葉にシーラは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに元の真面目な表情に戻る。
「……正直、にわかには信じられません。ですが、今日見た事を思えば納得がいくのは確かです、信じざるを得ない……と言った所でしょうか」
「そうか……それでどうする? 中身が皇帝ではないと分かったら、部下ではいられないか?」
答えを聞くのが怖いけど、勇気を出して問いを発する。
「……一つ確認をしたいのですが、元の皇帝陛下の記憶は残っているのでしょうか?」
「一応、思い出そうとすれば思い出せる程度には」
「そうですか、それなら問題ありません。……こんな事を言うと忠誠に殉じた父に叱られるかもしれませんが、私の中にあった帝国への忠誠心は、父に理不尽な死が与えられた時点で消えてしまっているのです。
ですから私がアルサル様を主君と仰ぐのは皇帝だからではなく、宰相を討ってくださるとおっしゃったから。私の目的に力を貸してくださると言ってくださったからです。
いつか軍を起こして帝都に攻め入る時、正統な皇帝だと主張できる記憶があるのなら、なにも問題ありません。むしろ別人の記憶というのが宰相と戦うのに役立つのであれば、頼もしくさえあります」
シーラは覚悟ガンギマリな目をして、そう口にした。
まだ14歳だと言っていたのに、その歳で復讐に人生全てを捧げる生き方は悲しすぎると思う……。
でもだからと言って、『復讐なんてやめたほうがいいよ』なんて言える訳もない。
それはシーラの生きる目的を奪うのと同じ事だし、母親はまだ宰相の元に囚われているのだ。妹だって、この先どうなるか分からない。
宰相を倒すのは、シーラにとってまさしく人生を捧げるに足る目的なのだ。
……本来俺は、人生経験が長い者としてシーラを諭すべきなのかもしれない。
でもそれは俺が日本にいた時の価値観で、この世界でも同じではないだろう。
日本ですら、江戸時代には敵討ちは立派な事で、賞賛される事だったのだ。
……そして嫌な事に。シーラの敵討ちは、俺にとって都合がいい事でもある。
いつか宰相を討つ日のために。俺が国外へ逃げる時も、逃げた先で生活基盤を構築する時も、シーラは助けになってくれるだろう。
その先、軍を組織して宰相と戦う事に関しても、俺の中にある本来の皇帝の記憶がそれを求めている。
正確には、宰相の元にいる母親との再会をだけどね。
体を乗っ取る形になってしまっている以上、可能なら望みは叶えてあげたいから、その意味でも俺の目的とシーラの復讐は利害が一致するのだ。
俺個人の望みである、かわいいシーラと一緒に暮らして、あわよくば結婚を……という願望と一致するかは分からないけど、今のシーラの頭には宰相への敵意しかなく、恋愛とか考えられないだろう。
シーラとの恋愛を望むなら復讐を遂げてからになるだろうから、その意味でも俺には宰相と戦う理由がある事になる。
そもそも、死病に罹っているのを命がけで看病してもらい、今こうして逃亡の手助けをしてもらっている時点で、大きな借りがあるのだ。
その借りを返す事も考えれば、俺がシーラと一緒に戦うのはもう、責任を通り越して義務ですらあるだろう……。
シーラと肩を並べて戦うには、シーラと同じくらい……とまではいかなくても、相当の覚悟がいる。
今までの俺は自分が逃げのびる事が第一で、宰相と戦う事に関してはぼんやりとした覚悟しか持っていなかったけど、それではシーラと共にいる資格がない。
俺の知識が戦いに役立つかどうかは疑問だし、戦闘能力もない俺がどれだけ役に立てるかは分からないけど、反乱の旗印としてだけでも価値があるようだし。とにかくできる事をできるだけ頑張ろう。
もしかしたらそれが、俺この世界に来た意味なのかもしれない……。
「――わかった。力を合わせて、いつの日か必ず宰相を討つと改めて約束しよう。困難な道のりになるだろうが、よろしく頼む」
そう言って手を差し出すと、この世界にも握手の習慣はあるらしい。
シーラは痛いくらいに手を硬く握って、『はい、こちらこそよろしくお願い致します』と真剣な表情で口にする。
……今日が俺とシーラの共同生活最初の日。目的を一つにして共に人生を歩む、第一日目だ。
俺は喜びと不安、そして希望と憂慮。色んな思いが混じった感情を胸に、逃亡生活一日目の夜を過ごすのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・171万3600ダルナ
・宝石を散りばめた犬のぬいぐるみ
配下
シーラ(部下)