108 冬季合宿
アルパの街に戻ってエリスに手紙と総督の件を伝え。時間があるかと訊いたら大丈夫との事だったので、部屋に連れ込む。
別に怪しい事をしようという訳ではなく、内緒話をするためだ。シーラも一緒だしね。
「エリス、さっきの話の続きだけど、今度この街にくる西方新領総督って人は、この国への侵攻を指揮した人でもある。
そしてその部下や配下の兵達は、侵攻軍の中核になった人達だ。ララク達にしてみれば直接的に家族の仇になる訳だけど、そんな人達を前にしてみんな冷静でいられると思う?」
俺の問いに、エリスはじっと考え込む。
エリスは冒険者養成所を作る前から孤児院に通ってみんなの面倒を見ていたし、冒険者養成所ができてからは食事を始め、日常生活のあらゆる面で元孤児達の世話をしてきた。
メーアがお母さんならお姉ちゃん……むしろ年齢を別にすればエリスこそがお母さんとも言える存在で、元孤児達の一番の理解者でもある。
そのエリスが、じっくり考えた後に口を開く。
「全員ではありませんが、危なそうな子はいます。そして自重できるだろう子も、仲間から誘われたり仲間が行動に出るのを目撃したりしたら、その時は抑えが利かないでしょう」
だよね……シーラにとっては宰相がラスボスで、宰相の元にいる母親と、多分後宮にいるだろう妹を助け出すという目的があるけど、それでも自制が効くかは怪しい感じだった。
まして元孤児の子達にとっては、総督が一番直接的な敵なのである。
もし叶うなら、相討ちになってもいいから家族の仇を取りたいと思う子がいてもおかしくない。
みんなそのために修行を積み、研鑽を重ねているのだ。
……だけど現時点での捨て身の襲撃は、仮に総督を討ち取る事に成功してもその後は捕まって処刑。そして街が帝国の支配下であり続けるという現実は変わらない。
おまけに総督は軍の指揮官でもあるので、最悪の可能性としては部下の兵士達が報復として街を破壊したり、犯人探しの過程で虐殺をやったりする可能性まである。
そんな事になったらアルパの街がクレアさんの故郷みたいな焼け野原になってしまって、沢山の悲劇とまた新たに大勢の孤児が誕生する事になってしまうだろう。
それはちょっと辛すぎるので、やはり正面から帝国を打ち破り、みんなが生き残って街も解放される可能性を追求したい。
もちろん戦う以上犠牲者は出るかもしれないけど、確定で全員死んでしまうよりは生き残る可能性が高いはずだし、復讐を遂げて死んでしまう半分バッドエンドよりも、ハッピーエンドに繋がる可能性があると思う。
なのでここは、やはり自重である……。
「わかった。エリス、危なそうな子を教えてくれない?」
「承知しました」
そう言ってエリスが書き出してくれたのは、一期生から13人、二期生から9人の22人……多いな、一期生が21人の二期生19人だから、半分以上だ。
「シーラ、22人連れて北の拠点に行くのは問題ない?」
「問題ありません」
「よし、じゃあエリス。春までその22人を連れて他所で訓練してくるから、予定しておいて」
「はい」
「シーラ、せっかくの機会だから実践的な戦闘訓練をしたいんだけど、お願いできる?」
「――お任せください」
おおう、シーラさんものすごくやる気だ。目が輝いておられる。
まぁ、打ち込む事がある方が気が紛れていいよね。これなら総督の命を狙いに行ったりしないだろう。
一期生がやっている商会の護衛任務はお試し契約期間が終わり、今は普通の冒険者として契約しているから、休みを取る自由もある。
二期生の子にいきなり戦闘訓練はきついかもだけど、エリスに総督を襲うかもしれないと危惧されるくらいに闘志に燃えた子達だ。気合でカバー……してくれるといいな。
一応やり過ぎ感があったら止めに入ろう。シーラの訓練とか、すっごい厳しそうな気がするもんね……。
そんな事を考えながら準備を整え。エリスに冬の間の冒険者養成所運営資金として2000万ダルナを預けたり、街で装備を買い揃えたりしながら全員が任務から帰ってくるのを待つ。
今の段階では総督が来る事は秘密だ。北の拠点に行く組には年が明けたら。残留組にはタイミングを見て話すようにエリスにお願いしておく。
