114 遊牧民との話し合い
天窓があってわりと明るいテントに入り。料理をしていたキサ母が羊の解体に行ってしまったので、無人で煮込まれている鍋を挟んでキサ父と向かい合う。
とりあえずの目的は、ここを大山脈迂回交易ルートの中継地として使わせてもらう事。
そして可能なら、協力を取り付ける事だ。
地面に敷かれた羊の毛皮に腰を下ろし、俺はおもむろに口を開く。
「実はご相談があるのですが、俺達はとある商人の発案で北周りの交易路を開拓するべく、探検に来ました。
大山脈の北側を船で通り、ここから北東に行った川辺に荷揚げ拠点を作って、そこから西に。元のジェルファ王国に向けて荷物を運びたいのです。
それに当たって、この場所を中継地として使わせて頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
一応嘘は言っていない。とある商人と探検に来た俺が同一人物だけどね。
俺の言葉にキサ父はちょっと当惑した表情を浮かべながら、言葉を返してくる。
「具体的な要求はなんだ? 草原は俺達の命の源だから、そこを荒らすと言うなら許さんぞ……」
怖い顔で凄まれるが、俺もそこそこ交渉の経験があるのでこれくらいでは動じない。
いざとなったらシーラもいるしね。
「とりあえず最低限としては、この辺りの通行を認めて頂き、水や食料を補給させてください。あとは宿泊もできるとありがたいです。
もちろん対価はお支払いしますよ。今回みたいに割高な値段でとはいきませんが」
その言葉に、キサ父がちょっと気まずそうな顔になる。やっぱり羊の値段吹っかけてたんだね。
だけど分かりやすく顔に出る時点で、あまり交渉巧者ではなさそうだ。
「……草原や家畜に危害を加えないなら、通る事は問題ない。水や食料も買ってくれるなら歓迎する。泊まる所はテントでよければ用意可能だ」
「それはありがたいです。ではこの先の話は可能ならですが、あなた方とも交易をしたい。そして荷物の輸送や護衛の協力もお願いできると大変助かります」
「交易は望む所だし、馬の背に荷物を積んでの輸送なら報酬次第で協力できるだろう。だが、丘の向こうは御免被る。あそこはオオカミの群れが出る危険な場所だ」
「オオカミはそんなに危険なんですか?」
「一頭で行動するはぐれオオカミなら対処のしようもあるが、群れのオオカミは厄介だ。
特に賢いボスに率いられた群れは狡猾で、戦うのは容易ではない」
なるほど……そういえば今までオオカミの魔獣をシーラが倒すのは見た事があるけど、あれは単独行動だった。
通常のオオカミの群れとは戦った事ないね……普通に考えて、こちらが少数である事を考えると多数の相手は大変そうだ。なにか対策を考えないといけないか……。
「なるほど。では丘よりこちら側なら輸送や護衛の協力もお願いできますか?」
「それは構わん」
「ありがとうございます……あとはこの辺りの事についても教えて頂きたいのですが」
「答えられる事ならな」
「はい。では、この住居は移動を考慮していると思いますが、一年を通してどんな感じで移動しますか? それと、一族でまとまって暮らしているとの事ですが、周辺には他の遊牧民もいるでしょう? 彼らとの関係はどうですか?」
子供が難しい事を訊いたからだろう。キサ父は驚いた様子だったが、なにも問う事なく質問に答えてくれる。
「水場がある五か所を、一夏かけて二周する。夏の羊はあまり水を飲まないが、人間や馬、牛には水が必要だからな。
一つの場所で近隣の草を食べ尽くしたら、次の場所に移動する。数か月して戻ってきたら、また草が生えているという具合だ。
冬になって草が枯れたら南に移動する。農耕民に羊を売って穀物や必要な物を買い、麦わらや干草も買って家畜の冬の食料にする。あとは結婚相手を探したりもするな。
他の部族とはほとんど交流がない。お互い不干渉が暗黙の了解だ。
だが雨が少なくて草の育ちが悪い年は、水場や放牧地を巡って争いが起きる。家畜を奪われる事もあるし、水場を一つ奪われたらその辺りの放牧地も失うという事だから、家畜を大きく減らさなくてはいけなくなる。
そうなると生活に関わってくるので、死ぬ気で戦う。勝って放牧地を守るか、負けて死ぬかだ。
放牧地を奪われたら、いずれにせよ飢えて死ぬしかなくなるからな」
「なるほど……」
遊牧民の生活は想像以上に過酷なようだ。そして農村と仲が良く、遊牧民同士は仲が悪いらしい。
