136 面談
北の拠点での冬季合宿も終盤を迎えた頃、訓練生の子達と一対一で話をする場を設けてもらう。
話す内容は、本当に前線で戦う事を望むかの確認。そして、戦うならどの役職に適性があるかを、本人の希望も聞いて判定する。
冒険者の子が40人に、見習いの子が63人。合計103人を五日かけて丁寧に面談し、普段観察して得ている印象とも照らし合わせていく。
――結果。船の運航をしていた子達を中心に五人が船乗りを志望し、女の子一人が医療班を志望した以外は、全員が帝国と戦う選択をした。
『少しでも迷いがあるなら、即答しなくてもいいからよく考えてみて。直接武器を交えるだけが戦いじゃないよ』と言ったのだが、この割合である。
一人だけ医療班を志望した子も、『本当は戦いたいけど、私は体が小さくて力も弱いのでみんなの足を引っ張ってしまうから……』という理由だった。
そして大半の子が、自分がいかに帝国と戦う事を望んでいるかという話をしてくれたのだが、それはつまり帝国軍に家族を殺された話でもある訳で、100通り近くもそんな話を聞かされて、俺がちょっと鬱になりかけた。
そしてこの面談では、俺の秘密も。元アムルサール帝国の皇帝であり、宰相を討つために軍を起こそうとしているという話も打ち明けた。
これを秘密にしたままで帝国と戦うのは、騙しているような感覚が拭えなかったからだ。
戦いから降りて普通の冒険者として生きたいとか、ガラス職人や木工職人として生きたいと言う子がいたら、その子には秘密にしておこうと思っていたけど。船乗りを志望した子達は反乱軍の海軍部隊みたいな感覚だし、医療班を志望した子も、最前線に同行する医療部隊とでも言うべき配置希望だったので、結局全員に話をした。
強い戸惑いを見せる子も多かったけど、権力のないお飾りで、使い捨ての皇帝だった事。
ジェルファ王国への侵攻前に退位していた事。
俺にとっても今の帝国を牛耳る宰相は仇敵である事などを話し。そのあともう一度、俺の指揮下で帝国と戦うかと訊いたら、全員が共に戦うと言ってくれた。
中には頭がいい子もいて、『もし戦いに勝って皇帝に復帰したら、この国を支配するのですか?』と訊かれたりもしたが、『そのつもりはないよ。ジェルファ王国は元の独立国に戻るのがいいと思っている』と答えた。
緩衝地帯という言葉まで理解しているかは分からないけど、全体で見てもそれが一番納まりがいいと思う。
それ以上追求してくる子はいなかったけど、俺の立ち位置についてはおおむね納得してくれたのだと思う。
完全に納得してくれたかは分からないけど、少なくとも俺に反感を抱いて、裏切りを企てるみたいな子はいなかったと思う。
これに関しては、シーラの存在も大きいんだろうね。
シーラは俺よりずっと強く、この子達と共に戦う仲間という絆で結ばれていて、深く尊敬されてもいる。
だから俺の事を信用できなくても、シーラが俺を信じているならそれを信用しようと。そんな考えも働いたのだと思う。
……そして、103人全員の面談が終わった後。俺は104人目としてシーラを呼び出した。
シーラは訓練教官だった手前、同席すると戦いから降りたい子がいた場合に言い出しにくいだろうと思って、隣室で待機してもらっていたのだ。
一応、俺が元帝国皇帝だと話した瞬間に激昂して襲いかかってくる子がいたら、その対応をという目的もあったのだが、幸いその方面での出番はなく。ちょっと安心した様子で俺とテーブルを挟んで向かい合う。
「……シーラ、今更こんな事を訊くと怒るかもしれないけど、それでも一応訊いておく。シーラは帝国軍と直接戦う事を希望する? 帝国と戦うだけなら直接武器を交えるだけじゃなく、後方での仕事もあるし、それも戦いに勝つためには大切で必要な事なんだ。
もしくは他になにかやりたい事があるなら、そっちを選んでもいい。戦いの後は国を復興させなきゃいけないから、そのための一助になるのも必要で、大切な貢献だと思うんだよね。
少しでも迷いがあるなら返事は今すぐじゃなくてもいいから、ゆっくり考えてみて」
訓練生のみんなにしたのと、同じ質問をぶつけてみる。
――本当に怒られるかもしれないと覚悟していたが、意外にもシーラは少し考える様子を見せた後。いつもと同じちょっと冷たい声で、落ち着いて言葉を発した。
