139 初戦
麦を帝国に運ぶ輸送隊が来るという情報を得て、俺とシーラは急いで仮拠点に戻る。
一報を知らせるとみんなにも緊張が走り、早急に準備を整えて仮拠点を発つ。訓練を重ねただけあって、この辺りの動きは極めて迅速だ。
クレアさんの実家商会からの情報によると、今回の輸送隊は荷馬車20台に護衛兵が10人で、指揮官が一人。輸送隊の規模としては小さい方らしいので、初戦の相手としてはピッタリだと思う。
荷馬車の御者は旧ジェルファ王国の人で、護衛も旧ジェルファ王国兵。指揮官だけが帝国の軍人らしい。
麦を満載した荷馬車は重く、進む速度は遅いので、身軽な俺達は楽々と先回りし、二つ用意した前進拠点の内東側に到着する。
そこで簡単な作戦会議を開き、
・襲撃地点はここから南東
・御者と護衛はなるべく殺さない
・捕虜をとっても面倒みれないから、降参したら逃がしてあげるし、逃げるのを深追いもしない
・退却の合図である笛が鳴ったら、たとえどんな状況でも退却する
などを確認する。ちなみに笛は、俺とシーラが一個ずつ保有だ。
その晩は前進拠点で一泊するが、元冒険者の子達は緊張して中々寝付けないようだった。
商隊の護衛任務で戦闘経験はあるし、盗賊などを殺した経験もあるはずだ。
それでもやっぱり、反乱軍としての初陣だと思うと緊張するのだろう。
その点シーラは、枯葉布団に潜り込むやすぐに寝息を立てはじめる。
幼い頃に父親と共に戦場に出た事があるらしいけど、さすがに戦った事はないと思う。肝が太いと言うのか、度胸が据わっているのだろう。
……そしていつも思うけど、いつでもどこでもすぐに眠れるのって、すごい才能だよね。
兵士や冒険者として役に立つのはもちろんだけど、平凡なサラリーマンだった前世の俺にも欲しかった能力だ。
とはいえ、シーラは眠っていてもちょっとした気配ですぐに目を覚ますので、あまり深くは眠っていないのかもしれない。
そう考えると、少しでも睡眠時間を長く取れるように寝つきがよくなったのかもしれないね。戦場特化の体だ。
一応気を付けて見ているけど、昼間に眠そうにしている様子はないので、慢性的な睡眠不足で寝つきがいいとかではないと思う。
普段の凛々しい姿と厳しい視線とは一転して、歳相応のあどけない顔で寝息を立てているのを見て癒されつつ。あれこれ考え事をしているうちに、俺も夢の世界へと落ちて行くのだった……。
翌朝は誰ともなくみんな早起きし、武器の手入れや馬の世話に余念がない。
……とはいえ、ゆっくり東進する輸送隊を一番東の襲撃ポイントで襲う予定なので、想定襲撃時間は明後日なのだ。
初戦だからと余裕を持たせたけど、逆効果だったかもしれない。
極度に緊張して張り詰めたみんなを見ると、この状況で三日もいたら戦う前から消耗してしまいそうだ。
なのでシーラとも相談の結果予定を変更し、引き返してもっと西寄りで襲撃を行う事にした。
荷馬車は人間が歩くくらいの速度なので、馬を飛ばせば三日分の距離を半日ちょっとで走る事ができるからね。
――シーラに抱きかかえられるようにして乗る馬の上で、俺は地図を見ながら向こうの移動速度と距離を計算し、当たりをつけた場所で進路を南へ。街道へと向けた。
……果たせるかな、少し走ると前方に、荷馬車20台ほどの隊列が見える。
護衛の歩兵が10人に、馬に乗った指揮官らしいのが先頭に一人。これ見よがしに帝国の旗をひるがえしている。
「――シーラ、あとは任せた。気をつけてね」
「はい!」
シーラは一瞬馬を止めて俺を下ろすと、『行くぞ!』と大声を張り上げ、先頭に立って輸送隊に側面から突っ込んでいく。
すぐ後ろに続くメルツが北極星をデザインした旗を掲げると、兵士達が雄叫びを上げ、隊の速度が一段上がった気がする。
俺は戦闘に参加しないティアナさんとキサ。医療担当の兵士一人と一緒に、予備の馬の面倒を見ながら少し離れた場所から周囲に気を配る。
シーラも警戒はしているだろうけど、戦いの最中に周りにまで気を配るのは中々できる事ではない。
