137 初戦の準備
春の雪解けの季節を迎え、俺達は冬の間に作り溜めた塩を持てるだけ持って、大山脈を超えて南へと向かう。
途中でエルフの男の人と会って、現時点での生産可能分である傷薬200個を塩と交換し、残りは中州の拠点に運び込む。
塩が倉庫に山積みになったけど、供給量は今までと同じに調整するよう、クレアさんにお願いしておく。
なるべく今までと変化がないように。俺達が反乱軍と関係していると疑われないようにしないといけない。
実際に行動を起こすのは麦の収穫が始まる初夏なので、それまでは今まで通り。冒険者の子10人に北の拠点の護衛をお願いし、5人は船の運航。ティアナさんはエリスとの面会をかねて塩運び。残りの冒険者と冒険者見習いの子達は、実戦経験を兼ねて商隊の護衛の仕事だ。
俺とシーラは、エリスの所、新商会長さんの所、新商会がある帝国領の街、遊牧民との境界の村、遊牧民の集落、東の拠点と回って。経費の精算や状況の確認をしておく。あとは、戦いに備えて馬の調達もしたい。
エリスからまだ受け取っていなかった塩の売り上げ1200万アストルを受け取り、税金などの経費を精算し。昇給の話をして、多めの運営資金4000万ダルナを預けておく。
ちなみにエリスとセファルさんの昇給は二人共わりと強めに遠慮したが、エリスには『これから難しい仕事が増える分の報酬で、適正な報酬を受け取らないのは仕事の手を抜いてもいいという言い訳に繋がるから』とそれっぽい事を言って、10万ダルナの昇給を受け入れてもらった。
セファルさんには、弟さんが会計の能力を上げているので、弟さんの月給を5万ダルナ上乗せするという事で決着した。
二人とも嬉しそうで、俺もほっこりさせられた……。
次に移動して、新商会長さんとも今更ながら新年のあいさつを交わし、旧ジェルファ王国圏内における各種情報。特に有力者に関するものを貰い、去年の在庫だけどメープルシロップ100瓶を渡して、引き続き人脈作りと情報収集をお願いしておく。
次は東の新商会だけど、経営は順調なようで、船便で運んだ塩の売り上げ7760万アストルと情報を受け取り、こちらにもメープルシロップ100瓶を渡して、引き続き帝国内における人脈作りと情報収集をお願いしておく。
北上して遊牧民との境界の村には新商会の支店ができていて、倉庫には北に送られる品が積み上げてあった。
冬の間は航路が停止していたので、滞留しているのだろう。
春の訪れと共に再開するので、これからは北から来る塩と併せて、動き出すと思う。
遊牧民の集落では、今年分の馬育成所運営費1200万ダルナを渡し、キサやキサ兄と話をする。
こちらも運営は順調だそうで、キサ父のおかげで馬は沢山いたし、子馬の出産も沢山予定されているらしい。
キサはもうすっかり立派な遊牧民になっていて、馬を自在に乗りこなす姿は、初めて会った時の自信なさげな様子が嘘のようだった。
今でも俺やシーラの姿を見るととても喜んでくれ、集落にいる間中俺達の後をついて回って、東の拠点にも同行してくれた。
東の拠点の倉庫も無事で、中には北の拠点に送る物資がいっぱい詰まっていたので、航路が再開したら活発に輸送が行われると思う。
北風が弱まってからになると思うので、五月頃からだろうか?
東の拠点を確認して遊牧民の集落に戻り、今回の主要目的でもある馬の調達を行う。
反乱軍を起こすに当たって人数分+αの馬が欲しいので、見習いの子達はまだとして、冒険者の子達34人分。余裕を持たせて40頭の馬をお願いした所、若くていい馬から順に、40頭を馬具付き5500万ダルナで譲ってもらった。
馬具付きで一頭140万ダルナ弱計算なので、街で買うよりかなり安い。質を考えれば半値以下だ。
……ただ一つだけ問題があって、繁殖のためにメス馬を残す都合上、全部オス馬なのだ。
一般的にオス馬の方がちょっと体格が良くて、力もあって戦闘向きらしいけど、気性が荒くて扱いが難しいらしい。
一応調教はされているし、シーラは馬の扱いが上手だけど。さすがに初対面の馬を40頭も一人で管理して中州の拠点まで運ぶのは容易じゃないし、沢山の馬を連れていたら道中見咎められる危険もある。
目立ちたくない俺としてはそれは非常によくない訳で、『三回くらいに分けて運ぼうか? でもそれでも目立つよね……』とシーラと相談していたら、それを聞いていたキサが自信ありげに言葉を発する。
「西へですよね、私が運びましょうか? 私も面倒を見ていた馬達ですから、私なら一人で40頭扱うのも平気ですよ!」
「――それはありがたいけど、キサここを離れて大丈夫なの? 遊牧民ってあまり街に行かないでしょ? それに、やっぱり馬40頭連れは目立つよ」
「草原を通っていけばいいんじゃないですか? 山沿いに森との境界に添うように行けば、そうそう人と出くわさないでしょう? 草原の移動は得意分野です!
