124 めまぐるしい夏
メルツとメーアを西のロムス教皇国へと送り出した後、俺とシーラは一旦北の拠点に戻る。
海路での西へのアクセスが可能かどうかを探るためだったが、お酒をお土産に海狸族を訪ねて詳しく話を訊いてみた所、どうやら西に行った場所に内湾の入口となる幅の狭い場所があるらしい。
そこは潮の流れがとても速くて泳ぎにくい上、俺のイメージでクラーケンな巨大なイカのような魔獣の巣になっているのだそうだ。
なるほど……西の海に広く分布している訳じゃなくて、巣があるのね。
それなら西の国でも普通に船が航行できる訳だ。できないのは行き来だけか……。
どうしよう? 船の航海を邪魔する巨大なイカ型モンスターを退治するとか、なんか勇者のクエストみたいで正直ちょっと心惹かれないでもない。
……だけど、俺は勇者じゃなくて皇帝として転生した。どちらかと言うと旅の勇者に魔獣退治を依頼する側のポジションだ。
そして、勇者の心当たりもない……シーラの強さは勇者級だけど、海の上での戦いはあまりに分が悪いよね。
さらに、仮にクラーケンを退治しても、そこは潮の流れが速い難所なのだと言う。船の扱いを覚えたばかりの俺達が超えるのは難易度が高いだろう。
さらにさらに、西の行商人さんの情報では、ロムス教皇国とは貿易の旨みがあまりなさそうなのだ。
帝国との戦いに協力してもらうなら、国境を接する旧ジェルファ王国西部での活動が主になるだろうから、そっちでも海路の需要はない……。
……うん。無理する必要なさそうだね。
そんな結論に達し。とりあえず海狸族の皆さんにお酒が好評だった事に満足して、西方航路の開拓は棚上げとなった。
ロムス教皇国の件はメルツとメーアに任せる事にして、俺達は東側に注力する。
差し当たり、今は片道しか荷物を運んでいない東回り航路だ。帰りの便で穀物とかお酒とか、女の人達注文の日用品とかを運びたい。
それには東の拠点と最寄の街を結ぶ輸送便が必要で、そのためには拠点と人員が必要な訳だけど……。
そろそろ冒険者養成所の二期生が一年間の研修を終えて一人前になるはずだけど、あの子達は将来の反帝国軍の基幹要員になる貴重な存在で、これから更に実地訓練を積んでほしいので、単純な輸送任務に当たって貰うのはもったいない。
遊牧民の人達の協力を得られるとありがたいけど、なんか暗黙の了解があるみたいで、農耕民の土地には入り込まない。
農耕民の土地との境界である村から、オオカミの縄張りとの境界である北の丘陵までの草原地帯が活動域みたいなので、その範囲は任せられるとしても、それだと全体の半分以下なんだよね……。
――オオカミを手なずける事に成功した可能性があるけど、あれが確定したら東の拠点まで行ってもらえないだろうか?
それなら街から村までの輸送手配だけすればいいので、かなり楽になる。
そして街から村までは……やっぱり馴染みの商会の手を借りるのがいいよね。どのみち運び出す方の商品は塩なんだから、売る手間も考えると全部まとめてやってもらうのがいい。
来年から本格的に対帝国の行動を始める予定だし……ここは一歩踏み込んでみようかな。
そんな事を考えて頭の中で計画を練りつつ。残り二樽分のメープルシロップを船で東の拠点に送ってもらうように依頼して、俺は支店長さんの元に向かう。
……支店のある街に到着し。集めてもらっている情報の確認もそこそこに、俺は改まった調子で口を開いた。
「秘密の話をしたいのですが」
そう言って、視線を支店長さんの斜め後ろ。秘書か執事のように立っている若い男性に向ける。
「……これは私の右腕です。信用して頂いて大丈夫ですが、どうしてもという事なら外させましょうか?」
「いえ、そういう事なら大丈夫です。支店長さん一人の心の中に留め置いてもらう話ではなく、協力者も必要な話ですから」
そう言って、一呼吸置いて言葉を続ける。
「支店長さん、転職……とは言いませんから、副業をする気はありませんか?
具体的には、東に行って元の帝国との国境を越えた先にある街に拠点を。新しい商会を構えて、塩の販売を。ついでに北にある村との間で物資の輸送をやってくれませんか?」
その言葉に、支店長さんの眉がピクリと動く。
「……幾つかお訊ねしたい事があるのですが、まず、どうして副業なのですか? 普通に現商会の支店ではいけないのですか?」
「ダメって訳ではないですけど、俺としては支店長さんが全面的に取り仕切ってくれる方が色々融通が効いていいかなと考えています」
「……それはつまり、融通を効かせる必要がある事をする訳ですね? 単なる塩の販売と輸送だけではないと」
「まぁ、そうですね」
「内容をお聞かせ頂いても?」
「融通の具体的な内容は現時点では未確定で、必要に応じてですが。基本的には商人としての仕事の範囲内、今の仕事の延長線上になるはずです。
販売と仕入れ、輸送と情報収集が主で、禁制品を扱ったりといった犯罪行為をする予定もありません」
「……どれくらいの規模を想定しておられるか分かりませんが、大量の塩を横流ししたら本店に気付かれますよ。
そして東に運び去っている事なんて、少し調べたらすぐにバレてしまいます」
お、これはわりと乗り気な上での質問だよね。
「それは大丈夫です。塩は今とは別ルートで運び込みますからアルパの街は経由しませんし、供給量的にも別枠です。
今の商売の拡大ではなく、扱う品は同じでも別個の新規事業と認識してください」
「なるほど……だから副業ですか」
「そうですね」
……まぁ実際は、帝国の上層部に接触して情報を取ってもらうのが主目的だけどね。
だけど大手商会となれば国の上層部と関係を持つのは普通だし、情報は商人の命と言ってもいい。
交友関係も情報収集もどちらも普通に商売の範囲内の事なので、嘘はついていないし騙している訳でもない。
そして帝国の上層部と懇意になってもらうには、実質植民地扱いの旧ジェルファ王国の商会より、辺境であっても帝国本土の商会のほうが有利だと思う。なのでその意味でも、新規の商会の方がいい。
そんな事を考えていると、支店長さんはしばし黙考の末、決意が固まったのか『わかりました、やりましょう』と言ってくれた。
表情には若干不安気な様子が見えるけど、新しい事を始めるのだからしょうがない。この先一緒に仕事をしていって、安心に変えられるように頑張ろう。
早くそうできるといいなと思いつつ。新商会の拠点を置く街と、北に送る物資リストの確認。
周辺有力者との友好的な関係構築など必要事項を打ち合わせを済ませ、俺は支店長さん改め新商会長さんの右腕だという男の人と一緒に、東へと向かうのだった……。
帝国暦166年8月26日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・5629万ダルナ(-269万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2455万ダルナ@月末清算(現在6月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×237
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給24万 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 日給4000で月24日仕事)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当 自分達の稼ぎから月収3万。残りは冒険者養成所運営資金に寄付)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給5万)
ガラス職人(協力者 月給10万・衣食住保証)
船大工二人(協力者・帝国暦167年5月分まで給料前払い 月給10万・衣食住保証)




