146 一騎討ちの決着
シーラに向けて矢が放たれたのと、俺が鳴らした笛に反応したシーラがそれに気付いたのは、ほとんど同時だったと思う。
一秒にも満たなかっただろう僅かな時間に、シーラは光の速さで上体を大きく逸らし、矢をかわす。
シーラの髪をかすめた矢はそのまま放物線を描き、100メートル以上飛んで地面に突き刺さった。
――それを目で追ってから視線を戻すと、シーラは矢を放った男に向かって猛然と馬を走らせている所だった。
槍をかざして向かってくるシーラを見て男は慌てて逃げようとするが、馬の速さに勝てるはずもなく。
『長槍兵!』と叫ぶが、指揮官ではないからなのか、あるいは見惚れるような一騎討ちに卑怯なやり方で水を差したからなのか。
誰一人として動く兵士はおらず、背後から喉を一突きされてその場に倒れた。
シーラはほとんど敵陣に突入する形になってしまっているが、敵兵は誰も動かないし、指揮官もなにも指示を出さない。
シーラは悠然と、ゆっくりと馬を歩ませて敵の中から一騎討ちの場へと戻っていく。
……これは多分、誰もが一騎討ちの続きを。決着を見たいと思っているのだろう。
地面に倒れた男の死体には目を向ける人もいないけど、個人的には思う所がある。
結局副官なのか参謀なのか分からなかったけど、上官の不利を察して助けようとしたのなら職務に忠実だったと評価できるし、なにより戦略的にはとても正しい行動だったと思う。
もしここでシーラを討ち取る事ができれば、この戦いに勝てたのはもちろん、反乱軍の未来や帝国の存亡にまで影響したかもしれない。
でも兵士も含めた武人達には一切支持されず、味方にも見捨てられる形で死ぬ事になってしまった。参謀職を預かる身としては、色々考えさせられる光景だね……。
そんな事を思うが、こちらからすれば今回の戦いで一番の戦果は、実はあの男を討ち取った事なのかも知れない。
一騎討ちを受けようとしたドイド将軍を止めようとしたのも多分あの人だし、猛将タイプの上官とは相性が悪かっただけで、有能な将軍の下であれば俺達にとってすごく厄介な相手になったと思う。
シーラもそれを直感したから、あえてこの場で狩りに行ったのかもしれない。
……そんな事を考えている間に、シーラはドイド将軍の正面まで戻ってきた。
将軍はかなり消耗しているみたいだし、ここで一騎討ちお終いになってしまうかなとも思ったが。シーラが挑発するように槍を向けると、将軍は『おおおっ!』と気合を入れる大声を上げると、猛然とシーラに襲いかかっていく。
シーラの方もそれを受けて立ち、再び激しい戦いが再開された。将軍が攻撃のたびに上げる雄叫びの他は武器がぶつかる音が響くだけで、見守る兵士達の誰も声を発しない、息詰まるような死闘である。
……そんな戦いがどのくらい続いたのか。
ドイド将軍の顔には明らかに疲労の色が浮かび、攻撃の手数は減り、将軍の馬も動きが悪くなってきている。
そしてついに、思い切り打ち合った反動で武器が手から離れて弾き飛ばされ、次の瞬間には横薙ぎに振るわれたシーラの槍が将軍の首を捕らえ、頭が胴体から離れて宙を舞った……。
――首を失った将軍の体は馬から滑り落ちるようにドサリと地面に落ち。敵軍からは悲鳴のようなどよめきが起こる。
将軍は形勢が不利になっても最後まで一撃必殺の攻撃を繰り出していたので、それが当たれば決着は逆だった。敵兵達はそうなる事を信じていたのだろう。
……だけど実際には、将軍の首は胴体から離れて地面に転がっている。
シーラは馬を敵陣に向けると、大声を張り上げた。
「敵将は討ち取った! まだ戦う意思がある者がいたら相手になってやるからかかって来い!」
その勇ましい声に呼応して、こちらの全員が『うおおっ!』と雄叫びを上げる。
――とはいえ向こうは200人で、こちらは37人だ。本当にかかって来られたら逃げるしかない。
……ドキドキしながら見守っていると、敵陣の一角。軽装歩兵の隊が陣形を崩したかと思うと、一部が逃げ出し始めた。
そして一角が崩れるとそれはたちまち全体に伝わり、みるみるうちに敵は総崩れになって逃げ出していく……本に書いてあった所の、『士気が崩壊した』というやつなのだろう。
最初に逃げ出した軽装歩兵隊は武器を捨てての文字通り逃走で、同じように逃げていく隊もあるが、長槍隊などは訓練が行き届いているのか、武器を持ったまま整然と後退していく。錬度の違いというやつなのだろう。
他の隊もおおむね秩序だって退いて行き、総崩れとは言うものの壊走という感じではない。
追撃できる隙がありそうには見えないので、むしろ軽騎兵の逆襲に警戒しながら、じっと見守る。
半分の50騎でも突撃してきたら大変だからね。
……結果として逆襲は行われる事なく。主力が逃げ出したのを見て元王国兵の補給隊や輸送隊なども先を争うように逃げ出し、戦いはどうやらこちらの勝利に終わったらしい。
総指揮官と、多分副官か参謀だったのだろう人を失って、部隊としての統制が取れなくなったのかもしれないね。
戦場には一部の歩兵が捨てていった武器が放置されていたので、それを回収し。
将軍の死体は街道まで運んで、胴体の上に首を乗せて置いておく事にした。
多分その内回収に来るだろう。
道行く人にこちらの勝利を知らしめる効果もあるし、なにより首なんて持って帰りたくないからね。
将軍の首は槍に刺して高く掲げ、晒し物にする案も出たが、却下にした。
あまり気持ちのいい行為ではないし、なにより戦ったシーラがそれを望んでいない様子だったからだ。
ドイド将軍に関しては悪い評判も聞いているけど、武人としては間違いなく一流だったのだろう。武器を交えたシーラにすると、多少の敬意みたいなものを抱いたのかもしれない。
今回はクレアさんの実家商会からの回収隊は来ていないようなので、敵がいなくなったのを確認して俺達も引き上げる。
シーラにねぎらいの言葉をかけると、勝ったのに厳しい表情で『まだまだです。部下であれだけ苦戦するとなると、グラファス総督相手では勝てないかもしれません……』と言われた。
上官になるほど戦闘力が上がる訳でもないと思うけど、武闘派のグループだと聞いているので、可能性はあるかもしれない。
シーラは戦っている最中こそポーカーフェイスを崩さなかったけど、戦いが終わってみると全身汗だくで疲労もかなりのものらしかったので、正直な感想なのだろう。
この先はもう一騎討ちをする予定はないけど、敵の戦力は侮れないという事だ。
改めて緊張感を新たにし。よく頑張ってくれた馬のシルハ君にもねぎらいの言葉をかけながら、前進拠点経由で仮本拠へと引き上げるのだった……。
帝国暦167年8月15日
現時点での帝国に対する影響度……0.1121%(+0.1)※反乱軍討伐隊が司令官と参謀戦死で敗退
資産
・5336万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 1384万ダルナ@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・反乱軍部隊長・C級冒険者 月給50万)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
三期生63人(月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証 帝国暦167年5月分まで10万ダルナ分前払い)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