……あ、もしかして途中で草原が途切れて、どうしても街を通らないといけない場所とかありますか?」
おお、初めて会った時は気弱そうだったキサが、立派な事を言うようになったね……。
「草原は多分ずっと続いていると思うけど、大きな川とかあるし森沿いは強めの魔獣が出るよ」
「馬は泳げますから川を越えるのはなんとかなると思いますし、魔獣はアルサルさんとシーラ先生がいればなんとかなりませんか?」
なるほど、俺は特に役に立たないけど、シーラがいればなんとかなる気がする。
森沿いなら帝国と旧ジェルファ王国の国境線にも検問所とかないだろうし、街や街道を通らなければ人目につく事もない。これはいい考えかもしれないね。
「シーラ、キサの提案どう思う? いけそう?」
「魔獣の相手はお任せください。馬の扱いや川越えをキサ殿にお任せできるなら、人目につかずに一度に大量の馬を運べる、良い方法だと思います」
「なるほど。よし、じゃあキサ、悪いけどお願いできる?」
「はい!」
「――いや、ちょっと待て!」
嬉しそうなキサの返事で話がまとまったかと思ったら、キサ兄が話に割って入ってきた。
「遊牧民の伝統として、遊牧民は草原で生きるものだ。交易のための最小限を除いて街や村へ行くべきではないし、そもそもおまえの事は父上から頼まれている。どことも分からん場所へ行かせる訳にはいかん!」
怒っているというより、慌てている感じだ。
「えっと……行き先は街ではなくおおむね草原に属する場所だと思います」
中州の拠点だから、嘘はついていない。
「ほら、大丈夫だって。アルサルさんと一緒ならオオカミの領域である丘の向こうに行っても平気だったんだし、西へ行くのも大丈夫だよ」
「いや、しかし……」
なにやらキサの俺に対する信頼がやたらと篤いが、正直ここはキサの協力がぜひとも欲しい。
となると……。
「では、キサを雇うという事でどうでしょうか? 肩書は護衛でも傭兵でも荷運びでも馬の世話担当でもなんでもいいですけど、正当な対価をお支払いしますから」
「…………どれが一番報酬が高い?」
おっと、一気に生々しい話になってきた。
でもそうだよね。遊牧民は本来、夏に雨が少なかったり冬が厳しかったりすると食料不足から部族間で争いが起きて、負けたら餓死者が出るくらい過酷で不安定な生活だと聞いている。
そんな環境なら、少しでもお金を稼げる機会に興味を示すのは当然だ。
今は俺が馬を買っているけど、いつまで続くかは分からないから、稼げるチャンスがあるなら稼いでおきたいだろう。
キサの事も働き手として重要なのであって、よそでそれ以上のお金を稼いでくるなら、それでいいはずだ。
一応父親に頼まれているらしいから、扱いが悪い訳ではないと思うけどね。
そして、『どれが一番報酬が高い?』か……。正直どれでも同じ報酬を考えていたけど、この流れなら一番こっちにとって都合のいい肩書がいいよね……。
「では『傭兵』で、報酬は月に48万ダルナ。銀貨48枚でどうでしょうか? 一年分前払いしますよ」
「銀貨48……」
お、顔色が変わった。たしか羊を村に売りに行くと一頭6万ダルナだと言っていたので、月に八頭分で計算したけど、結構な額なのだろう。
馬の繁殖場としてのこの場所にかかる経費も、『若くて乗馬と戦闘に長けた者を三人から五人置く必要があって、年間で羊200頭』と言われて。羊200頭分の1200万ダルナで契約した記憶がある。
多分多めに言われたけど、経費もかかるから実際の利益はあまり多くないはずだ。キサ一人で年間576万ダルナ稼げるなら、向こうも文句はないだろう。それを見越してちょっと多めに言った。
……そんな訳で交渉は迅速にまとまり。キサを傭兵として雇用して、東の拠点と村の支店との間の荷物運びは、キサ兄が代わってくれる事になった。
報酬は今まで通り、一往復で塩を100袋運んだ内の二袋だ。東の拠点に荷物が届いているだろう六月から、月二回でお願いしておく。
一緒にオオカミの様子を見に行った事があるので受けてくれたが、『一回ごとに塩一袋を提供するのを忘れないでくださいね』と再確認すると、黙ってコクコクとうなずいていた。
やはりオオカミは怖いらしい……。
――という訳で、キサを一行に加えた俺達は馬40頭を連れて西へと向かう。
最初は苦手だったとはいえ、遊牧民の本領を発揮したキサの乗馬術はかなりの
ものなので、みんなにも教えてあげて欲しい。
そんな相談をしながら、俺達は道もない大草原をひたすら西進するのだった……。
帝国暦167年5月3日
現時点での帝国に対する影響度……0.0001%(帝国領での塩販売開始)
資産
・7523万ダルナ(-2616万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2636万ダルナ(+1545万)@月末清算(現在3月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1637(+200)
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月給10万と月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給10万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証 帝国暦167年5月分まで10万ダルナ分前払い)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)
キサ(協力者・遊牧民傭兵 月給48万 帝国暦168年4月まで給料前払い)




