141 勝って兜の
初戦を圧倒的な勝利で終え、俺達は仮本拠に戻ってきた。
初勝利を記念して祝宴……といきたい気もするが、それはやめて、代わりに今回の戦いの検討会を開催する。
これから長い戦いが続く事を考えると、浮かれている場合じゃないからね。特に初戦が快勝だっただけに、油断するのはとてもよくない。
元の世界にも『勝って兜の緒を締めよ』って言葉があった気がするし、勝ったからってミスがなかったとは限らないからね。
今回は問題にならなかっただけで、そのミスが次の戦いでの敗北に繋がる可能性もある。命がかかった戦いをするのだから、こういう点には万全を期すに越した事はない。
……まぁ、一番反省するべきは笛を吹き間違えた俺な気もするけど、それは棚に上げて。俺達の勝因と、なにかミスがなかったか。そして敵があんなにもあっさり負けてしまったのはどうしてか。そこからなにか学ぶ事はないかなどを話し合っていく。
この子達には将来軍が拡大したら隊長ができるようになって欲しいので、そのためにも戦術の知識は重要だし、敵の立場に立って考える能力も身につけて欲しい。
『戦いは勝ち戦より、負け戦からより多くを学ぶ事ができる』と読んだ本にも書いてあったので、その辺も念入りにやりたい。
……そんな訳で検討会を開催したのだが、みんな意外と乗り気で、熱心な話し合いが夜まで続けられた。
ティアナさんは興味なさそうだったので、馬の世話や夕食作りをやってくれたが。それ以外のメンバーはキサまで含めて、真剣に語り合う。
そして出た大まかな結論としては、俺達の勝因は敵が油断していた事と、奇襲に成功した事。そして兵数が有利だった事と、相手の士気が低くてすぐに逃げ散った事が挙げられ、これは次回以降敵が警戒を増してきたら失われる優位点なので、次の戦いは一層気を引き締めてかからなければいけないという事になった。
勝って兜の緒を力いっぱい締めてくれているようでなによりである。
――そして俺達のミスは、隊列が少し乱れたとか、敵の指揮官を討った後で次の行動に移るのが遅れたとかで。後者に関してはシーラが頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
みんな慌てて恐縮していたし、笛のミスを棚に上げている俺がとても申し訳ない気持ちになったが、その後みんなが自分のミスも含めて活発に意見を言うようになったのは、シーラが作ってくれた空気のおかげだと思う。
なんかいい雰囲気だよね。こうやって自由に意見交換ができれば、この軍はこれからまだまだ強くなれると思う。
……俺もミスしないように頑張ろう。参謀職は信頼されていないと務まらないからね。
今回は緊張で凡ミスをしたから、早く戦場の空気に慣れないといけない。
現状この軍で一番戦場に慣れていないのは俺である可能性があるので、本の知識と現実を摺り合わせるためにも。そして人の死や負傷に動揺しないようにするためにも、もっと経験を積まないといけない。
そんな事を考えている間に検討会のテーマは敵の分析に移り、元ジェルファ王国兵の帝国に対する忠誠心は低く、帝国軍に動員された場合も士気が低い事が指摘される。
これは、エリス・塩を卸している商会・実家商会を通じてのクレアさんからも同じ情報を貰っているので間違いないだろうし、心情としても当然だと思う。帝国軍は占領軍だし、扱いも悪いみたいだからね。
だけど商会とクレアさんからの情報によると、新しい支配者である帝国に取り入ろうとしている人達もいるようで、士気が高いのとは違うと思うけど、そういう人達がいる。あるいは指揮をしている部隊は手柄を立てる気満々。つまり攻撃的という事なので、要注意だろう。
俺からその情報を提供し、油断しないようにと口を挟むと、場にゾクリとするような寒気が走り、シーラとキサ以外の元ジェルファ王国民勢は一斉に険しい表情を浮かべた。
……本には『裏切り者は敵よりも嫌われる』と書いてあったけど、今まさにそれを体感する機会を得た感じがする。
