138 蜂起前夜
キサが加わった三人旅は、予想外に順調に進んでいる。
魔獣はいつも通り、シーラが気配を察して撃退。あるいは仕留めて道中の食糧となり、危な気なく進んでいる。
その手際は見事なもので、草原を馬に乗って進んでいると、突然シーラがピクリと反応して馬を止め。表情を険しくして『アルサル様、降りてください』と言う。
言われるままに俺が降りると、颯爽と馬を返して森へ走っていく姿はとてもカッコ良くて、思わず惚れ直してしまうくらいだ。
そしてキサと一緒に馬に草を食べさせながらしばらく待っていると、『追い払いました』という報告と共に戻ってくるか、一塊のお肉と共に戻ってくるかだ。
『追い払いました』の場合は移動再開。お肉の場合は近くの水場まで移動してご飯の時間だ。
馬達はキサにとてもよく懐いていて、細かい移動にもちゃんと付いてくるし、柵もない所で放し飼い状態で夜営しても、どこかへ行ってしまう事もない。
出発前に口笛を吹けば、あっという間に全員集合する従順さだ。
大きな川を渡る時も、キサを乗せた馬が先頭に立って飛び込むと、躊躇いなく後に続く。
その一糸乱れぬ動きは、自身も乗馬巧者であるシーラが感心するほどだ。
やはり付いて来てもらってよかったね。
そんな感じで順調に森と草原の境界に沿って西進し、見慣れた風景の中州の拠点に到着したのは、出発から七日目の事だった。
街道を移動して五日半なので、道も橋も宿もない所を魔獣の襲撃に対応しながら、馬25頭を連れて移動した事を考えると、かなりの速さだったと思う。
キサはこのまましばらく俺達と行動を共にするので、みんなに紹介し。そのまま中洲の拠点の対岸に広がる草原で馬の世話をしてもらいながら、順番に冒険者の子達に乗馬の訓練をつけてもらう。
……そうして数週間が過ぎた頃。西のロムス教皇国に行っていたメルツとメーアが無事に帰ってきた。
二人は教国製の槍先と鏃を大量に買い付けてきてくれ、報告を聞いてみると、旧ジェルファ王国からの亡命勢力と協力して密輸に成功。亡命勢力にも多額の資金を流して勢力を拡大させた上、友好関係を深める事にも成功したらしい。
まさに満点の仕事だ。
亡命勢力には元ジェルファ王国貴族であるメルツの知り合いもいたらしく、それが上手くいった理由であるらしい。
メルツを派遣したのは、まさに適任だったようだ。
そんな訳で、準備が整った所で冒険者の子達に召集をかけ。三期生の子を除いた一期生と二期生40人から、船の運航に当たってくれている海軍枠五人を除いた35人が勢揃いし。メルツとメーアも加わって、反乱軍の仮本拠へ向かう。
それに伴い、三期生の子63人が『全員で協力すれば北の拠点の護衛もできるでしょう』というシーラの判定によって北の拠点に移動し、護衛任務に当たってくれる。
ちなみに北の拠点の人達には、当分帰れないと思うので今年分の給料をまとめて先払いしておいた。
東の拠点に荷物を運ぶ船便に注文品を書いたメモを運んでもらうようにしたので、給料の使い道と雑貨類やお酒の供給も大丈夫だと思う。
三期生の子達も一人前の冒険者として扱う事になって、月給三万ダルナを支給する。
無駄使いしないかちょっと心配だけど、そこは女の人達が母親代わりに指導してくれるだろう。
そうして手が空いたティアナさんにも現地集合で合流してもらう事にして、俺達反乱軍一行は大山脈沿いに、森と草原の境目を西へと進み。小川に沿って森の中へと入っていく。
滝にぶつかってからは馬から降り、馬を引いて大回りで滝の上に移動し、そこからさらに小川を遡った所が、当面の住処となる仮本拠だ。
辺りは基本森だけど多少は草が生えているし、川沿いには草が茂っているので、馬達の食事もなんとかなると思う。
魔獣に襲われる危険があるので、キサの引率の下、シーラかティアナさんの護衛付きで食事に行ってもらう一方、草を集めて干し草も作っておく。
馬達も本能的に魔獣を恐れているのか、キサの近くから離れず遠くには行かないので、多分危険はないと思う。
そして反乱軍のメンバーは干し草作りの他、ティアナさんの指導の下小屋を建てたり、メルツが仕入れてきた槍先に木の柄を付けて槍にしたり、鏃を矢に加工したりと、忙しく戦いの準備を進めていく。
来るべき帝国との戦いを前に、みんなやる気満々だ。
仮本拠ができた後は、森の浅い所に前進拠点を整備する。仮本拠とアルパの街の間に二か所だ。
木で小屋を作って、布袋に枯葉や枯草を詰めた寝具を備え。前進拠点の準備は完了。
一通りの作業を終えた俺達は仮本拠に戻り、俺はみんなに一枚の旗をお披露目する。
黒地をベースに、中央に銀色の星が刺繍された旗。北の拠点の女の人達に頼んで作ってもらった。
イメージとしては夜空に輝く北極星。決して動かない天の中心だけど、伝わるかどうかは分からない。
この世界にも北極星に該当する星はあるので、分かる人には分かるかもしれないし、みんなには説明したけど、とりあえずはこれが俺達の旗印だと理解してもらえればそれでいい。
ちなみに俺達の名前も決めようとしたのだが、特に意味がないかなと思って見送りになり、差し当たりは『反乱軍』と自称する事になった。
俺達が名前を決めた所で公式声明を出す訳でもなく、それを伝える手段もないので、一般に広めるのは不可能なのだ。
大事なのは帝国に対する反乱勢力と言う所なので、名前は各地の住民が自由に、好きなように呼んでくれればいい。必要になったらそこから一番いいのを選んで採用しようと思う。
問題は俺達の真似をした偽者が現われる事だが、これに関しては対処のしようがない。
元ジェルファ王国の兵士が盗賊化した集団とかが各地にいるみたいだけど、連絡の取りようがないのだ。
そもそも俺達は帝国からしか奪わない義賊的存在になる予定だけど、冒険者の子達の話によると盗賊は普通に盗賊みたいなので、協力する気にもなれないしね。
まぁ、詐称されたら詐称された時だ。
そんなこんなで一通りの準備が整った所で。俺とシーラは街道近くまで情報収集に向かう。
クレアさんが実家商会と連絡を取って、徴収した麦を帝国に運ぶ輸送隊が出たら、馬で先行して知らせてもらう事になっている。
同時にどこかの街から麦を運ぶ商隊が出発し、別の街に麦を運ぶのだが、出発時は空っぽで帰りは満載の予定だ。
これはタイミングが難しいので、上手くいくように祈るしかない。
いよいよ初戦を迎える事に緊張しながら、待つ事八日。ついに輸送隊出発の知らせが届き、俺とシーラは大急ぎで仮拠点へと向かうのだった……。
帝国暦167年7月15日
現時点での帝国に対する影響度……0.0001%(帝国領での塩販売開始)
資産
・3336万ダルナ(-4187万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 1384万ダルナ(-1252万)@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
三期生63人(月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証 帝国暦167年5月分まで10万ダルナ分前払い)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




