115 遊牧民といえば南下して街に攻め込むものだと思ったのに
東回り交易ルートの中継拠点確保と、輸送と護衛に一定の協力。更に馬の調達契約と上々の成果を挙げたが、あと幾つか確認しておきたい事がある。
「参考までに訊きたいんですけど、ここって帝国領ですか?」
「……そういう認識はないな。南の農耕民の村は帝国の支配下らしいが、俺達の所には帝国の役人も兵士も来ない」
「過去に接触があった事は?」
「昔攻めてきた事があるとは聞いている。俺が生まれる前の話らしいがな」
……キサ父は多分30代半ばくらいだと思うので、最近はおおむね平穏という事か。
火種がないなら帝国と戦う仲間に引き込むのは難しそうだけど、帝国の目が届かない場所というのは、それはそれで利用価値が高い。
――元の世界の中国の歴史だと、絶えず北方の騎馬民族と戦っていて、ちょくちょく王朝滅ぼされて支配下に置かれたりしていたイメージだけど。この世界の騎馬民族はまとまった一つの勢力ではないようだし、遊牧民同士で対立しているみたいだから、帝国にとって大きな脅威ではないのだろう。
訊きたい事はおおむね訊けた所で、ちょっと踏み込んだ話をしてみる。
「気を悪くしたら申し訳ないんですけど、他の遊牧民の方とも交流を持って頂く事はできませんか? 将来的に多くの馬が必要になると思うので、なるべく広く買い集めたいのです。
もちろん貴方が仲介者になって、差益を取って頂いて構いません。
先ほど聞いた話では、食料がない時に争う感じだったと思うので、お金が十分に手に入れば村から食糧を買う事ができて、争う理由もなくなるのではありませんか?」
俺の言葉に、キサ父は眉間にしわを寄せてじっと考え込む……。
今までずっと相互不干渉。関わる時は争い事という関係だったみたいだから、急な話に当惑しているのだろう。
「返事は慌てませんから、ゆっくり考えて、同意して頂けるなら実行してみてください。
これは馬を買い集める手付金です」
そう言って、更に金貨五枚をキサ父の前に置く。
さっきのと併せて金貨10枚1000万ダルナ。
この辺りの物価は分からないけど、一族は26人だと言っていたので、村で食糧を買うだけでも一年分くらいになるんじゃないかなと思う。
生活にゆとりができれば新しい事にチャレンジする余裕ができるし、俺の信用も少しは上がるだろう。
『……わかった、やってみよう』というキサ父の言葉に満足して、一応話は終わりとなる。
テントの外を見るともう薄暗い時間で、中に入るのを遠慮していたのか、キサと母親達が入口から覗き込んでいた。
これは普通に話し聞こえていただろうね……別に聞かれて困る話じゃないからいいけどさ。
話が終わった事を告げるとみんなテントに入ってきて、キサ母は煮詰まっていた鍋に水を足し、食事の仕上げにかかる。
遠くまで放牧に行っていたというキサの兄二人も帰ってきていて、俺とシーラの前に羊の肉を運んできてくれた……そういえば買ったんだったね。
所々骨付き肉な羊肉は、10キロ以上ありそうな感じがする。
まだ涼しい時期だし、この辺は空気が乾燥しているからしばらくは日持ちするだろうけど……。
「――あの、もう外は暗いみたいですし。図々(ずうずう)しいお願いをして申し訳ないんですけど、今夜はここに泊めて頂けませんか? 夕食の食材にお肉提供しますから」
――と言ってはみたものの、よく見たら鍋には羊の内臓が投入されている。
さっき解体したやつだろう。ホルモン鍋ならお肉はいらないよね……。
却下される覚悟をしかけた時。意外にも助け舟を出してくれたのはキサだった。
「お父さん、この人達悪い人じゃないと思うの。泊めてあげてくれない?」
……なんだろう、シーラと一緒に乗馬体験をしたので懐いてくれたのだろうか?
強面の父親も娘には弱いのか、それとも商談を通じて多少なりとも俺を信用してくれたのか。『わかった。ここを出て正面に倉庫に使っているテントがあるから、そこでよければ泊まっていけ。シカの毛皮が置いてあるから、必要なら寝床に使って構わん』と、宿泊を許可してくれた。
ついでに夕食のお誘いも頂いたので、解体してもらったばかりのお肉を提供し。具沢山の豪華なスープを一緒に食べる。
同じ釜の飯ならぬ、同じ鍋のスープを食べた仲とか、なんか仲良くなった感じがしていいよね……。
「――味薄くないですか?」
思わず、友好関係にヒビを入れるような事を口走ってしまった。
……だけどこれ、本当に味が薄いのだ。
俺とシーラの分水と食材を足して、調味料を足さなかった感じよりもまだ薄い。そもそも最初から味付けがされていなかったんじゃないかと思うレベルだ。
――が、キサ達の様子に変わった所はない。すでにスープを口に運んでいるけど、普通の。いつもの味といった反応だ。
これは……。
「もしかして、塩が貴重だったりしますか?」
「南の農耕民との交易でしか手に入らないものだからな」
あ、キサ父ちょっと機嫌悪そう。味薄いって言ったのはやっぱり失礼だったよね……でもこれ、思わず口を突いて出るくらい本当に薄いのだ。
「ちなみにですけど、いくらくらいで買っています?」
「一袋で羊一頭だ」
ここは本当に価値の基準が羊だね……一頭6万ダルナ計算でいいんだっけ?
「どんな袋か見せて頂いてもいいですか?」
キサ父の目配せで、キサ母がテントの隅から袋を持ってくる……うん、小さな袋だ。
俺達がいつも塩を運んでいる推定3キロ入りの袋。あれの10分の1くらいしかないのではないだろうか?
「ええと、ここ数年値上がりしました?」
「いや、昔からこの値段だ」
なるほど……アルパの街では帝国侵攻前に比べて4倍くらいに値上がりしているけど、あれは帝国の占領下になって関所が増やされ、通行税が大幅に上がったせいだと聞いている。
それでも、俺が売っている値段が一袋30万ダルナ。商会の小売価格は最近落ち着いてきて仕入れ値の倍くらいみたいだけど、それでもキサ母が持っている塩が推定300グラムで羊一頭6万ダルナなら、同じくらいの値段という事になる。
……まぁ、南の村と言っても帝国領全体で見れば北辺。ここはさらにその北だから、はるか南の海で作られているらしい塩の値段が高くなるのはしょうがないのだろう。
北に行けば海があるけど、危険な魔獣が出る上に内湾で塩分濃度が薄く、塩作りには適さない。そして大山脈に岩塩鉱山もない……だけど塩は人間にとって必須の栄養素で、調味料の基本でもある。
……はやくも有力な交易品を見つけてしまった気がする。て言うか塩は本当に優秀な商品だね。昔は通貨に準じる扱いをされ、給料を意味するサラリーの語源になったという話も頷ける。
元の世界では供給が潤沢すぎたせいで過剰摂取からの高血圧が問題になっていて、俺も健康診断で引っ掛かったけど、あれは一種の贅沢病だったのかもしれないね……。
一瞬元の世界に意識が飛んでしまったが、俺は荷物から塩の袋を取り出し。『入れていいですか?』とキサ母に聞いてみるのだった……。
帝国暦166年4月25日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1839万ダルナ(-500万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 1805万ダルナ@月末清算(現在3月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×57
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給24万 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 日給4000で月24日仕事)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当 自分達の稼ぎから月収3万。残りは冒険者養成所運営資金に寄付)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給5万)
ガラス職人(協力者・帝国暦166年6月分まで給料前払い 月給10万・衣食住保証)




