112 北部平原
大山脈の東端に到達した俺達は、そのまま川の流れに沿って南へと向かう。
しばらく進んで、山脈の南側に入ろうという頃から木の密度が薄くなり、前方は広く開けた草原へと変わった。
草食べ放題で、シルハくんが大喜びだ。
山脈の終点……なのかどうかも分からない、山と言うより丘くらいの小高い場所に登って辺りを見回してみると、はるか地平線の彼方まで新緑の草原が続いていて、そこを大河が巨大なヘビのように、大きくうねりながら流れている。
思わず見入ってしまうくらい雄大な景色だ……。
我に返って、視力がいいシーラにも手伝ってもらってあちこちと見回すが、とりあえず目に入る範囲で街や村などは見えなかった。
大河は曲がりくねりながら南東方向へ伸びているが、本流はまだまだ太いし、大小幾つもの支流が流れ込んでいて、かなり広い流域面積を持っていそうだ。
この川の水運を利用するとしたら、ここにまず最初の拠点を作るべきだろう。大山脈東端拠点とかの呼び方がいいだろうか?
どこまで通じているかは分からないけど、帝都も南東方向のはずなので、将来的に帝国本土に攻撃をかけるのなら、利用できるかもしれない。
……帝都へのルートも興味あるけど、とりあえず今は大山脈の南側を西に戻り。アルパの街との連絡を目指す……が、支流は南や東には広がっているものの、あまり西には伸びていない。
大山脈がここから南東に曲がって、山と言うほどではないけど高地になっていて分水嶺がある感じだろうか?
そんな感じで地形を予測し、しばらく川に沿って南下して一泊した後、大山脈の南側に回り込むように進路を西に取る。
川から離れて大草原に入ると水の心配があるので、できれば今日中に水場を見つけたい所だ。特に馬のシルハくんは、水をたくさん飲むからね。
――そんな訳で、今は北に見えるようになった大山脈を目印に、西に進んでいく。
草原にはあまり凶暴な魔獣は出ない……イメージだったのだが、ここは人里離れているからなのか、オオカミタイプの魔獣が出るし、マンモスみたいな、毛の生えたゾウの魔獣もいた。
マンモス魔獣はあまり凶暴ではなく、こちらから攻撃しなければ襲ってこないみたいだけど、見上げるような大きさなので、襲って来たらシーラでも対応大変だと思う。
なのでなるべく距離をとって進み、他には魔獣ではない普通の動物。シカの群れやキツネの親子。野生の馬の群れなんかを見ながら、シルハくんの背に揺られてわりとのんびりした旅だ……。
……早朝に出発してお昼を過ぎ、陽が傾き始めた頃。前方に一頭の羊が。のどかに草を食んでいるのが目に入った。
野生の羊だろうか……? それにしては毛が短くて、刈られた形跡がある。
もしこれが人に飼われている羊なら、この辺りに羊飼いがいるはずだ。そして人がいるなら村もあるだろう。
シーラも同じ考えのようで、なにも言わなくてもシルハくんの進路を羊へと向ける。
……羊はやはり人馴れしているらしく、俺達が近付いても気にする様子もなく、呑気に草を食べている。平和な光景だね。
――羊の近くまで行くと、離れた場所にも羊がいるのが見えた。
どうやら結構な数が放牧されているようで、辺りを見回して数が多い方へと進んでいく。
しばらく進むと、遠くから犬が吠える声が聞こえたなと思ったら、一頭の中型犬がこちらに走ってくるのが見える……牧羊犬だろうか? だんだん人間社会に近付いている感じがする。
「シーラ、馬止めて」
そう言って停止してもらうと、犬も走るのをやめ。一定の距離を置いてワンワン吠えてくる。
近寄ってこないのは、馬と犬とでは体格が違い過ぎるからだろう。威嚇はともかく、戦ったら勝ち目がないのは明らかだ。
午前中に見たマンモス魔獣もそうだけど、大きいというのはもうそれだけで強いからね。
シルハくんもそれを分かっているのか、吠え立てる犬を気にする様子もなく。完全スルーである。
頼もしいけど、とはいえ中型犬だ。噛まれたら痛いだろうし、馬の相手にはならなくても、子供の俺なら負けるかもしれない。
なので馬から降りずにじっと犬が来た方を見ていると、シーラが『誰か来ます』と教えてくれた。
相変わらず視力すごいね。
「――すいません、うちの犬が失礼をしました!」
息を切らせて走ってきて、そう叫んで頭を下げたのは女の子。それもまだ小さい、少女と言ってもいいような歳の子だった。
犬は少女の飼い犬らしく、頭を撫でてやったら急におとなしくなった……少女が一人で羊の番をしているという事は、この辺りは結構安全のだろうか?