「話変わりますが、大山脈の東端と南西にある街か村を往復するとして、一番いい中継地になりそうな場所ってここでいいですかね?」
「まぁそうだろうな。俺達の活動範囲で一番西にある」
「ではここに常設のテントを作って、常駐の人員を置いて頂く事はできますか? 今すぐにではなくて、早くて今年の夏過ぎか、来年からになるかもしれません」
……お、なんか渋い顔になった。
「少人数で留まるのは危険がある。若くて乗馬と戦闘に長けた者を三人。できれば五人は置く必要があるだろう。だがそれだけの人手が欠けるのは大きな負担だ、相応の見返りがなければできないな」
「相応の見返りってどのくらいですか?」
「春から秋までずっとであれば、羊200頭。あるいはそれに相当する金や穀物などだ」
「羊一頭の値段って正規だといくらくらいですか?」
俺の質問にキサ父はさっき吹っかけた手前だろう。ちょっと気まずそうに答えてくれる。
「銀貨五枚から六枚くらいだ」
おおう、ほぼ倍値だったか。ずいぶんと盛ったねぇ。
それはまぁいいとして、銀貨六枚で計算して200頭は1200枚。1200万ダルナか……用意できる額ではあるけど、中継地一つのために払うには重たいな。どうするか……。
考えを巡らせ、一つの提案を思いついて口を開く。
「わかりました、お支払いしましょう。その代わり、馬を沢山増やしてくれませんか? ここに常駐するなら可能でしょう。
とりあえず初期費用として銀貨500枚分を置いていきます。その代わり、増やした馬を安値で売って頂きたい」
そう言って、金貨五枚をキサ父の前に置く。車も鉄道もないこの世界では、馬は主要な移動手段であり輸送手段だ。
当然値段も高価で、街で買うと若くていい馬は一頭200万ダルナとかする。
維持費もかかるので、F級やE級冒険者ではとても手が出せず。中堅以上のパーティーが一頭保有しているかどうか。
行商人を始める時の一番のハードルが馬車の確保で、車体よりも馬の方が高価なくらいなのである。
この先帝国と戦うにせよ、交易で物を運んで資金を稼ぐにしろ。馬はいくらいても困る事はないはずなので、まとまった調達先を確保しておくのはいい手だと思う。
ここなら産地直売みたいなものなので安く買えると思うし、買い取り確約の注文生産なら、さらに安くなるだろう。
そしてなにより、馬を大量に調達しても目立って目をつけられる事がない。
その利益を考えれば、年1200万ダルナを払う価値は十分にある。高いと思ったら値引き交渉をするか、それが無理ならオマケをつけてもらう。サラリーマン時代の交渉でよく使った手だ。
そして時に。そのオマケが新たな商売に繋がって、元の取引より大きな利益を生む事だってあるのだ。
……キサ父は金貨を見慣れていないのか。あるいは羊100頭に近い値段のお金が突然目の前に置かれたからか、しばらく戸惑っていたが、ややあって『分かった』と言って金貨を拾い上げた。
これで交渉成立。東回り交易ルートの中継拠点と、馬の調達先が同時に確保できた。
俺は上々の成果に気をよくしつつ。更に交渉を進めるべく言葉を重ねるのだった……。
帝国暦166年4月25日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・2339万ダルナ(-500万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 1805万ダルナ@月末清算(現在3月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×57
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給24万 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 日給4000で月24日仕事)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当 自分達の稼ぎから月収3万。残りは冒険者養成所運営資金に寄付)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給5万)
ガラス職人(協力者・帝国暦166年6月分まで給料前払い 月給10万・衣食住保証)




