149 奇襲隊を奇襲しろ
呼び戻したシーラに、敵の総司令官であるグラファス総督の姿が見えない事。総督自ら部隊を率いて、迂回奇襲を企んでいる可能性がある事を告げる。
シーラも森の向こうの敵陣に視線を巡らせ、それを確認したのだろう。険しい表情で口を開く。
「確かに本陣が空ですね。話に聞く性格を考え合わせても、奇襲を狙っている可能性は高いと思います」
「うん。……じゃあここは撤収するよ。キサ、馬達を連れて仮本拠まで下がって。医療所も仮本拠まで下げる。ティアナさん、護衛お願いします」
俺の指示に、キサと医療班の子は頷いて荷物をまとめ、ティアナさんと共に小川の上流へと向かう。
兵士の子達には『医療所は本陣の位置か、そこになかったら仮本拠』と伝えてあるので、負傷者が出たらそこまで下がっていくだろう。
シーラは戦いが始まってすぐに本陣を後退させる事に不満そうだったが、俺の事を信頼してくれているのか、異論は口にしない。
「――シーラ、総督を迎え撃ちに行くよ。弓持ってついてきて」
そう言うとシーラは一瞬キョトンとした目をしたが、俺が歩き出すとすぐに後を追ってくる。
「……アルサル様は敵が来る方向が分かるのですか?」
森に入ってしばらく歩いた所で、そう期待のこもった声で訊いてくる。
「確証はないけど、可能性が高いのはこっちだと思う。本陣、敵から見て小川の右側にあったじゃない」
「はい」
「兵法書を読むと、くどいくらいに『川は厄介な障害物、守るに易くて攻めるに難い』って書いてあるんだよね。だからそれを読み込んでいる軍人なら本能的に、細い小川でも川越を避けて、川に追い込む方向から攻めて来る気がするんだよね。
それに本陣は空っぽにしたから、もし逆から攻めて来て本陣を突かれても肩透かしになるだけで、問題ない。
そのまま上流の仮本拠に向かったら背後から攻撃できるから、それはそれでアリだと思う」
「なるほど……」
どうやら俺の説明はシーラを納得させる事ができたようで、安心してそのまま森の中を少し進み、草が倒れて道のようになっている場所で止まる。
これはいわゆる獣道というやつで、野生の動物が好んで通る場所。事前の地形偵察で発見したのだ。
道のようになっているので馬や人間も進みやすいし、動物が好んで通るという事は地形的にも起伏が少なく、移動に適しているという事なので、敵がこちらから攻めて来るならここを通る可能性が高いはずだ。
なので、獣道を通る獲物を狙いやすい大木の陰に身を潜め、敵を待つ。
……一応俺も前に後ろに、さっきまで本陣があった場所や別の方向などを警戒するが、視界が利かない森の中ではシーラの気配察知に頼る所が大きい。
草を掻き分けて進むならそれなりに音がするだろうし、奇襲を企む別働隊なんて殺気がみなぎっているだろうから、かなり敏感に察知できると思う。
……気を張り詰めて待つ事しばし。シーラがピクリと反応して、小声で(来ました)と告げてくる。
どうやら本当に別働隊がいたらしい。予想を外して恥をかかなくて良かったと思う反面、強い緊張が体を強張らせる。
(シーラ、もしグラファス総督がいても命は狙わないでね。この後ロムス教皇国に攻め込んでもらう役目があるから)
(承知しています……)
小声で会話を交わし、ちょっと不安だなと思いながら見ていると、シーラはおもむろに弓を引き絞って狙いをつけ、俺の目にもこちらに進んでくる騎馬の隊列が見えたと思った瞬間、先頭の男に向かって矢を放つ――。
いわゆる奇襲と言うやつで、いきなり警戒の外から飛んできたからだろう。狙われた男はなにも反応できずに右肩に矢を受け、バランスを崩して馬から落ちそうになる。
ギリギリ落馬はせずに踏み止まったが、『総督!』と叫んで近寄った男の首に、今度は正確に矢が突き刺さって馬から落ち、そのまま動かなくなった。
――どうやら、本当にグラファス総督自ら別働隊を率いて奇襲に来たらしい。
そしてシーラ、容赦がないね……。
最初の一人は致命傷にならないように肩を狙い、その人が総督と分かった瞬間、二人目からは躊躇なく命を取りにいった。
これが戦場なのだろうし、総督の傍にいたからにはあの人もそれなりの重要人物か、手練の武人だろう。奇襲で討ち取れたのは大きな戦果のはずだ。
戦場の空気に気圧されないよう気を強く持ち、シーラがそのまま三射・四射と矢を放つのを見る。
三射目はもう一人の首を撃ち抜き、四射目は総督の右足に突き立った。
シーラは素早い動作で五本目の矢を番えるが、敵も精鋭揃いなのだろう。ひるむ事も混乱する事もなく迅速に行動し、総督を守るように陣取って盾を構える。
軽騎兵の簡素な盾だが、それでも来ると分かっていれば単発の矢を防ぐくらいはできるのだろう。
シーラは番えていた矢を放つ事なく下ろすと、小声で(後退します)と告げる。
――間もなく敵の後続部隊が続々と追い付いて来てこちらに矢を放ち始めるが、その時にはすでに、俺とシーラは矢が届かない距離まで離れていた。
ヒットアンドアウェイと言うのだろうか? 完璧な引き際だったね。
改めてシーラの判断能力の鋭さに感心しつつ、様子を窺っていると、どうやら敵は撤退を始めたようだった。
発見されて奇襲が不可能になり、総司令官の総督も負傷したとなっては、妥当な判断なのだろう。
追撃も検討したけど、敵も手練だけあってちゃんと後方を警戒しながら、隙を見せずに粛々(しゅくしゅく)と退いていく。
さっきは奇襲だったからで、警戒されていては有効な攻撃はできそうになかった。
……とりあえず敵の別働隊を撃退し、俺達は元の本陣に戻る。
ティアナさんとキサ、医療班の子も呼び戻して本陣を再構築すると、シーラは早速『もう一度前線に出てきます』と言い、『少し休んだら?』という俺の言葉に水を一口だけ飲むと、予備の矢を補充して森へと向かった。
やる気満々だね……。
俺も望遠鏡で敵の様子を見るが、帝国軍本体に退却の様子はなく。戦いは続いているので、なるほど気を抜いている場合ではないのだろう。
俺も気を引き締めて、敵情観察の任務に戻る……。
負傷した総督が帰り着くにはもうしばらく時間がかかるだろうけど、その後どう出るだろうか?
一旦退却するか、あるいは攻撃を続行するか。
俺は緊張しながら、望遠鏡を覗き続けるのだった……。
帝国暦167年9月6日
現時点での帝国に対する影響度……0.1121%(±0)
資産
・7282万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2754万ダルナ@月末清算(現在7月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
三期生63人(月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証 帝国暦167年5月分まで10万ダルナ分前払い)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