思わぬ所で知識が経験に変わる瞬間を体験してしまったが、こうやって知識の解像度を深めていくのが、今の俺にとって必要な事だ。
――ただこの理屈だと、俺とシーラも帝国に対する裏切り者になってしまうんだよね。シーラが地面に倒れた帝国の旗を見て複雑そうな表情をしていたのも、そういう考えが頭をよぎったからだろう。
……今はやらないけど、一応俺が元皇帝なので、俺達の方が正統な帝国軍だと主張する事はできる。多分、帝国に攻め込む時にはやる事になるだろう。
戦いには大義名分が必要だという本の知識が、また現実に反映された気がするね。実践するのは大分先になりそうだけど……。
そんな感じで夜が更けるまで検討会を続け、かなり実のある話し合いになったと思う。
みんなの向上心の強さに大いに勇気付けられ、戦勝の祝宴を開くよりずっと有意義な時間になった事に満足して、俺はまだまだ続く戦いに備えて眠りにつくのだった……。
翌日からは引き続き輸送隊の襲撃を行う事にして、再び街道近くでクレアさんの実家商会からの知らせを待つ。
……だけど反乱軍を名乗る集団が現れ、輸送隊が襲われた情報は伝わっているはずなので、しばらく出発停止になるか、護衛が大幅に強化されるか。あるいは討伐隊が派遣されてくる可能性もある。
いずれにしても次の戦いは簡単にはいかないぞと覚悟をして、緊張しながら街道を偵察していたら、その日の昼頃。味方の印をつけた馬が走ってきたので、接触を持つ。
小川の川縁で馬を休ませて水を飲ませている時に、偶々一緒になった体での情報交換だ。
早速情報を聞いてみると、『荷馬車10台に護衛10人の部隊が出発した。明日の午前中にここを通過する見込み』との事だった。
……編成が前回と全く同じである。妙だよね?
「えっと、輸送隊は囮で、後ろに逆襲部隊が控えていたりします?」
「分かりませんが、少なくとも私は見ていません」
「今回の隊は昨日時点でもう街を出ていて、襲撃事件を知らない可能性は?」
「昨日は一つ手前の街で泊まりました。襲撃の情報も広まっていたので、知らない事はないと思いますが……」
「そうですか……情報ありがとうございます。気をつけて帰ってくださいね」
「はい。そちらこそお気をつけて」
そう言葉を交わすと、連絡員の人は東へと走り去っていく。
すぐに引き返すと怪しいからね。昨日の麦を回収した商隊も、そのまま東に向かってどこかの街に入り、その後西に引き返すはずだ。
――さて、これから来るという輸送隊への対応だけど……。
個人的に一番可能性が高いと思うのは、輸送隊は囮で、俺達が襲撃したらそこを側面から襲う気でいるパターンだ。
昨日の襲撃を受けて、すこぶる真っ当な対応だと思う。
……だけど同じくらいの可能性を感じるのは、無策でそのまま来てしまったパターンである。
輸送指揮官は帝国兵のはずだが、ただの監督官であって輸送中止を判断する権限を与えられていないとか、警戒して奇襲を受けなければ大丈夫と、こちらを甘く見ているとかの可能性だ。
「……シーラ、明日また来て俺達も敵を確認しよう。別働隊がいないかどうか、気をつけて見て」
「はい」
そう伝え。小川から西に進んで人目が切れた所で道を外れ、その日は一旦仮本拠に戻る。
命がかかっている事だけに、慎重になるに越した事はないからね……。
帝国暦167年7月17日
現時点での帝国に対する影響度……0.0101%(西方新領で反乱軍を名乗る勢力に輸送隊が襲われた)
資産
・5336万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 1384万ダルナ@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
三期生63人(月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証 帝国暦167年5月分まで10万ダルナ分前払い)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