「あの、俺達探検家で山の北側を探検してきたんだけど、ここがどの辺りか教えてくれない?」
そう声をかけると、少女はキョトンとした目で俺を見る。
そしてややあって、瞳に不審の色が浮かんでくる……まぁしょうがないよね。
「怪しい者じゃないよ。遠くから来たからこの辺りに詳しくないんだ。村か水場がある場所を教えてくれると助かるんだけど……」
なるべく友好的にを意識して言葉を発するが、少女はじっと俺を見るだけで何も答えないし、近寄ってくる事もない。
これは警戒されてるね……。
まぁ無理もないだろう。この世界で冒険者といえば街のなんでも屋さんで、意味もなく大山脈の北側を探検したりはしない。
こんな所にいるのは羊泥棒か人攫い。あるいは村を襲う下見している山賊かもしれないからね。
「……この羊はキミが世話しているの?」
警戒されているなのら、まずは仲良くなるための雑談からだ。
この辺りに村があるのなら、北周りルートで物資を運ぶ時の中継地になる。住民とはぜひとも仲良くしておきたいからね。
「……はい、わたしが面倒をみています」
お、会話をしてくれた。まずは第一歩だね。
「オオカミとか大丈夫? ここに来るまでに何度も出くわしたよ」
「はい。この先はなだらかで大きな丘になっていて、丘を越えてくるオオカミはあまり多くありません。たまにはぐれオオカミが来るくらいです」
なるほど、いわゆる一匹狼というやつか。
かっこいい響きだけど、実際には群れから追い出されたかわいそうな子らしいね……。
「たまにって事は、来る事もあるんだ。大丈夫なの?」
「一夏に羊が20頭か30頭くらいは襲われますが、オオカミは羊を狙うので人間を襲う事はほとんどありませんから」
20頭か30頭……結構な数のように思うけど、何百匹も飼っていたら許容できる犠牲なのだろうか?
そして『一夏に』という事は、この辺りは夏の間の放牧地なのだろう。雪が融けて、春の新芽が出てきたら羊を移動させるのだと思う。遊牧民かな? という事は……。
「この羊って商品でいいのかな? 俺達今手持ちの食料が少ないから、一頭売ってもらえるとありがたいんだけど」
「えっと……それはお父さんに話してみないと……」
「話できる?」
「あ、はい。こっちです付いて来てください」
お、なんかあっさり村に案内してもらえる事になった。やっぱり商売の話は食いつきがいいね。
実際にはシーラが魔獣を狩った食糧がいっぱいあるので、騙しているようで申し訳ないけど許して欲しい。
犬と笛を使って上手に羊を集め。村に向かう少女の後について、俺達は南西に向かうのだった……。
帝国暦166年4月25日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・2839万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 1805万ダルナ@月末清算(現在3月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×57
配下
シーラ(部下・C級冒険者 月給なし)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者 月給31万・内15万を上級傷薬代として返済中)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当 月30万を宿借り上げ代として支払い)
ティアナ(エリスの協力者 月給なし)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 月給24万 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当 日給4000で月24日仕事)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当 自分達の稼ぎから月収3万。残りは冒険者養成所運営資金に寄付)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者 月給30万)(弟も冒険者養成所会計補佐として雇用 月給5万)
ガラス職人(協力者・帝国暦166年6月分まで給料前払い 月給10万・衣食住保証)