だから視界を広く取って、広範囲を警戒するのは参謀である俺の仕事だ。そしてもし危険が迫っていたら、退却の合図の笛を鳴らす。もちろん戦闘の経過も見守って、こちらも危険があったら退却の笛を鳴らす。
ティアナさんは人間同士の争いにエルフを直接的に巻き込む訳にはいかないという事で、戦闘には不参加。
キサは名目上は傭兵だけど、預かっている感覚なので万一の事があってはいけないし、もし敵に捕まって出身がバレたら遊牧民に迷惑がかかるので、同じく直接戦闘には参加しない。
なので俺と一緒に離れた所にいて、周囲の様子に気を配ってくれる。
二人共かなり目がいいので、警戒要員としては俺より断然頼りになる存在だ。
俺も秘密兵器。ガラス職人さんに頼んで作ってもらった望遠鏡を出すが、倍率はあまり高くない。
高倍率を目指すとレンズの精度の関係で映像が歪んでしまうので、今の所実用レベルなのは三倍くらい。
俺が使うとティアナさんはおろか、キサの裸眼視力にも負けるくらいだけど、あるとないとでは全然違うからね。
――そんな訳で俺も油断なく周囲に視線を巡らせ。首から下げた笛を握り締めながら、シーラ達の突撃の様子にも注意を向ける。
槍をかざしたシーラが先頭で、その後ろに旗を結びつけた槍を掲げるメルツ。そして残りの兵士達が、綺麗な三角形を作って後に続いている。
訓練の成果がよく出ている、綺麗な突撃隊形だ。
そして一方の帝国輸送隊は、こんな所で敵襲を受けるなんて夢にも思っていないのか、気の抜けたノンビリムードである。
さっきのシーラや兵士達の声も聞こえていなかったのか、聞こえたけど自分達には関係ないと思って気にしていないのか。警戒態勢を取る様子はない。
普通の盗賊はわざわざ危険を冒して帝国の輸送隊を襲ったりしないだろうから、今まで襲撃を受けた事なんてないのだろう。完全に油断している。
――だけどそこに、土煙を上げて疾走するシーラ達が迫って行くと、馬の足音に気が付いたのか、護衛兵の何人かが視線を向けた。
……それでもまだ自分達が襲われるなんて思っていないのか。あるいは経験が浅くて突然の事に動揺し、どうすればいいか分からないのか。なにか行動を起こす事はなく、その間にシーラは先頭の帝国兵めがけて全速力で迫っていく。
――数秒の後、ようやく帝国兵も馬の足音に気付いたらしい。視線をこちらに向けて動揺した様子を見せるが、シーラの槍先はもう目の前に迫っていて、『その首貰い受ける!』というシーラの声が響いたかと思うと、次の瞬間には血飛沫を上げて、驚愕に目を見開いたままの帝国兵の首が宙を舞った……。
先頭にいた帝国兵の首を刎ねた後。シーラ達はそのまま前方を横切って馬を返し、南から半包囲する形に展開する。
『我々は帝国の支配に対する反乱軍である! 戦う気のない者は武器を置いて逃げれば命は取らん! 帝国に殉じて命を捧げる気のある者がいたらかかって来い!』
一糸乱れぬ動きと、シーラの大声。自分達より圧倒的に多数の相手。そしてなにより、指揮官であった帝国兵が一瞬で討ち取られてしまった事に動揺したのだろう。護衛の兵士達が一斉に武器を捨てて逃げ出すと、荷馬車を操縦する御者達も悲鳴を上げ、先を争って逃げていく。
どうやら初戦は、あっという間に俺達の完勝に終わったようだ……。
帝国暦167年7月16日
現時点での帝国に対する影響度……0.0001%(帝国領での塩販売開始)
資産
・5336万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 1384万ダルナ@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
三期生63人(月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証 帝国暦167年5月分まで10万ダルナ分前払い)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