メルツとメーアにも話をして残留組のみんなに気を配ってもらうようお願いし。必要とあれば短期の遠征に行ってもらう事にする。
総督は帝都への旅の途中に寄るだけなので、滞在は多分一日か二日だろうからね。
……そんな訳で、メンバーが揃った所で北の拠点に旅立つ。
残留組からは遠征訓練を羨ましがられていたが、シーラに『遊びに行くのではないぞ』と脅されて、みんな引き攣った表情になっていた。
シーラは暇さえあればみんなに訓練をつけていたけど、その厳しさは相当恐れられるレベルであるらしい。
実際今すでに、自分達の荷物の他に、北の拠点に運ぶ予定だった女の人達注文の品を、結構な量持たされている。
しかも三人一組で、お互い協力して目的地を目指すという実戦形式の訓練だ。
俺が本で読んだ知識によると、戦場での行動は三人一組が理想。
三人いれば行軍中一人が脱落しそうになっても残りの二人が荷物を持ってあげられるし、三人で一人の敵を襲えば相手が倍の実力を持っていても倒せるし、一人が怪我をしたら残りの二人で担いで退却できるのだそうだ。
とはいえあくまで本で読んだ知識なので、本当に実戦で通用するのか試してみる必要がある。
なので今回は、そのためのいい機会でもあるのだ。
俺も自分の身で体感してみるため、22人を三人一組に分けたら7組と一人余るので、その一人と俺とシーラで一組を作った。
訓練という事で行軍速度は速め、本当に危険な魔獣はシーラが相手をするけど、それ以外の魔獣の対処や食料の調達と調理、野営する時の寝床の確保も自分達でやる。
……という計画で出発したのだが、俺は街を出て数時間で早くも付いて行けなくなってしまい、シーラに荷物を持ってもらったが、それでも遅れないようにするのが精一杯だ。
さすがみんな鍛えているだけあって身体能力はかなりのもので、俺は早歩きだけで精いっぱい。食料の調達と調理、寝床の確保もシーラともう一人の冒険者の子にお願いする事になってしまうという、完全な足手まといである。
……だけど、こんな俺でも一応全体の平均速度に付いて行けた。
これは三人一組システム、すごく有効かもしれない。
この世界には車も鉄道もないから、移動は馬か徒歩。兵士は基本徒歩移動になる。
そして武器と食糧、各種装備を持っての行軍はかなりの負担で、俺が読んだ本には行軍というのはそれだけで戦力を消耗する行為だと書かれていた。
つまりこの方法を使って、体力に優れる人が劣る人を助ける仕組みを作れば、全体の体力……行軍能力を平均化できて落伍者を減らす事ができ、それだけ戦力の維持に繋がり、部隊全体の戦闘力が増すという事だ。
数は力なので、多少体力に劣っていても助けてもらった人は戦場で戦力になるし、人間得手不得手があるものなので、体力以外の点で役に立ち、助けてもらったお返しができる事もあるだろう。
そして三人に一緒に行動し。同じ物を食べ、一緒に寝たら気心も知れ、連携も上手くなるし団結力も高まるはずだ。それもまた、戦力の向上に一役買ってくれるだろう。
相性が合わなくて険悪になったりする場合は問題だけど、それは上官がちゃんと見ていて、問題ありそうだったらメンバーを変えるなり、配置を変えるなりすればいい。
そんな具合で実地の知見を得つつ、俺達は雪がチラつき始める大山脈を越えていくのだった……。
帝国暦165年12月5日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・5422万ダルナ(-2046万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2937万ダルナ(+1582万)@月末清算(現在11月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×57
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者)
ガラス職人(協力者・帝国暦166年6月分まで給料前払い)