120 東方交易(後)
遊牧民の集落で一泊した翌日。キサの上達した乗馬の腕前を見せてもらったり、キサ兄に子馬の生育状況を見せてもらったりしていると、お昼頃になって荷物が届いた。
さすが遊牧民だけあって、自分の馬の他に二頭の手綱を取っての早駆けもお手の物だ。
そして二頭は人間が乗らない分多くの荷物を積めるので、俺が三頭必要と見積もった量を二頭で運べたらしい。
この辺の加減は追々覚えていく事にしよう。
そのまま荷物を可能な限り北に運んでもらい。小高い丘の稜線からは荷物を載せたままの馬を借り受け、シーラの誘導で先に進む。
シーラは自分一人で駆ける乗馬はお手の物だし、予備の馬を引いての早駆けも見た事があるけど、荷物を載せた馬は少々勝手が違うらしく。ちょっと手間取る様子を見せたが、なんとか進んでいく……。
――とはいえさすが乗馬のプロなのか、その日の夕方には早くも手慣れた様子になり、二日目には大山脈の東端。東の拠点候補地に辿り着いた。
今日は6月の26日。船は23日に北の拠点を出発したはずだけど、まだ到着した気配はない。
無事に先着できたようなのでこのまましばらく待つ事にして、目印のために火を焚いて煙を上げながら、簡素な小屋などを作って過ごす。
……そうして三日が過ぎた29日。俺が夕食の準備をしていると、川の方から微かに人の声が聞こえてきた。
顔を上げて目を凝らすと、そこには北の拠点で見た双胴船の姿がある――見た所大きな損傷もなく、船の上では五人が手を振ってくれている。
こちらも手を振り返し、どんどん近付いてくる船は川岸に半分乗り上げるようにして停止した。
元気よく飛び降りてきた冒険者の子に訊くと、ここまで六日間。北からの横風を受けながら快調に進み、魔獣の襲撃などもなく。順調に到着できたのだそうだ。
船大工さん達に訊いてみても、船には特に問題なし。やはりかなりいい出来らしい。
そしてこの辺りにずっと北風が吹き続けるなら、東西方向への往復には最適な環境なのだそうだ。
……北の拠点での生活結構長いけど、基本ずっと北風が吹いている気がするよね。
ともかく、片道六日なら大成功だ。荷物を陸揚げし、代わりに街で調達した荷物を積み込んでいると、狩りに行っていたシーラが大きなシカを担いで戻ってきた。
そのシカを解体し、夜は航海の成功を祝して宴会を開催し、船大工さん達には早速仕入れたばかりのお酒を提供する。
明日の朝には帰路に就くので泥酔するほどはダメだけど、往復航海が成功したら改めて北の拠点で宴席を設けるという事で、今日は気持ちばかりだ。
……翌朝、北の拠点宛の荷物を積み込んだ船が出航するのを見送り、俺とシーラは運ばれてきた塩50袋。およそ150キロを馬に積む作業を始める。
馬は三頭いるので、一頭に俺とシーラ、残りの二頭に25袋ずつで50袋だ。
夜営に使う天幕や寝袋を使ったり、紐で結んだりして馬の背と、左右が同じ重さになるように両サイドに吊り下げていく。
途中で俺がうっかり塩一袋を地面にぶちまけるという事件はあったが、他は順調に積載を終わり、遊牧民の村を目指して出発する。
二日目の夕方に遊牧民の村に着くと、早速キサ兄と交渉開始だ。
馬繁殖所兼中継拠点としてここを維持する経費として、年間1200万ダルナを払う約束になっている。
その内500万はすでに払ったので、残り700万ダルナを支払わないといけないのだ。
金貨はあるけど、ここは……。
「今年の運営費ですけど、残り700万ダルナは塩の現物払いでもいいですか? 村で買っているという値段の半値にしますから、他の遊牧民に売れば沢山の羊や馬と交換できるでしょうし、村で穀物と交換してもらう事もできると思います」
「――それは構いませんが、入荷が遅くなるようでは困りますよ」
お、父親に訊く事なく独断で了承してくれた。結構な権限があるみたいだ。
「ご心配なく、もう用意してあります」
そう言って馬の背から塩の袋を降ろし、キサ兄に見せる。
袋の中を。そして沢山の袋を見て目を丸くするキサ兄を眺めながら、俺は頭の中で計算を巡らせていた。
遊牧民が塩を買う値段は、俺達が使っている袋の十分の一くらいの小袋一つで、羊一頭6万ダルナと言っていた。なので俺達の一袋は60万ダルナ相当。
その半値の30万ダルナはアルパの街近辺で商会の人に売っているのと同じ値段なので、大きな損はない。
道中見てきた所では、塩の値段は一袋3キロ相当で、最寄の街で25万ダルナ。南の村だと35万ダルナだった。
遊牧民に売っている値段はちょっと高めな気もするが、それは今は置いておいて、30万ダルナなら村の相場よりも安いので、食料と交換も可能だと思う。
村から街へは売れない値段だから、量は限定的だろうけどね……。
――という訳で、『これを24袋でどうでしょう?』と訊いてみたら、キサ兄は『ちょ、ちょっとお待ちください……』と言って、地面に小石を並べ始めた。
これは……多分計算をしているのだろう。小石の数からすると、一つが羊一頭だろうか?
だとしたら、羊120頭分の計算は大分時間かかりそうだね……。
キサ兄が一生懸命地面に小石を並べている間、キサが放牧から戻って来たので訊いてみたら、やはり遊牧民は数字を使わないし、そもそも文字も使わないそうだ。
だけどこれから交易をするのにそれでは困るので、即席で数字と計算を教える事にする。
『0』から『9』までの数字10種類と、四則演算。俗に言う足し算と引き算、掛け算と割り算を教え、筆算のやり方を教える。
キサは地頭がいいのか、俺が教える事を砂が水を吸い込むように吸収し、キサ兄が計算を終えたらしく『それで大丈夫です』と言う頃には、基本的な計算ができるようになっていた。
この先、遊牧民の間に算数を広めてあげて欲しい。
そしてその一方で、俺としては遊牧民全体への塩の流通を独占できたらいいなと思う。
そうなれば馬の仕入れが捗るし、キサ父が遊牧民全体をまとめる存在にでもなってくれれば、帝国と戦う時に側面から協力してもらえるかも知れない。
それが無理でも、遊牧民が帝国側について敵に回らないだけでも、かなりありがたい。
そしてさらに、遊牧民が塩を商ってくれれば、俺達が目立たずに済む。
帝国領内で突然出所不明の塩が流通し始めたら怪しまれるだろうけど、遊牧民からという事であれば、調査の手も及びにくいだろう。
――そんな訳で、この塩が遊牧民の間に浸透する事を期待しつつ。
馬一頭を塩五袋で譲り受けて残りの塩を積み、俺達は陸路でアルパの街を目指すのだった……。
帝国暦166年7月2日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・3077万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 904万ダルナ@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×237
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給24万 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 日給4000で月24日仕事)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当 自分達の稼ぎから月収3万。残りは冒険者養成所運営資金に寄付)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給5万)
ガラス職人(協力者・帝国暦166年6月分まで給料前払い 月給10万・衣食住保証)
船大工二人(協力者・帝国暦167年5月分まで給料前払い 月給10万・衣食住保証)