「帝国軍と直接戦う事を希望します」
「……本当にそれでいい? 昔の知り合いと戦う事になるかもしれないよ?」
「はい。……正直な所、同じ国の兵士と殺し合う事に抵抗がないではありませんが、それを押してでも果たしたい目的があります。
もう決意は固まっていますから、今更なにが出てきても迷いません」
「昔遊んでもらったお父さんの同僚や部下だった人とか、友達とかが相手でも?」
「はい」
おおう、やっぱり決意固いな……。
「わかった。……部隊で希望の配置とかある?」
「最前線で、先頭に立って敵に斬り込んでいく配置を希望します」
「……了解だけど、一つだけ約束して欲しい事がある」
「なんでしょうか?」
俺はシーラの目をじっと見ながら、本来苦手な真面目で重たい空気を目一杯作って、言葉を発する。
「戦場では、生き残る事を最優先に行動してもらいたい。
これは甘えた事を言っている訳ではなくて純粋に戦略的な話なんだけど。帝国は指揮官クラスだけでも何百人か、下手したら何千人もいる。相討ちはもちろん、一人で10人倒してもこっちが数で押し負けてしまう。
だから最後に勝つために。戦い続けられるように時には負ける事も受け入れて、形勢が不利だったら退却……言葉を取り繕わずに言うと、逃げる事をためらわないで欲しいんだ。
武人として育ったシーラは、敵に背を向ける事に抵抗があるかもしれない。だけど俺達がこれから戦うのは、圧倒的に不利な状況から始まる戦いなんだよ。
戦力差なんて1対100どころか、1対1000や1万かもしれない。
いくら準備を整えても全戦全勝なんて無理な話だから、言い方悪いけど負ける事も受け入れて、慣れて欲しい。大丈夫かな?」
「…………努力します」
わぁ、微妙な答えだ。
シーラは戦う意欲が。宰相への恨みと家族を助け出すという気持ちが強すぎるから、突撃は躊躇しないだろうけど、退却は時機を逸しそうなんだよね。
むしろ追い詰められたら、『一人でも多く地獄への道連れにしてやる!』とか言いそうな気がする。
そしてこれは、訓練生の子達も同じくだ。
……ここは参謀としての俺が一番しっかりしないといけない所だよね。
「シーラ、明日からの模擬戦は負け戦と退却の訓練もやるよ。負ける訓練なんてしたら士気が下がるかもしれないけど、いくらでも戦力の補充ができる帝国軍と違って俺達は限られた戦力で戦わないといけないし、補充もどれだけできるかわからない。
だからなにより戦力の温存を優先しないといけないから、そのためにも必要な訓練なんだ。いいね?」
「――はい」
いつになく厳しい口調になってしまったが、大事な事なのでここは譲れない。
シーラも納得してくれたようで、訓練生の子達にも同じ話をして、翌日から負け戦と撤退の訓練もするようになった。
いよいよ、戦いの始まりが近付いて来ている……。
帝国暦167年3月10日
現時点での帝国に対する影響度……0.0001%(帝国領での塩販売開始)
資産
・1億139万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2636万ダルナ@月末清算(現在10月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×1437
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給35万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給29万 内24万は帝国暦169年5月分まで前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 月給12万)
元孤児の冒険者 一期生二期生合計40人(部下・部隊指揮官候補として教育中 月給3万)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給5万)
ガラス職人(協力者 月給15万・衣食住保証)
船大工二人(協力者 月給15万・衣食住保証 帝国暦167年5月分まで10万ダルナ分前払い)
怪我を負った孤児の子達43人(北の拠点で雇用 月給7.2万)




